phase9「穹の変身!」

「姉ちゃん、どこかに隠れてて!」


 言い終わるか言い終わらないくらいかで、機械音と共に、砂埃の中からロボットが起き上がってきた。

 穹の視線と、ロボットの視線が交差する。


「新タナル敵、ヺ確、認……。攻撃……開始」


 ややノイズの混じった、人工の声。

ロボットから伸びる腕が、穹めがけて勢いよく突き出される。


 美月が危ないと叫ぼうとした、その直後。


 ドオオオンという凄まじい打撃音が、辺りに響き渡った。

美月の瞼が、衝撃で閉じそうになる。だが目の前で起こった出来事に、かっと見開かれた。


 穹が、両の拳で、あのロボットの手を受け止めていた。

変身している自分ですら、受け止めきれなかったのに……。


 いや。何かがおかしい。

そもそも、ロボットをふっ飛ばした、最初の時点から既におかしい。


 記憶違いでさえなければ、穹は戦いどころか、運動は最も苦手だったはずだ。

そこで美月の意識は、穹の顔から来ている服装へと向けられた。


 着ているものが、明らかに今日着ていたものとは違う。


どこかで見たような服装だと美月が感じた直後、自分の服装を改めて見た。

そして、彼の左手首へと目線を移動させた。

陽の光を反射させて輝くコスモパッドの液晶が、そこにあった。


「まさか……穹、も……?」


 立ち向かっていく背中姿を見ながら、美月は震える口で、かすかに呟いた。


 その穹の服は、美月の着ているものと、形状はほぼ同じだった。

ただ、色合いが違う。

ネクタイ、ジャケット、ブーツに入っているライン……。

美月の服に黄色が使われてる箇所が、穹の場合は水色になっていた。

コスモパッドのベルトの色も水色だった。

下半身は、美月がスカートも穿いているのに対して、穹は白いズボンのみ。

ブーツの星の模様と、星形のブローチも、穹のは緑色だった。


 いつもと違う穹は、動き方もいつものゆっくりとした様子では考えられないほど、機敏だった。

 穹とロボットの攻防に、美月は自分でも気づかぬうちに、背を傾け身を乗り出していた。


 美月は注意深く、ふたりの動きを観察する。つい穹の動きに目がいってしまいがちだが、同時にロボットの動きにも気になる点が目立ち始めた。


 シューシューと音を立てながら、白い煙が出たり止まったりを繰り返している。

だが、ダメージが溜まっていっているからというわけでなさそうだ。


 むしろロボットの攻撃は、熾烈を極めているように思える。

ハルの言っていた暴走状態という四文字が、浮かんだ。

今まさに、その状態なのだろう。


「うわっ!!!」


 攻撃を受け止めきれなかった空が、こちらへと飛んできた。

防御はできていたようだが、かなり危うかったようだ。

なんとか着地し、もう一度向かっていこうと体を起こした穹に、美月は強い声で

「待って!」と引き留めた。


「穹、ここは協力しよう? 力を合わせるの!」

「協力……? でも姉ちゃん、体は?」

「それがね、もう大丈夫みたいなんだ」


 先程まであんなに痛んだ体が、今はもう、どこも何ともなかった。

体の持つ回復力が、大幅に向上していると推量することができる。

と。ロボットの目に赤い光が灯ったのを確認した。


「避けて、穹!!!」


 美月が左に飛び退き、穹がふいをつかれたように、右に飛び退く。

同時に、今まで二人がいた場所に赤い光線が飛んできた。

煙が上り、土の一部分が消える。


 作戦会議をしている時間は無い。

ここは言いたいことが通じてくれると、穹を信じるしかない。


「穹、ビームに気をつけて!!! 目が光ったら、すぐに避けて!!!」


 あらんかぎりそう叫ぶと、「わかった!!!」という穹の声が届いた。


 美月は頷き、そしてロボットを見据える。

逆の方向で、空も同じように鋭い目を投げかけた。


 果たして、どちらを攻撃してくるか。

それによって、二人の動き方が大きく変わってくる。


もしあのビームが二方向に発射できるものだったらかなりきつくなる。

が、どうやらそれは無いようだ。

先程の穹の攻防を見て、傷を癒やしていた美月にビームの攻撃をしてこなかったことが、何よりの証だ。


 同時に、恐らくこのロボットは、一度に二人を相手にする術を知らない。

ロボットは美月と穹を交互に見た後、歩を進めていったのは穹のほうだった。


「そっちね……。穹!!!」

「わかってる!!!」


 穹は逃げも避けもせずに、ロボットを正面から立ち向かっていった。

ロボットの放った拳と、穹が防ごうとして突きだした拳がぶつかり合う。


 その背後で、美月は高く跳び上がった。


美月が近づいていることに、ロボットはまるで気づいていないようだ。

ロボットが穹に向かって、もう片方の巨大な拳を振り下ろそうとしている、まさにその時。


「はああああっっっ!!!」


 美月の蹴りが、ちょうどロボットの後頭部あたりにヒットした。

ギギギという軋んだ音がしたあと、ややロボットは前のめりになった。


「穹!!!」

「うん!!!」


 ロボットの腹に位置する辺りが、穹の全身に迫る。

そこを狙い、穹は固めた拳を力一杯叩きつけた。


 穹に覆い被さっていた大きな影が、離れていく。巨体が、為す術も無く後ろへと倒れ込んでいく。


 ほっとしたのか顔の緩む穹に、美月はもう一度跳び上がりながら、

「跳んで!!!」と声を張り上げた。


「まだよ! ……一緒に!!」


 はっとした顔で穹は美月の顔を見ると、神妙に深く頷いた。

そして美月と同じように、身体を宙へと舞い上がらせる。

高さはちょうど、美月と同じくらいだった。


「たああああっっっ!!!」

「はああああっっっ!!!」


 黒へと変わる煙を上げながら、ロボットは尚も起き上がろうとした。

宙を跳ぶ美月と空めがけて、目を赤く光らせる。


が、その目に完全な光が灯る前に。


二人が突き出す足が、ロボットの体に、深く深く沈み込んだ。

衝撃波が広がる。次いで、衝撃音が響く。


「……セント……イゾク……フ……カ……」


 地面に伏したロボットは、ノイズとエラー音の混じった音声を発した。

最後に残したものは、灰色の塵だった。それらは空気と化し、辺りに分散した。

ロボットに沈下していた美月と穹の両足は、土を踏み、二人の体を支えていた。


「……倒し、たの?」

「……っぽいね……」


 顔を見合わせ、地面を見る。辺りを見回し、もう一度互いの顔を見る。


「……やっったあああ!!!」


 歓喜の声を上げ、万歳をすると、そのままお互いの手のひらを合わせた。

乾いた大きな音が鳴る。思いの外力が強かったのか、手が赤色に色づいた。


「良かった……! どうなることかと……!」

 目の周りの筋肉に力を入れてないと、涙が溢れて止まらなくなりそうだ。

美月は何度もその場で跳び跳ね続けた。じっとしていられなかった。



 色々言いたいのに、思考が散らかって適切な言葉が出てこない。美月は穹の手をとると、壊れた機械のように、「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」と、何回も同じ言葉を重ねた。


「ううん、いいんだよ! 姉ちゃんが無事で本当に良かった!」


 穹も優しく笑いながら、美月の手を握り返す。


 本当に駄目かと思った。絶望的な状況だった。

その場に飛び込んで来た穹は、比喩でもなんでもなく、天からの助けに見えた。

一筋の光に見えた。


「ところでさ、ちょっといいかな?」

「うん、いいよ! 何?」


 喜びと安堵のあまり、気持ちがすっかり上がっている美月は、少し首を傾げたまま、笑顔で続きを促した。


「……この状況。説明してくれない?」


 穹の顔から、笑みが消え失せていた。

 美月の手を離した穹の顔は、感情の一片も推し量れないほど、真顔そのものだった。


 美月は自分の服装を見て、空の服装を見た後、もう一度見返した。

目を閉じて、鼻から深く息を吸い込む。吐き出すと同時に、首を上に向ける。


青空はどこまでも広がり、白い雲がゆったりと、風に流されている。


 忘れてたという言葉が、危うく口から出そうになった。

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