phase3「大ピンチ!」
美月のちょうど目の前に、鉄の球体が落ちてきた。
地面がめり込み、地鳴りのような衝撃が起こる。
球体かと思ったものは、先程急に動かなくなったロボットの手そのものだった。
ロボットの瞳の部分は、真っ赤に染まっている。
「じゃ、終わった頃に来ますよ。それでは、ハル。また」
颯爽と。そういう表現がぴったりな後ろ姿で、静かにマーキュリーは背中を見せる。
追いかけようとした美月の前に、再び拳が振り下ろされた。
そちらに気を取られた隙に、いつの間にかマーキュリーの姿は見えなくなっていた。
だが、今現在の敵は、このロボットだ。このロボットを倒さなくては、先に進めない。
「気をつけろ、ミヅキ、ソラ! このロボットは、先程よりもずっとずっと強化されている!」
ハルが叫んだのと、再びロボットが拳を振り下ろしたのはほぼ同時だった。
避けることはできた。だが、拳の着地により、その爆風によって美月は飛ばされてしまいそうになった。足を踏ん張って耐えるも、またそこに容赦なく拳が降ってくる。
ぐう、と声を漏らしながら立ち上がりかけた美月の前に、穹が庇うように立ちはだかった。
拳を両方使って、ロボットのパンチを食い止める。
金属の衝突する鋭い音が、辺りに響いた。
「い、痛あああ……!」
穹の顔が歪んだ。衝撃が並大抵のものじゃなかったのだろうか。目尻に涙が滲み、かすかに汗が浮かんでいた。
ぶるぶると震える穹の両腕の隣に、美月の両腕が伸ばされた。
「ありがとう、穹! 頑張ろ!」
美月もロボットの拳を穹と同じように両手で支える。精一杯上へと力を押した。持てる力全て注ぎ込んでいるつもりだった。
だが、ロボットの手は全く持ち上がらない。それどころか、じりじりとこちらに力がかかっていく。
体全体に、ロボットの手の影がかかる。
穹が閉じていた目をわずかに開け、美月のほうを向いた。限界だと、訴えている目つきだった。
諦めないでと美月が首を横に振ろうとした時だった。
手にかかっていた圧力が、ふいに無くなった。
え、と上を向いた二人の目に入ってきたのは、今まさに振り下ろされようとしている拳そのものだった。
顔面にぶつかる、まさにその寸前で、二人は拳と地面の隙間すれすれから脱出できた。
先程まで二人がいた地面に、クレーターのような大きな穴が出来た。
「なんなの、強さが全然違う……!」
ロボットのことを見上げている美月とは対照的に、穹は下を向いていた。
腕はまだ震えており、その表情は美月から見えなかった。
そんな二人を見下ろしていたロボットの目が、一瞬だけぼうっと光った。
ハルが「危ない!」と叫んだ。だがその声はかき消された。ロボットが放った、水の塊によって。
ちょうど美月と穹の前に、大砲のような音と共に、水が落ちた。
衝撃波により、二人は大きく、左右に振り払われた。
「嘘でしょ、水で……?」
自分の知っている水の力と、明らかにかけ離れている。
ハルの近くに飛ばされた美月は、呆然とするほかなかった。
「水の力を侮るな、ミヅキ! それにしてもこのロボット、戦闘力が大幅に上昇している……。これは一体……」
「もう、下がっててハル! ほら、ココロ怖がってるよ?」
何かを考え出したハルは、ココロが弱々しく震える手で服を掴んでいたことに気づいていなかった。
ココロの姿を見たハルが、覆うように抱きしめ直したのを確認してから、美月はロボットのほうへ駆け出した。
ロボットは背中を向けていた。その視線は、吹き飛ばされた先で固まったまま動けない穹に注がれていた。うなだれている穹を戦意喪失と見なしているのか、ロボットも攻撃せずに動向を注視しているようだ。
美月のほうには気づいていない。またとないチャンスだった。
美月は急いで近づき、ジャンプした。雨粒が顔に当たる。
どうかそのまま動かないで。美月は念じながら、届いていると信じながら、近づく。
その瞬間、穹が突然顔を上げた。跳び上がり、拳をロボットのほうへ突きだしてきたのだ。
しかしそのパンチは、届くことすら許されなかった。
ロボットは半回転しながら、大きく両腕を振った。周りに、風が生まれる。
当たってすらいないのに、穹は美月の方向に飛ばされた。
美月は一瞬だけ穹のほうを向き、視線を戻したとき、小さく喉が鳴った。
ロボットの一つ目が、こちらを向いていたのだ。
その目に光が灯る。
まずいと思う間も無かった。瞳の部分から、顔より大きな水の塊が発射された。
腕をクロスさせて急所を守ることしか許されなかった。
あっという間に美月は吹き飛ばされ、背中から落ちた。
まともなパンチよりも、ずっと威力が大きい。
美月は、自分の体が震えていることに気づいた。
「穹、どうしてあそこで攻撃を?!」
隣にいた穹に、美月は非難の顔を向けた。
美月に向かって伸ばしかけていた手が止まり、その手は困惑したように宙をさまよった。
「ね、姉ちゃんが向かってくるのが見えたから、同時に攻撃するんだと……」
「違う、私のほうに注意向かせて、穹にロボットの足を攻撃させようと思ってたの!」
「そんなのわからな……!」
その瞬間だった。美月と穹の間を両断するように、何かが放たれた。
光線かと見まがうばかりのそれは、水だった。水のビームが、ロボットの目から放出されていたのだ。
ビームが掠めた地面はえぐられ、当たった場所にあった石は跡形も無く消滅した。
「水……。雨……?」
ハルが上空を見上げ、小さく何かを呟いた。だが二人には、届かなかった。
ハルの声も、雨脚が先程より強くなっていることにも、何も気づかなかった。
その後は、近づくことすらままならない状況が続いた。
近づこうものならその前に水の大砲が発射され、突き飛ばされる。
かといって逃げていても、行く手を同じく大砲で塞がれてしまう。
美月と穹二人の連携も全くとれていなかった。
攻撃してから逃げたい美月と、とにかく逃げることを目的としている穹とでは、そもそもかみ合わなかった。
美月がロボットを引きつけようとしていたら、追いかけられていると勘違いした穹が助けに入ってしまって失敗する。
穹を追いかけているロボットの背後を突こうとしたら、先程と同じように突然穹が攻撃に転じて失敗する。
穹が攪乱し、なんとか逃げ切ろうとしていたら、美月が攻撃を始めて失敗する。
必死に動き回るうち、二人とも段々と周りのことが見えなくなっていった。
もはや、現場は混乱の一途を辿っていた。
攻防は実際の時間にしてみれば数分程のものだった。だが、二人にしてみればもう何時間も経っているように感じていた。
断続的に降りつけてくる雨に打たれながら、肉体にも精神にも、疲弊が溜まっていく。
二人にもついに、その時が訪れた。
美月は上から攻撃しようと、穹は攻撃を逃れようとそれぞれジャンプをした時だった。
まず美月に、次に穹にへと、ロボットが水の大砲を繰り出したのだ。
疲れが溜まって注意力が散っていたのもあり、二人揃って攻撃をもろに食らった。
このロボットの元となっているあの土管があった場所に、二人は落ちていった。
身を起こすも、すぐにぐにゃりと力が抜けてしまう。
もう一歩たりとも、動けなかった。
二人は絶望するでもなんでもなく、むしろぼんやりと落ち着いきはらっていた。
遠くにいるロボットの目が光ったのが、妙にゆっくりとした動きに見えた。
もちろん、実際はそんなことはない。
どこか遠くから眺めてでもいるかのような目で、美月と穹はロボットの目から水のビームが発射される瞬間を見つめていた。
突如として、その視界がベージュ色の何かによって塞がれた。
目の前に、抱っこ紐を使っておんぶされているココロが、ハルの服を掴んでいる。
瞬間、二人の目が完全に覚めた。
地面をえぐり、石を消し去った水のビームの威力が蘇る。
危ないと言う間も無い。
二人は、反射的に目を閉じた。
閉じた目の中で、その暗闇をつんざくようなビリビリビリという大きな電流の音が響いた。
だが。それ以外の音は聞こえてこない。衝撃もこない。
けれども、依然として音は聞こえてくる。
美月はそっと目を開け、同じくして目を開けた穹と共に、ハルの背中から向こう側を覗いた。
そこから先に広がっていた光景に、目を大きく見張り、同時に己の目を疑った。
水のビームは、確かにロボットの目から、間違いなく発せられている。
だがそれは、ハルの目の前でちょうど止まっていた。
ハルの手は、剣へと変化していた。それは、ばちばちとした電気を纏っていた。
その電気の剣が、水のビームを受け止めていたのだ。
たったそれだけで、あの水のビームの動きを止めている。
剣と水がぶつかり、そこからはビリビリやバチバチといった、電流の音が流れている。
音はどんどん大きくなりながら、やがて水のビームの周りに、電気のようなものが帯び始める。
じわじわと、しかし着実に広がっていき、ついには水のビーム全てに電気が帯びた。
同時に、ビームの威力そのものが、段々と落ちていくのが目に見えてわかった。
ロボットの足ががくがくと震え出す。足下がふらつき出す。
美月があ、と声を上げた時だった。
バチン! という一際大きな音がした。
ビームが放たれていた目から、黒い煙が立ち上る。
電流を帯びたビームが消え去る。
ロボットの膝が崩れ落ち、前のめりに倒れていく。
その様はまるで、頑丈な支柱が突如として壊れ、建物が崩壊していくようだった。
巨大な岩が地面にめりこむような音が、辺りに響いた。
ロボットはぴくりとも動かない。黒い煙と白い煙を全身から出しているだけだ。
美月と穹は腰を抜かしたまま、その姿をただ呆然と眺めていた。
この地に静けさが舞い戻ってきた。
誰も喋らないから声も無い。動かないから衣擦れの音も無い。
聞こえてくるのはかすかな息の音と、雨の音のみだった。
その静寂が、突如振り向いたハルによって、かき消された。
手はいつの間にか、元の腕に戻っていた。美月を立たせ、次いで穹を立たせると、「行こう」と美月の手首を掴んだ。
美月が急いで穹の手首を掴むと、ハルは駆け出した。
繋がれている美月と穹も、走り出す。
猛スピードとは言い難い速度だった。だが、ロボットもマーキュリーも、誰も、追いかけてこなかった。
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