phase3「襲来するロボット」

「ハル!!! どこにいるの?! いたら出てきて!!! 今すぐに!!!」

 叫びながら、とにかく走る。あてなどまるでないが、とりあえず走った。


 少し走った先で、野原のような開けた場所に出た。

その瞬間、勢い余って地面に転がっていた石に躓き、そのまま倒れてしまった。


「いったあ……! ああもう!」

 美月は転んでうつぶせになった状態のまま、左手首の機械を見やった。


 あのタッチパネルの端末が突如光り、この訳のわからない機械に変化した。

その理屈などまるでわからない。だが、一つだけやるべき明確なことがある。


 この機械の持ち主であろうハルに問い詰め、外してもらわねば。


 美月は勢いよく立ち上がった。

まだ転んだところが痛むが、幸い、足にすり傷を負っただけにすんだようだ。

服についた土や草を軽く払い、正面を見た。


 目の前に、灰色の球体が浮いていた。

サッカーボールくらいの大きさの、アンテナのついた球体。


 どこかで見たような、というものではない。ちゃんと頭の中に残っている。

それは間違いなく、美月が昨日見たものに他ならなかった。


 昨日は遠目でわからなかったが、今は至近距離にいるから、球体の全貌が実によくわかる。

この球体には、大きい赤色の目のようなものがついていた。

一つの目が、ぱっちりと、こちらを見ている。


 この前チラリと見かけた模様がついていたのは、後ろのほうだったんだ。

美月がぼんやりとそう思った時だった。


 辺りに、鋭い音が響き渡った。鉄が切断される音だ。

すぐ目の前に浮かんでいた球体が突如、縦に割れた。

二つに分離し、地面へと落ちていく姿が、美月の目にはスローモーション動画のように、ゆっくりと映った。


 その後ろに、ハルが佇んでいた。

右腕が、きらりと輝いている。

それは剣だった。

袖はまくられ、本来腕があるはずのそこには、細く長い刃物が顔を覗かせている。

その刃物が、瞬きをするほんの一瞬のうちに、普通の『腕』へと変化した。


「ターゲット……コウゲキ……ダイシキュウ……オウエン……」

 小さく、か細く、ノイズの混じった雑音が、足下から聞こえてきた。


 美月は首を少しだけ下に向けた。

草原の上に、煙を出している球体が転がっていた。

割れたアンテナを点滅させている。真っ二つに割れた目に当たる部分も、微かに点滅している。


 やがて、見る見るうちに雑音がどんどん小さくなっていき、点滅の速度も遅くなっていく。そして球体の機械は、動かなくなった。


ぽかんと力なく口を開けている美月は、ハルが自分の手首をじっと見つめていることに気づかなかった。


「ミヅキ、その手首につけてるものは……! まさかミヅキが……? 有り得ない、しかし、本当に……?!」


 食い入るように手首の機械を見ていたハルのテレビ頭が、突然上を向いた。

そんなハルの様子に対しても、この手首の機械に対する質問も、足下に落ちている機械にへの問いも、美月はできなかった。


「ハ、ハル、これは……一体……?」

 ただ、震える声しか絞り出せなかった。そんな美月の腕が、急に重くなった。

目を向けると、おんぶ紐の中で、すやすやと寝息を立てるココロがそこにいた。


「今は説明できない。その時間も無い。ミヅキは今すぐ、ココロを連れてこの場を離れろ」

 そんな機械的な声を耳にするやいなや、ハルは美月の肩を掴んできた。美月を強引に後ろを向け、その背を勢いよく押して突き飛ばした。


 思っていたよりもハルの力は強く、美月は少し離れた森の中へと飛ばされた。

「いったあああ……!!!」

 着地した先に茂みがあり、しかも咄嗟の判断で美月は体をねじって体を横にした状態で着地したので、ココロは無事だった。だが、美月の身は無事では無い。


 体を起こして抗議の声を上げようとした美月は、木と木の陰にその身を隠した。


ここからだと、野原の様子がよく見える。

その真ん中に静かに佇み、じっと空を見つめるハルがいる。その視線の先を辿った。


 雲が増え始め、太陽を隠し始めて暗くなってきた空。

それを背に、沢山の黒い小さな粒のようなものが、こちらに向かってきている。

胡椒やごま粒程だったのが、あっという間にどんどん大きくなっていく。


 鳥の大群かと思ったその正体は、例の球体の大群だった。

一体どれくらいの数だろうか。掴めないほど、多い。


「もうか。早い。さすがの技術と科学力だ」

 風に乗って、そんなハルの機械的な声が聞こえてきた。

ハルが、右腕を振る。すると、その腕がまたもや、刃物へと変化した。


 美月は息を飲んだ。自然と、ココロを抱きしめる腕に力がこもった。

ココロの声が少し漏れたが、起きる気配はない。


 やがて、球体の大群は、ある一カ所で動きを停止させた。美月が目を凝らすと、球体が浮かんでいると確認が出来る、そんな距離だった。


 その大群の内、幾つかの固まりがハルに近づいてきた。そのうちの一体の目らしき部分に、赤いぼうっとした光が灯る。


 しかしその光は、漏れることも発せられることもなかった。光を灯した状態のまま、その体は真っ二つに割れた。


 次いで同じようにビームを発しようとした別の球体を、ハルが横一直線にたたき斬る。

その勢いのまま、わずかに間合いの外にいた球体に踏み込み、そして縦に両断した。


 と、背後に一体の球体が回り込んでいるのが、美月の目に見えた。

目の部分がに光が集まっていく。


美月が後ろ、と叫ぼうとした直後。

ハルは振り向きざま、その球体を下から上へと斬った。


 すると、上空にとどまっていた大群から、今度は10体ほどがまとまって襲いかかってきた。


が、ハルは少しも動じる様子を見せない。

ギリギリまで引きつけ、球体らの目が一斉に光ったその瞬間、一気に腕を大きく振り、まとめて斬り伏せていく。


 また球体の塊が、今度はハルの頭上まで飛んできた。普通にジャンプをするだけではとても届かなさそうな距離だ。

上からビームを放とうとしているらしい。


 突然、ハルは姿勢を低く落とし、屈み込んだ。

かと思うと、次の瞬間一気に飛び上がった。

体を回転させながら、高く高くへとジャンプする。


回転斬りをくらった球体達の部品が、どんどん地面へと叩きつけられていく。

そんな機械とは裏腹に、ハルは難なく着地する。


 そして、上空へと顔を向けた。

あんぐりと口を開けたままの美月も、つられてそちらを見た。


 まだ沢山の球体が、宙に浮いている。

しかし、この強さでは、全部退けられることができるのではないだろうか。

美月はそう確信を持った。


 だが。球体達は、なぜかハルのほうに向かってこない。

様子がおかしい。


 美月がそう感じた時、球体が一つにまとまった状態のまま、すっと下降してきた。

ハルのいる所よりも遠い場所に下り立った球体の塊は、集合体というより、灰色の大きな丸に見える。


果たして何をしようとしているのか、全く見えてこない。


 美月がよく見ようと身を乗り出したのと、ハルが何かに気づいたようにその身を構えたのは、ほぼ同時だった。


「作戦遂行ノ為、コレヨリ、集合形態ヘト移行スル」

 ハルよりもはるかに機械的で無機質な音声が、辺りに響いた。


 風がやみ、どこかの鳥が一斉に飛び去った時だった。

灰色の丸の中心から、赤みを帯びた光が漏れ出した。

その赤色はどんどん強くなっていき、完全に灰の丸を包み込む。


 何が起きるのか、何を起こそうとしているのか。

美月は懸命に頭の中で今起きていることを整理しようとした。

その間に光は徐々に治まっていき、やんだ。


 赤い丸のついたアンテナ、大きな一つの目のようなものがついた、灰色の球体……。

しかしそのサイズはサッカーボールの比ではなかった。

それよりもずっとずっと……。ちょうど後ろに生えているクヌギの木と、同じくらいの大きさへと変わっていた。


それが、野原の向こうにいる。


「ターゲット確認。攻撃開始」

 先程よりも大きな音声が辺りに響いた。でもその音も、どこか遠くから聞こえているようだった。

美月は、その場に座り込んだ。体から全ての力が抜けていた。


 するとハルが、突然大きく飛び退いた。

なぜと思う間もなく、つい先程までハルが立っていた一帯に生えていた草から、黒い煙が立ち上っているのが見えた。


 はっとして巨大な球体を見ると、目の部分の中央から、赤色をした細い筋が発せられた。

物凄いスピードで、ハルへと一直線に向かっていく。

目で追うのがやっとだった。


 間一髪交わしたハルだが、そんな相手にまるで容赦が無い。

せきをきったように、無数の細い光が、ハルとその周辺に向けて、次々と発射されていく。


 ハルは全て避けているが、つい先程の、小さかった球体を相手にしていた時の余裕は感じられない。

早すぎてよくわからないが、どの攻撃も紙一重の所でどうにか避けられているという状況だ。


 光線が当たった草や木が、どんどん焦げていく。その箇所は、みるみるうちに増えていく。


 美月は座り込んだまま、後ろへと手を伸ばした。その方向に、ずるずると移動する。


 しがみつくものが欲しかった。しかし自分より大きなものはなかった。だからココロを強く抱きしめた。

そうしたつもりだったのに、思ったよりも力は入っていなかったようだ。

ココロは、微かに身じろぎしただけだった。


 今すぐ走って逃げたい。そして家に帰って、部屋に戻って、布団を頭から被りたい。

とにかく、この場から走り去りたい。

なのに、体が動かない。

 唾を飲み込もうとして、口の中がからからに乾いていることに気づいた。今までずっと口を開けていたことにも、気づいた。


 と、その時だった。ハルの足すれすれを、光線の一つが走り抜けていった。

少し掠ってしまったのか。ハルの体が、わずかに傾く。


 体勢を崩したその一瞬を、まさか見逃してくれるはずもない。

一斉に光線が放たれ、その一カ所に集中する。

灰色の煙が上る。美月が、ハルの名を叫ぼうとした。


 その時。煙の中から、ハルの姿が現れた。

寸前で、ハルは攻撃を何とか避けていたのだ。

しかし、足はよろめいており、先程までと比べると俊敏さは明らかに欠けている。


 逃げよう。逃げなきゃ。逃げなくては。

その言葉が美月の脳に浮かび上がり、ぐるぐると回り出す。

美月が一気に後ろを向き、立ち上がったその瞬間。


「ミヅキ! いるのだろう?!」

 ハルの大きな声が、辺りにこだました。


「私では、この、ロボットを! 倒すことは! 出来、ない!」

 途切れ途切れなハルの言葉が、耳に断続的に届いてくる。


 野原に背を向けているので、今ハルがどういう状況か、見ることはできない。

しかし、すんでのところでどうにか避けつつ、懸命に口を開いて喋っているのだということはわかる。目に浮かぶようだ。


「しかし、ミヅキ! 君なら! 出来る!」

 直後、光線がどこかに被弾した音が聞こえた。「くっ……」というくぐもった声がする。


「無理だよ!!! 大人のハルに出来ないのに!!! ただの子どもの私に! 相手なんてできっこない!!!」

 背を向けたまま、声を張り上げる。


「でき、るんだ!!!」

 少し近くから、声が聞こえてきた。距離が縮まっているらしい。つまり、それだけ追い込まれているということだ。


「何ができるの?! 無理に決まってるでしょ!!!」

 美月は、前を向いた。声が涙声になっていた。

 しかし、今泣いているのかどうかわからない。


「ミヅキ、よく聞くんだ!」

 すぐ目の前に、荒く肩を上下させるハルの背があった。気がつけばハルは、思っていたよりもだいぶ美月の近くまで追いやられていた。


「ミヅキの手首の、パネル! それ、に、指を当て、て!」

 灰色の巨大な球体も、最初にいた位置よりもだいぶこちらに近づいてきていた。

光線が放たれ、すぐそばに生えていた茂みを焦がす。


「こう、言う、んだ! コスモパワーフルチャージ、と!」

「はあ?! ふざけてるの?!」

 ビームが目前に迫り、急いで頭を伏せる。

光線が、すぐ頭上を通り過ぎていくのを感じた。


「ミヅキ! 君にしか! 出来ないんだっ!!!」

 ハルが、かすかに顔をこちらに向けた。


 美月は、左手首に目を落とした。

黄色い輪っかの部分に、真っ黒い液晶画面がついている。そこに自分の顔が映り込んでいる。すっかり青ざめた、自分の顔だ。

美月に抱かれているココロの姿も、僅かに映り込んでいた。


 今、この状況を打破できるのが、この変な機械しかないというならば。

自分しかいないのであれば。もう、そうするしかない。

言われるまま、流されるままに。もはや、それに賭ける他ないのだ。


「……コスモ、パワー……」

 液晶画面に、右手の人差し指を押し当てる。

「フルチャージ!!!」

 力一杯叫んだ。言うやいなや、画面から真っ白な光があふれ出した。

光は機械を、そして美月の体全てを、飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る