phase5「ハルの頼み」

 風が吹き、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。

いつもの森の光景の中、美月はへなへなとその場に崩れ落ちた。


「ミヅキ……」

 呆然とその場に座り込んだ美月の背後から、声がする。


「君に、色々と聞きたいことがあるんだが……」

 突然現実に引き戻された美月は、ゆらりと立ち上がり、ハルと向かい合う。


「聞きたいことがあるのは……こっちの台詞です!!!」

 目を血走らせ、拳を握りしめながら、つかつかとハルに詰め寄る。


「あのロボットは何? 私のこの姿は何? この腕の機械は何? ハルって一体何? というかもう全部わからないんだけど?!」

「わ、わかったから落ち着いてくれ」


 まだ寝たままのココロを落とさないよう気をつけながら、ハルは片手で制するが、美月は「やだ!!!」と怒鳴った。


「全部教えないと承知しないから!!!」

「一つ一つ教えるから、落ち着いてくれ。今の状況で説明を聞いても頭が混乱してしまうだろう。少しでもいいから冷静になれ」


 そんなことなどまるで聞かないとばかりに、駄々っ子のようにじたばたと騒いでいたその時だった。

 ハルの腕の中にいたココロが、ぱちり、と目を大きく開けた。

間もなく、その目がどんどん濡れていく。かと思った次の瞬間。


「うわあああん!!!」

 大きく口を開けて、ココロが泣き声を上げた。

ハルが急いで宥め始める。


さっきまでの、戦っている騒音の場でも、全然起きなかったのに。

美月は、かなりのショックを受けた。そのおかげで、パニックになっていた心が、徐々に凪いでいく。


「まあ、確かに説明するべきだ」

 ハルは中々泣き止まぬココロをゆらゆらとあやしながら、ゆっくりとした調子で言った。


「私達は、追われている身なんだ。あのロボットを仕向けてきた存在に……。

“ダークマター”に」





 一体全体何がどういうことかと質問攻めをする美月に、ハルは場所を変えたほうがいいと、宇宙船へ移動した。

その移動中も、美月はずっと質問攻めだったが、ハルはココロをあやすのばかりで、黙ったままだった。


 美月の質問の弾丸をやっとハルが受け止め始めたのは、船内のリビングについて、ソファに腰掛けた時だった。

「あのロボットも、ダークマター製の偵察用ロボットだ。ミヅキから特徴を聞いて、すぐにわかった。これが、ダークマターの紋章だ」


 ハルは紙とペンを持ってきて、さらさらと何かを書き始めた。

美月の前に差し出してきたので、乗り出してじっと見た。


 あまり見かけたことのない、七つの角のある星の形。だが美月には、この星形に覚えがあった。


 小さい頃、よく源七から、一筆書きで書ける星を色々教えて貰ったことがある。その内の一つとよく似ていた。

七芒星。描かれてある絵は、その星の形と酷似していた。


その星形の中央に、二重のハートが描かれており、更にその中に、水晶のような縦長の菱形が描かれている。


また、翼が星形の両方に書かれているが、この翼も、今まで見たことがない形をしていた。

角張った機械的な見た目で、動物などの羽根とは質が違う。どちらかというと、乗り物の翼のようだ。


「それと、美月から貰った、この写真だが……」

 ハルは紙の横に、写真を置いた。美月が先日あげた、未来の撮った流れ星の写真だ。

「ここに写っている流れ星。いや、この日見られた流れ星。実は結構な数で、先程の偵察用ロボットが混じっている」

「はあ?!」


 写真を手に取り、間近でじっと見た。そこに写る、夜空を横切る、幾つもの白い筋。どこをどう見ても、ただの流れ星にしか見えない。


「まずいんじゃないの?!」

 この日は、実に多くの流れ星が見られた。それこそ、息を吐く間もないほど。

だがその、流れ星と思って眺めていたものの多くが、実は流れ星ではないとしたら。

ぞっと冷や汗が流れた美月に、ハルはしかし、と続ける。


「実は不幸中の幸いと言うべきか、あのロボットは、偵察用だが戦闘用も兼ね揃えている」

「つまり?」


「あの程度の器にそんなに機能を詰め込んで、うまく動かせるとは思えない。事実私を見つけた時も、すぐにダークマターに連絡すれば良いものを、攻撃を仕掛けてきた。私を動かなくしてから、連絡するのが最善と機能したらしい」

「はあ……」


「つまり、まだダークマターには、連絡されてない」

「なるほど……? 良かった、んじゃない?」


 写真をテーブルに置きながら、曖昧に相槌を打つ。

「いや、良くはない」

「えっ?」

「正直、時間の問題なんだ。ダークマターの技術力と科学力をもってすればそのうち……」

「ええ?!」


 飛び退いた勢いで、肘がソファの背に思いっきり当たった。美月は慌てて体勢を整えて背筋を伸ばす。

じゃあどうするのと尋ねる前に、「でも」とハルが口を開いた。


「案外、何とかなるのではと思っている」

「何とかって?」

 ハルは美月を、具体的に言えば美月の体をに向けて、指を指す。


「ミヅキの力だ。それをもってすれば、時間くらいは充分に稼げるのではと思う」

「私の? 私別にそんな力なんて……」


 そこまで言いかけて、はっと息を飲んだ。

自分の体を、今一度よく眺める。

すっかり頭から抜け落ちていたが、まだ服装などが変化したままの状態だった。


「忘れてた! そういえばこれは一体何?! なんなの?! この格好って一体何?!」

「私も、まさかミヅキがそうなるとはまるで想定していなかった」

「だから一体何?!」


 再びマシンガンのごとく質問を開始しようとした美月に、ハルは片手で制してきた。


「ミヅキ、もしかしてここに置いてあった端末機を使用したか?」

「あ、うん、触ったけど……。ゲームみたいだったから、暇だったしちょっとやってみたの」

「あれはゲームではない。その機械……“コスモパッド”を扱えるかどうかを調べる、いわば能力テストのようなものなんだ」


 コスモパッド。そんな名称を持つその機械を、美月は改めて見つめた。

「テストか……」と唸る。


「でも本当に、ただゲームしただけなんだけど? 凄い簡単だったんだけど」

 あんなに簡単な操作のゲームが、テストと呼んで良いのだろうか。

附に堕ちない美月に、ハルは「簡単だったのか?」と聞いてきた。


「うん、凄く。操作も単純だったし」

「そうか……。コスモパッドは、誰高い戦闘能力を得ることが出来る代物なんだ。だが、誰でもなれるわけじゃない」

「そうなの?」

「その人の、あらゆる秘めた力が、試験であるシューティングゲームを通して調べられる。その人に“力”があれば、試験は簡単にクリアできる。しかし“力”がなければ、クリア出来ないんだ」

「ええ? そんな大げさなものじゃないかと……。だってこれ、本当に簡単だったんだよ?」

「そう。出来る人は、出来るんだ。しかし、出来ない人には、出来る人が理解できない。勿論、試験の内容は全く同じだがな。私もチャレンジしてみたが、全然できなかった」


 美月はふと、ハルのスコアを思い出した。確かに悲惨な数字だった。


「コスモパッドで変身すると、攻撃力、防御力、瞬発力、持久力……。諸々のステータスが、大幅に上昇する。増幅する力に体が耐えきれるかどうか確認するために、このテストは絶対に必要なんだ。合格したということは、素質があるということだ。ミヅキ、本当におめでとう。中々いないよ」

「うーん、素質ね……」


 そう言われても、全くぴんとこなかった。美月は運動は好きなほうではあるが、戦いどころか格闘技すらやったことがないのだ。


「これ、どうすれば元に戻るの?」

「画面に指を当てて、解除と言えばいい。解除されると変身中に蓄積されたダメージもいくらか癒やされる」


 美月はすぐさま、教えられた通りに指を当て、解除、と言ってみた。

淡い光が全身を包む。かと思うと、すぐさまその光は消えた。

 自分の姿をよく見ると、先程までの衣装は跡形もなく消え去っており、

今日着ていた服に戻っていた。心なしか、体も軽くなったような気がする。


「ああ、良かった。ずっとこのままなのかと……。これ、取り外すにはどうするの?」

「ボタンがついているから、そこを押せば良い。つけるのも簡単だ」


 指さすほうをよく見てみると、同じ色でわからなかったが、確かに手首の内側に当たる輪っかの部分に、小さなボタンがついている。

押してみると、途端にコスモパッドは外れ、パサリとスカートの上に落ちた。


「だが、外に出るときは必ず身につけておいた方が良い。念のためにも。いつまた、ダークマターが現れるかわからないからな。もしかしたら今すぐにでも」


 言いながら、ハルは勢いよく顔をドアのほうに向けた。美月は体を震わせ、同じようにそちらに目を向ける。


 ドアが開け放たれる気配は全くない。おどかさないでよとハルを睨む。


「もともと、これもダークマターの製品なんだ。ただ単に衣装が変化するだけの、いわゆるごっこ遊び用の玩具だったのを、私が改造した。

しかしそのせいで、能力の試験を追加しなければならなくなってしまった。簡単に大きな力を得られるなど、無理な話だからな」


 ハルはコスモパッドを見ながら言った。


「そういえばさっきからずっと言ってるけど、ダークマターって何?」

「……ダークマターは、会社の名前だ」

「会社? へ~、会社なんだ。凄いの?」


 ハルは俯いたかと思うと、「そうだな」とかすかに聞こえる声を出した。


「……ロボットやプログラムなど、あらゆる機械や製品を作って売っている、メーカー企業だ。宇宙一の規模を持つと言っても過言では無い」

「ふうん、宇宙一か……。きっと凄いんだね」


 ココロがハルの描いた、ダークマターの紋章が描かれている紙を手に取った。

おもちゃのように楽しそうに手を動かしている。そうしているうちに、すぐに紙はくしゃくしゃになった。


「ミヅキ。本題を言う」

 ココロのその姿を微笑ましい思いで見ていた美月は、ハルの言葉に顔を上げた。


「こんなことを頼むなど、身勝手極まりないとわかっているが……」


 ハルは逡巡するかのように、少しだけ首を下に向けた。

美月は首を傾げ、ハルの次の言葉を待つ。


 ハルは顔を上げた。

無い目の部分に、真っ直ぐ見つめられているかのようだ。

美月は思わず、姿勢を真っ直ぐにする。


「先も言ったが、私達は追われている身なんだ。具体的に言うと、私を追うダークマターに、一緒にいるココロも狙われているという状況だ。しかし、捕まるわけにはいかないんだ。宇宙船を直し、次の星に向かうまでの間」


 ぴいん、と空気が張り詰めている。そんな気がした。

その中で、ハルは言葉を口にする。


「ミヅキ。どうか、私達を守ってはくれないか?」




 美月は裏山を下りたちょうどその時、振り返って仰いだ。

青々とした色で塗られた山。学校に来る度に、いつも目に入る山。このどこかに、宇宙船があるのだ。

つい先程、その場所でハルに言われたことを、美月は全く受け入れられていなかった。


 ハルは言った。守ってほしい、と。それはつまり、美月がハルとココロのボディーガードになること。そういうことになる。

 なんという言葉を発したか。それは聞き取れた。言っている単語の意味もわかった。

しかし、わからなかった。


 ハルは、実は戦闘が苦手なのだと、打ち明けてきた。自分には戦闘に関するプログラムなどは埋め込まれていないと。そのせいで、自分の身も、仲間であるココロの身も、守れない。


一応腕は武器に変化するのだが、あくまでも威嚇と、最低限の自己防衛の為だけなのだと。

これではいけないと、コスモパッドの試験を受けたはいいが、結果は知っての通りだと。そこに、美月が現れた。合格者である、美月が。


今すぐ決めなくていい、ゆっくり考えてほしいと言ってきたので、美月は返事を保留してもらうことにした。

話を聞いた途端、美月の思考はストップしてしまったのだ。


 確かに、自分はよくわからない不思議な力を得た。得てしまった。

自分の力とは思えないほど、超人的な力を出せられた。それで、怖いロボットを退けたのも事実。


 ダークマターというところからの刺客に追われているハルからしてみれば、絶望的な状況に現れた一筋の希望に感じただろう。

最後の頼みの綱と、まだ非力な子どもの自分に縋りたくなるのも無理はない。


 理屈ではわかる。だが自分は、やっぱり『非力な子ども』なのだ。

例え物凄い強い力を得たとしても、そうであることに変わりは無い。


 一体、自分はどうしたいのだろうか。どうすればいいのだろうか。

色々なことが起こりすぎて、処理できていない。何もわからない。

いくら山の緑を見上げていても、それが答えてくるはずもなかった。


 左の手首が、ずしりと重くなったように感じた。

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