phase7「再び変身!」

「来てるって……。まさか敵?!」

「そのまさかだ」


 ハルは逡巡も何もなく、短く頷く。


「えっ、どこ? どこ?」


 頭を回しつつ、目を凝らしてみたが、ロボットのようなものは見当たらない。

周囲はいつも通り。だがそれが逆に、より不気味さがかき立てられた。


「……なるほど、これは……」


 ハルは下を向き、ぶつぶつと何かを口にし出した。声が小さすぎて聞き取れず、美月には何一つわからない。時折専門用語のようなものが聞こえてきた。


 そうこうしている間にも、ここにそのロボットが現れるのかもしれない。

考えていたら、いてもたってもいられなくなる。

一体どんなロボットが。どんな姿をしていて、どんな攻撃をしてくるのか。

あれこれと想像すれば恐ろしいものが思い浮かび、美月は体中から血液が無くなるような感覚がした。


 逃げなくてはと立ち上がりかけた時、「うん、大体わかった」とハルが顔を上げた。


「接近中のロボットについてが、まず、型はこの前の偵察型の集合体だ」


 大きな図体をしていたが、それでも子ども一人の、一回のパンチで沈んだロボットだった。

思いだし、なんだと美月は落胆しかけたが、そこへ「でも」という低い声が続く。


「有り得ない数だ。恐らく地球中に散っていた偵察機が、全て集まっているのだろう。万は余裕で越える……。そうだな、下手をすれば10万か……あるいはもっと」

「……は?」


「ここ数日、おかしいと思ったんだ。普通ならロボットが毎日のように攻めてくるはず。なにせ標的を見つけたのだからな。しかし、何も無かった。恐らく、この為だったんだろうな。全ての偵察型と連絡を取り合い、連携して私を追い詰める、と」

「……強い?」


「恐らく集合体になって襲ってくるだろうが、詳しいことはわからない。でも一つ確実なのは、この前のよりもずっと強いだろう。私などあっという間に動かなくさせるだろうな」


 全身が氷付けになったように、体が冷たくなり、動かなくなる。

 もう一度辺りを見回す。風も周りも何もかもいつも通りで、ロボットの気配は相変わらず感じられない。


「に、逃げなきゃ! って、ハルはどうして逃げないの?!」


 走り出す体勢をとったが、ハルは座ったままだった。服を引っ張って急かすと、ハルの片手が前に出される。


「落ち着きなさい、のびる。強いといっても、実は穴があるんだ」


 背中から、ひょっこりとココロが見えた。彼女にも落ち着いてと言われたようで、美月は大人しくベンチに座った。


「偵察型ロボットが合体すると、戦闘能力が大幅に上昇する。合体した数が多ければ多いほどな」


 美月は曖昧に頷いた。だからなんだというのだろうか。


「戦闘能力は上昇する。だが……偵察能力は、下降する。つまり。隠れていれば、やり過ごせる可能性が高い」

「なんで? 合体すれば、偵察の力も高まるんじゃないの?」

「逆だ。例えば体重が多いと、一撃は重くなるが身軽さが犠牲になるだろう。あれと同じだ。本来の持ち味である偵察能力を、合体して集合体になることで、戦闘能力と引き替えに失われてしまうんだ」


 ハルは腕を組んだ。テレビ画面に映っている口が、への字に曲げられる。


「あの偵察ロボットもそう。優秀は優秀だが、それでも最新型には及ばない性能だ。多分旧式のものだろうな……。私がこの星についている可能性がそこまで高くないと見込まれていたのかもしれない。今接近中のロボットも、ダークマターの指令を直接受けて動いているわけじゃ無いようだ。だからやることなすことの効率が悪すぎる」


 と、ハルが、またもや小さく何か言葉を発し始めた。数字のような言葉が一瞬だけ聞き取れたが、全く言っていることが理解できなかった。

 先程よりも長く呟いていると、突然それがぴたりと止まった。「まずい」という一言が吐き出されると同時に、空気が動く。

 ハルが、音も無く立ち上がった。


「近い。見に行く」


 そして、美月の横を擦り抜けるようにして、走り去っていった。


「あ、ちょっと?!」


 慌てて後を追いかけるも、ハルの走る速度はかなりのものだった。

姿をとらえたままにするだけで精一杯だった。

必死で追ったが、少し行った所で見失ってしまった。


 遊歩道を往復した後、息を切らした為、立ち止まった。呼吸を整えた後顔を上げると、案内板が目に入った。

地図が貼られており、この近くにある施設などが記されている。


 何となくそれを眺め、看板の後ろにある林へと視線を移した時だった。その中へと走るハルと、その背中のココロがはしゃいでいる様が、一瞬見えた。


 林の前には木の杭が打たれ、ロープが張られている。

立ち入り禁止ということは、見ればわかった。


 美月は右を見て左を見、また右を確認した。人の影はない。


 それを確かめると、ロープを跨ぎ、林の中に突進していった。


 林に入ると、すぐに上り坂となっていた。

舗装も何もされていない茂みをかきわけながら、足を大きく動かしながら坂を登っていく。割と急で、息が苦しくなってきた時、目の前が開けた。


「ここは……?」


 大地の先端はそり出ており、崖のようになっていた。その下を、川が流れている。

あの河原の遊歩道が表に当たるなら、ここは裏手のようだ。


 数歩前にハルが立っていた。空を見上げ、上、横、前、後ろと頭を動かしている。

その動きが、ある一点を見た時、止まった。


「ミヅキ。見えるか。あれが」


 こちらを見ずに、ハルが目の前の川よりも少し上を指さす。

前に踏み出し、目をよくこらしてみたが、特に何も見えない。

どこ、と聞こうとした時。その姿を捉えた。


 川の向こうには、町がある。こちらからでも見えるくらいの高さの建物が連なっている。


 それらの上のほうに、蟻よりも小さな黒い点が、飛んでいた。


 最初は、鳥か何かが飛んでいるのだと思った。しかしそう思う間に、どんどん大きくなってくる。

その大きくなっていく様子からして、凄まじいスピードで飛んでいることがわかる。


 見えてきたそれを目にした美月は、一歩、二歩と後ずさった。


 美月が数日前対峙したあのロボットと、ほぼ同じ見た目、大きさだった。

違うのは、この前のが完全な球体だったのに対して、今回のは楕円形だった。

更に、手足のようなものが生えていた。手と呼ぶには、足と呼ぶには、いささか大きく太すぎるようにも思えた。


 やたらと煌々とした、毒々しい色合いの赤い一筋の閃光が、迷い無くこちらを照らす。


「これやばいんじゃないの?! 逃げよう!」


 声をうわずらせながら美月はハルを見た。

だがハルは慌てる様子を見せず、ゆっくりとかぶりを振り、嘆息した。


「あんな風になってしまっているようじゃな」

「どういう意味?」

「早い話が、あのロボットは暴走している」


 そして迫り来る灰色の巨体と、赤い光を見据えた。

心なしか、口調に哀れみのようなものが漂っている。

 暴走、と確かめるように呟くと、そうだと頷いた。


「集まりすぎだ。データも何もかも上限を越えてしまい、そのせいで支えきれなくなっている。全く正確に追うべき標的を把握出来ていない。ただ、戦うことしか考えていない。あれじゃただの戦闘ロボットだ。それも出来損ないの」


 ロボットの管理がまるで出来ていない、と一人言を発し、「想定していたよりも簡単に誤魔化せそうだ」とのんびりした調子で続けた。


「自然が近くにあったのは幸いだった。おかげであのロボットのレーダーに引っかからず、上手いこと位置を隠せている」

「そんな効果が?」

「植物はな、時に科学の目からも姿も隠せるんだよ。さて、そろそろ隠れたほうがいいな」


 ハルはまるでかくれんぼで隠れ場所を探すかのようにうろうろとすると、すぐ近くにあった木の裏に姿を消した。


 美月も急いで林のほうへと引っ込み、しゃがむ。

 やがて、ゴウンゴウンという飛行機の飛ぶような音と、それに混じるヴィーンという機械音が耳に届き始めた。


 その音は、予想していたよりもずっと大きかった。

今まで美月が聞いてきた中で特に大きかった音といえば、夏の打ち上げ花火くらいだ。


 しかし、それよりも遙かに大きい。

 不安と恐怖に、拍車がかかる。


 鼓膜が破れそうで、反射的に両耳をおさえた。

だがしっかりと耳を塞いでいるつもりなのに、それでも衝撃は伝わってくる。


 ざわざわと、音の衝撃で草木が揺れる。

しかしその動きはまるで、自分達の姿を隠そうとしてくれているように見えた。


 音が最も大きくなった瞬間、美月は強く目を閉じた。


 今この瞬間、上を見上げたら、あの機械がいるのだ。

体が震え出すのがわかる。


 更に屈み込み、顔を両膝の間に埋めた。


 見つかるかもしれない。

そう思うと、いてもたってもいられない。


 逃げたい。だが、動けば見つかる……。

動きたい衝動を押さえ込むのに必死になっていると、徐々に音の衝撃が小さくなっていっていた。


 ロボットの音にかき消されて聞こえなかった風の音や鳥の声が聞こえ始めた頃。

ようやく美月は立ち上がり、這うようにして隠れていた場所から出てきた。


そのまま上を見たが、あのロボットはどこにもいなかった。

青い空と白い雲が広がっていた。


 ハルはじっと、川とは反対側、ロボットが向かっていったであろう方角に顔を向けていた。


「もういない?」

「いない。全く気づかれなかったようだよ」


 その言葉を聞いた途端、美月は体内にある全ての酸素を吐き出すかのようにして、息をついた。


 安堵のあまり、四つん這いになっていた体勢の力が抜け、うつぶせになってしまった。


「良かった……。あ、追ってこないよね?」


 体をぺたりと芝の生えた地面に這わせたまま、少しだけ顔を上げる。

土と草の混じった独特の匂いが口や鼻に入った。


「大丈夫だ、追ってはこない」


 ハルは美月のほうに顔を向け、心持ち穏やかな口調を発した。


「ああ、良かった~……。ほっとしたよ、もう。って、あっ!そういえばあんなの飛んでたら町中大騒ぎに!」


 一難去ってまた一難というのを思いだし、急いで起き上がろうとしたが、その前に心配ないという声がかかった。


「クリアモードになっているからな。恐らく、ある程度集まったことにより、使えるようになったらしい。私と、あとミヅキには見えるようになっているようだな」

「なんで私にも?」

「この前の戦闘でミヅキが戦っただろう。恐らくその影響だ」


 先の戦闘で標的を庇った事により、美月を敵と認識したらしい、とのことだった。

敵と見られ、そして襲われるなど、全く以てしたことのない経験なのだが、もう今はとにかく力が抜けて、何も考えたくなかった。


 土がつくのもお構いなしにずっと体を這わせていると、ふいに「だが」とハルが

口を開いた。


「思っていたよりもかなりの暴走状態だったことが気になる。あの調子じゃ、どこかで暴れ出すかもしれない」


 美月を立ち上がらせようとして、ハルは少ししゃがんで片手を差し出した。


 だが。美月は、その手をとらなかった。

驚愕の一言に尽きる目と表情。それらを浮かべて、ハルに向けた。


「暴れるって……。それ、どういうこと?」


 ひどく震えている声を出したと思った。

だが、いざ発せられた声を聞いてみると、逆にとても冷静に聞こえた。


「あれが暴れるの? なんでっ!」


 体を起こし、正座の状態でハルを見上げる。


「あんなに暴走していたら、標的が絶対にここにいると確信して、そして潜伏しているとよむ。その潜伏場所を全部なぎ払って壊してでも、標的を見つけようという思考になっているだろうなと、そう考えたんだ」

「え……」


 どうしたんだという声が聞こえてきたような気もするが、美月には届いていなかった。


 なぎはらう。こわす。言葉の一つ一つが、独立して聞こえた。それは、果たしてどういう意味だっただろうか。

 ロボットはどちらに飛んでいったか。ハルの視線からして、きっと町だ。町には何があっただろうか。誰がいただろうか。


「クリアモードで見えていないが、やったことは反映される。だから、突如町が壊れたという事態が起きるだろう。あと、多分一旦暴れ出したら止まらなくなるだろう。エネルギーが切れるまで暴れ続けて……」


 美月が突如立ち上がった。勢いが強かったのか。風が起こり、渦まいた。


「コスモパワーフルチャージ!」


 右手を前に突き出し、人差し指を液晶に押し当てる。瞬間、光が液晶画面から溢れだし、美月の全身を包む。


 光が散ると、「ああ、良かった。変身の呪文、うろ覚えだけど合ってた」と、両手を開いたり閉じたりしながら、誰にともなく言った。


「あれは呪文では……というよりミヅキ、一体どうし」

「どのみち止めなきゃでしょ?! 放っておいたら、町が危ない! それに、町の図書館には穹がいるの!」

「確かにそれはその通り……。いや、だが、待て! 危険だ! あのロボットは暴走状態だがそれ故に非常に強い。この前のように一発叩き込んだところでどうにかなる相手ではない! ちゃんと作戦を練ってから……」


 両手で制してくるが、美月に話を聞こうとすつもりなどまるで無かった。

マントをつまんで引っ張ると、見せつけるようにしてハルのほうへ向けた。


「これ、飛ぶにはどうすればいいの? マントあるなら飛べるでしょ?」

「飛べはしない、ジャンプの飛距離が伸びるだけだ」


 答えた後、しまったとばかりにハルが駆け寄ってきた。だが、美月のほうが早い。


 わかったと短く答え、助走をつける時のように姿勢を低くした。


「……飛べ!!!」

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