phase2.1

一瞬の後に光が散開すると、未來は自分の姿を上から下まで、下から上まで眺めた。


くるりと一回転し、もう一度逆方向に回る。

ぱちぱちと大きく瞬きをした後、「やったあ~!」とうさぎのように何度も飛び跳ねた。


 ジャケットとブーツに入っているラインは、

美月が黄色、穹が水色に対して、未來は赤色だった。反してベストにつけられた星形のブローチは、紫色に輝いていた。


 ジャケット、ベスト、シャツ、スカートにスパッツ、ブーツという基本の形状は、美月と全く同じである。だが所々のデザインが、少しずつ異なっていた。


 くるくると回る未來の体に合わせて舞うスカートは、袴のようなひだが沢山ついていた。

美月にもあるが、もっと多い。

ジャケットも、よくよく見たら羽織のように袖が広く、ブーツのヒールも美月や穹のより低い。

首元に結ばれている赤いネクタイには、和柄の七宝模様が刺繍されていた。


 更に、それだけではなかった。

未來の右手に、あるものが握られていた。

それは陽の光を反射させ、きらりと鋭く輝いていた。、


「成る程。それがミライの武器か」


 ハルは一人で納得し、美月と穹は何度も未來と未來の持つそれを見比べる。

未來は左手を移動させ、両手でしっかりと持った。

刃の部分が赤く光る、刀。未來は呆けたように、その光を見つめた。


「日本刀の……なんだろう?」

「ただの刀なわけないよ、光ってるもの」


 考え込む穹も、それに横やりを入れた美月も、目は一点、赤い刀に向けられていた。

未來の得物は刀。それならば、ベルトの部分に不自然な鞘があるのも納得がいく。


「えええ、私、刀とか触ったことも無いのに……!」


 ここで初めて未來が困惑らしい困惑を浮かべた。

刀を持ったまま歩き出す未來に、ハルは距離を取りながら「大丈夫だ」と言った。


「本当の刀ではない。厳密には、その形を模した機械のようなものだ。エネルギーの塊を刃に纏わせてぶつけ、対象を斬るという戦い方になる。それに、使い方を知らずとも戦える。コスモパッドで変身するということは、そういうことだ」


ココロが刀に向かって伸ばす手を押さえるが、どうしても興味があるのか、うーんと精一杯腕に力を込めている。未來は慌てた様子で刀を鞘に収めた。


「そうそう。私と穹だって全然経験無いけどさ、案外なんとかなっているもの。拳で」

「僕も運動がとても苦手なんですけれど、変身するとアクション映画みたいに凄い動きが出来ましたし」

「ふーむ。ならば安全だね! じゃあこの武器で皆を守るぞ~!」


 あっという間に落ち着いた未來は、言いながら拳を作って高く上げた。

と、その手を、そのまま自身のカメラに伸ばす。


「せっかく全員格好いい姿してるし記念撮影! ハルさんとココロちゃんも一緒に! あと寝ちゃってるけどプレアデ……なんとかさんも!」


 テーブルにカメラを置くと、慣れた手つきで何やら操作を施し始めた。


「はい、セルフタイマー開始! さあ急いで急いで!」


 未來の唐突すぎる行動に頭が追いついていないが、タイマーのピッピッという音が、自然と焦燥心をかき立ててくる。


 何が何だかよくわからないが、とりあえず写真に写らねば。断続的に鳴る高い音が、思考回路を勝手にそんな風に変えていく。

気がつけば、美月も穹も孵化器の隣に立っていた。


 セルフタイマーの魔法にかかっていないのは、異星人かつ無機物のハルと、まだ何もわからないココロだけだった。頭を傾げながら、カメラのフレーム外で立ち尽くしている。


「ハル、早くこっちこっち!」


 美月は腕全部を使って、穹は黙って両手で手招きをする。


「私とココロはどこに立てば……?」

「後ろだよ後ろ! ほら早く!」

「あ~それだとココロちゃんが入らないね~」

「ええ、じゃあ、えーと、隣!」

「あ、はい皆さんチーズ!」


 タイマーの音が、ピピピピと早い速度に切り替わる。

パシャッと、カメラのレンズが瞬きをした。


 撮られた写真は、孵化器の左隣に半分だけハルとココロの姿が映り込んでいた。

右隣にいる美月と穹はカメラでは無くそちらに視線を向けているなか、未來はカメラに向かって笑顔でピースサインを作っていた。


 こんなです、と未來が見せると、美月と穹は「何これえ!」とカメラから逃げた。


「なんでハルの頭の部分だけがピンぼけなの?!」

「怖い! なんか怖いよハルさん!」

「よくわからないが、怖がらせてしまったのなら申し訳ない。ごめんなさい」


 大袈裟なまでに震える二人に、ハルはかしこまって頭を下げた。

その傍で未來は、画像を見返してはうんうんと深く頷いていた。


「おお、ココロちゃんはちゃんと手を上げてポーズをとってるね~」

「未來、撮り直そうよ。これはさすがに……」


 上方がドーム状の孵化器を中心に、頭だけピンぼけの異形頭や、奇妙な格好をした子ども3人。もし誰かに見られたとき、どう言い訳をすれば良いのか。

そもそも写っている美月も、あまり見返したい写真ではなかった。


「いやだ。美月のお願いでもこれだけはダメ。良いじゃない、これでも。写真に失敗作なんて無いんだよ~!」

「ピンぼけでも?」

「そう、たとえ全部ピンぼけでも!」


 にっこりと、未來は笑った。

太陽のように明るく、青空のように澄み渡っている。

どんな秘密が明かされようともなんとも、その笑みだけは、全く変わっていなかった。


「じゃあ帰るね。今日はとても楽しかったよ! ハルさん、また来ますね!」

 どうしてピンぼけでも良いのか。聞く前に、未來は身支度を調え始めた。

変身した格好のまま、部屋から出て行こうとする。

 呼び止めようとしたとき、ふいにドアの前であれ、と未來が振り向いた。


「そういえば、何で美月達って戦ってるの?」

「ダークマターっていう、悪ーくて怖ーい奴らに狙われてるハルを守るためだよ!」


 幽霊みたく両手をぶらんと力なく下げ、自分なりに低い声で美月は言った。

幽霊のような怖さとは全然違うが、他に怖さを表現できる方法が思いつかなかったのだ。

 未來は怖がるよりも前に、「なんで?」と頭を傾けた。


「どうして、狙われてるの?」

「それは……あれ、なんでだっけ?」


 思い返してみると、ハルが狙われている詳しい理由を、美月達はまだ知らなかった。

意図的に言わなかったのか。それとも、単に聞き忘れていたのか。

 美月、穹、未來の目が、ハルの顔に集まった。


「……私が、ダークマターの計画に反発したからだ」


 ほんの少しの間の後、ハルは静かに口を開いた。


「ダークマターはな。今ある世界を……宇宙を。意のままに。思うとおりに。願うとおりに。自分達の為による自分達の為だけの宇宙に、作り替えようとしているんだ」


一字一句、言葉の一つ一つが、大変重苦しかった。

重さもそうだし、じりじりと迫り来るような圧力も感じられる。


 ハルの頭が、少しだけ上を向いた。

ブラウン管テレビの、じっと見る先。ただ天井を見つめているだけにしては、あまりにも寡黙な佇まいだった。

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