phase4「美月の変身!」

 光は、すぐに徐々におさまっていった。

美月はゆっくりとした足取りで、ココロを渡したハルと入れ替わるように、木々の間から

出てきた。


 何かが違う。そう直感した。


 まず、妙に体が軽やかになった気がするのだ。腰を抜かしていた先程までと比べると、

体の軽さが全然異なる。これは、精神的なものではないようだ。


 美月は自分の両手を見た。閉じたり開いたりを繰り返す。その手には、身につけた覚えの無い、布製の黄色い手袋が嵌められていた。


 体全体を、ざっと見た。


 白色のシャツに、白いベスト。首には黄色いネクタイ。

そのベストには、星の形をした、ピンク色にきらきら光る大きなブローチがついている。

それらの上に、黄色のテーラードジャケットが羽織られていた。


黒いベルトに、黄色いボックスプリーツのスカート、更にその下に白いスパッツ。


膝小僧までの白いブーツを穿いており、上のほうに黄色いラインと、ピンク色の星の模様が描かれている。そのブーツの外側には、金色の歯車のようなものがついている。


 腰の辺りまでの長さの白いマントが、吹いた風に煽られはためいた。


いずれも、美月に着た覚えは全く無い。そもそも、これらの服を所持すらしていない。


「……は?」

 ロボットのようにカクカクとした動作で振り返り、その先にいるハルに、目で助けを

求める。

何から問おうか迷っている、その時。


 ウィーンという機械音と共に、球体の目が真っ赤に輝く。「新タナ目標ヲ確認。ターゲット変更。攻撃開始」という無機質な声が、その後に続いた。

次の瞬間、先程までハルに向かって放たれていたビームが、今度は美月に向かって一斉に飛んできた。


「避けろ! ミヅキ!」

 木の陰に隠れたハルがそう叫んだのと、美月がたまらずにジャンプをしたのは、

ほぼ同時だった。


 どうすればいいかわからず、とにかく避けなくてはと、本能でジャンプをした。

美月は跳びながら、こんなので避けきれるはずがないと後悔した。

が。


「ん?」

 髪が、衣服がはためく。風の音が、耳のすぐ傍で聞こえる。

妙な違和感を覚え、目を開けた。下を見た。


 両足が、宙を踏んでいる。さっきまで足をつけていた地面が、遙か下にある。

沢山の木々に囲まれた野原に、灰色の豆粒のようなものがいる。あの球体だった。


「はあああああ?!?!」

 これはジャンプでは無い。飛んでいる。空を飛んでいる。

そう理解した瞬間だった。突然、風の音の質が、変わった。

あれ、と思う間も無かった。その身が、下へ下へと、物凄いスピードで移動していくのだ。


「わああああああ!!!!!!!」

 手足を魚のようにばたばたさせても、自分の体は重力に逆らってくれない。


 落ちる、地面に叩きつけられる、骨折する、痛い思いをする。

実に短い時間、様々な思いが一瞬のうちに、美月の脳内を巡った。


 しかし、来る、と思っていた痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。

痛みの代わりに、どん、という軽い衝撃が足に伝わる。


 美月は恐る恐る下を向いた。

両膝をバネのようにして、見事に着地を決めている自分の両足がそこにあった。

美月が狙ってやったのではない。

足から着地しようとしたら、自然とこうなっていたのだ。


「な、何これええええ!!!!!!」

「ミヅキ! 奴を叩け!」


 がたがたと震え出す体を落ち着かせようと、激しく手を上下させて両腕を擦る。

そんな美月に、ハルが木の陰から少しだけ顔を出した。


「どう動きたいか、頭の中でイメージするんだ! その通りに体は動く!」

「は? は? えっ、どうすればいいの?!」

「とにかく隙をみて叩け! ……油断するな! 来るぞ!」


 再びハルが木の陰に隠れた。

美月は急いでロボットのほうに目を向けた。

「相手ノ戦闘能力計測中。高イ数値ヺ観測。攻撃ヺ更ニ強化スル」

 言うやいなや、今までよりも更に早く、多く、太いビームが、一斉に放たれた。


「う、うわわわっっ!!!!」


 またジャンプしてかわすこともできるのかもしれない。

しかし、美月はしたことは、ハルのいる木の隣に逃げ込むということだった。

ビームが木に当たり、焼け焦げていく音が、すぐ後ろから絶えることなく聞こえてくる。


「無理無理! あのビームに焼かれるのがオチでしょ!」

「落ち着け!」

「無理! もうわけわかんない! 逃げよう!」


 泣き出す寸前だった。鼻を啜りながらかけ出そうとした美月に、「いいから聞くんだ!」

とハルの強い口調が浴びせられた。


「あのロボットは、大きいが所詮は弱い偵察ロボットの集合体だ。見かけほど強くない」

 ハルは淡々とした、機械的な声色で、言葉を話す。激しいビームの音にまぎれて、それだけやけにはっきりと聞こえた。


「元のロボットがとても弱い。ミヅキの今の力なら、精一杯力を込めて叩けば、恐らく一発で動かなくなる。間違いない」

「そ、そんなわけ! あんな攻撃凄いのに! いかにも強そうじゃん、あいつ!」


「私が分析した結果だ、間違いない! それに今のミヅキは、防御力もかなり高まっている状態だ。この攻撃も、一度に多くの直撃さえくらわなければ、なんてことはない!」


 うう、と声を漏らしながら、美月はゆっくりと首を後ろに向けた。

しかし未だ続いている攻撃に、即座に体を引っ込める。


「いや無理! だってそもそも近づけないじゃない! この攻撃の中、どうやって近づけと?!」

「あのロボットは大きいが、その分動きが鈍く、小回りもきかない。そこを突くんだ!」

「だから、具体的にどうしろと?!」

「いいか、よく聞くんだ!」


 ハルは至って落ち着いていた。取り乱している美月にもわかるように、静かに、ゆっくりと話す。その冷静な態度に、美月はつられるように、段々と自分の心が落ち着いてゆく。


 美月はそっと顔を覗かせた。遠くにいるロボットの赤い目や大きな図体、

やむ気配の無い攻撃に、自然と体がすくむ。逃げ出したくなる。

しかし……。



 ビームの嵐が、急にやんだ。

だが目は依然として、怪しく、赤く光ったままだ。

「エネルギー充電中……」

 そんな声が、野原の向こうから聞こえてきた。


 束の間の休息といったところか。だが、またすぐに、あの攻撃が始まる。

そう考えると、身も心もすくむ。

でも。チャンスは今をおいて無い。


 美月は地面を蹴った。

野原を囲む森の中を、走る。木々の間を縫うようにして、ひたすら走る。


 背を傾け、腕を振る。こうすることでより速く走れるのだ。しかしそんな必要はないほど、美月のスピードは凄まじいものだった。


 風を“斬っている”。過去味わったことのない感覚が、伝わってくる。

今自分は、どれくらいの速度で走っているのだろうか。少しだけ気になる。


だが、集中しないといけない。

ハルは弱いと言っていた。だが、油断は厳禁だ。


 木々の向こうから、ビームの音が聞こえてきた。木と木の間から、赤いビームが放たれているのも見えた。


 しかし球体は、美月が移動していることに気づいていないようだ。

先程まで隠れていた場所めがけて、変わらずに集中砲火を浴びせている。


 球体の背中が見える位置まで走った。

近くまで寄ってみると、その大きさがよくわかる。

昨日見かけた時は一瞬でよくわからなかった背中部分の模様が、今はよく視認できる。

 

 七芒星。その中に描かれた、赤と青の二重のハート。両側から伸びる、角張った翼。


 自分よりもはるかに大きい。その上、今まで自分が見たことのないものだ。

つい、怯んでしまいそうになる。腰が引けそうになる。だが、もう逃げようというつもりは、なかった。


 美月は少しだけ後ろに下がり、そして駆け出した。今だと、膝を伸ばし、宙を踏んだ。


高く高く跳ぶ。跳びながら、その巨体に、狙いを定める。


 ロボットはまるで気づいていない。目の部分から、今も光線を絶え間なく発射し続けている。


 ここで、なんとしてでも決めなくては。

右の拳を固めた。

同時に、覚悟も決めた。

それらを、前へと前へと突き出す。


「はあああっっっ!!!」

 強く、固く、握りしめた拳は、球体のてっぺんに、頂に、当たった。


時間差で、金属を叩いた音が、辺りに響く。

実に大きく。そして長く。


 音の衝撃が、手袋を通して伝わり、体を駆け巡り、そして消えていった。


ピシリ。


 拳が当たっている場所に、一つのヒビが入る。


初めは小さかった。が、みるみるうちにどんどん大きくなっていく。増えていく。


ヒビの隙間から、光が漏れる。

球体が、小刻みに震え出す。

とてつもなく大きい形の球が、ぐらりと傾く。

次の瞬間、その姿が、消えた。

球体は、灰色の小さな粒と化し、光と共に四方八方へと分散した。


 美月は手から落ちそうになったところを、瞬時に体勢を変えた。

とん、と軽く足から着地する。


 この間、わずか数十秒だった。

後に残ったものは、静寂だった。

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