phase4.1

 三人は山をおりて町へとやってきたが、いざこうしてハルと歩いてみると、

美月はどうもそわそわとして落ち着きがなくなった。


 ハルとココロの姿は見えなくなっていると説明は受けているし、

頭でもわかっているつもりだ。が、周りの目が気になって仕方が無い。

美月には普通に見えているので、本当は周りにも見えているのではないかと、

つい疑ってしまう。


 そのせいで、誰かとすれ違う度にびくっと身を震わせ、挙動不審になってしまう。

だが、町行く人達は、どんなに三人とすれ違っても、何一つ反応しない。

むしろ、挙動不審の美月が怪訝な目つきを送られる。


「……本当に誰からも見えていないんだね」

 美月達には目もくれずすれ違った何人目かの人の背中を見送りながら、ハルに言った。


「そうだと言っただろう。クリアモードの機能はシンプルながら中々のものだ。カメラにも写らない」

「へえ、そうなんだ! 凄い!」

「もっと言うと、この喋ってる音声も、設定してる人物以外の人には聞こえない」

「へえ!」


 素直に感心するあまり、つい大きな声が出た。

途端、周りの人達の怪訝な目が、ハルにではなく美月に集中する。


(あれ……?)

何かしただろうかと思案すると、ハルが「ミヅキ、ミヅキ」と話しかけてきた。


「私達の声は聞こえないが、ミヅキの声は普通に聞こえるんだよ」

「……あ」


 まるで意識してなかったが、そういえばそういうことになるのだ。

美月の発した声は、普通に周囲に聞かれる。

「一体あの子は誰と話しているんだ?」という周囲のこの目つきにも、納得がいく。


「さ、先に言ってよ! 恥ずかしい!」

「ミヅキ、恥ずかしいと言うなら今の君の方がよっぽどそうだ。周囲の人達をよく見なさい」


 いよいよ本格的な白い目や冷ややかな視線を向けられ始めた。

美月は苦し紛れに愛想笑いを浮かべながら、早足でその場を去った。

これからハルと話すときは、小声で話すよう意識しなければ。

便利な機能と思っていたが、これは中々不便だ。


「はっずかしい! もう!」

 だいぶ行ったところで、周囲に人がいないことを確認してから、美月は大声を出した。


「だから恥ずかしいのは美月だろう」

「何ですって?!」

 鋭い目線を向けると、ハルは緩やかな動作で顔を背けた。

頭が爆発しそうなくらい熱くなっていくのを感じる。


「で、何でそんな思いをしてまで連れ出したんだ? 私には、ミヅキの目的が正直まだわからない」

 冷静な声に、苛立ちが強制的に静まっていく。

肩を落としながらため息をついた美月は、ややぞんざいな口調で喋り始めた。


「うちね、レストランやってるんだよ」

「ふむ」

「で、私結構お料理得意なんだよ」

「ふむ。それで?」

「……」


 察してくるかと思ったが、ハルは小首を傾げるだけだ。真似かたまたまかわからないが、ココロも腕の中で、同じように首を傾ける。

美月はため息をつき、「いいからついてきて」と先を歩き出した。


 『ミーティア』につくと、「2名様ご案内します!」と言って、目についた適当な席に案内した。

今日が定休日でも、お客がロボットと宇宙人の赤ちゃんでも、客として店ののれんをくぐれば、こちらも客として扱い、もてなさなければいけない。

(ま、うちにのれんは無いんだけどね)


 これ以上思惑を隠す必要も無い。

美月は、興味深げに店内を見回すハルに、「今日ここに連れてきたのはね」と振り向いた。

「ちょっとね、ご馳走をしたいなと思ったの」

「ご馳走?」

 テーブルの木目を見つめていたハルが、顔を上げて聞き返す。


「ハル言ってたでしょ? ここ最近無機物しか食べてないって。でもね、そんなのダメ! ちゃんとあったかい食べ物を食べないとね、体も心も寂しくなっちゃうんだよ?」

「いや、別に私は本当に平気なんだが……。無機物でも何ら不自由はないんだが」


 不自由?

その一言を、美月の耳は聞き漏らさなかった。スイッチの入る音が聞こえた気がした。


「不自由とか自由とかじゃないの! 幸せと感じるかどうかなの! ごはんはね、理屈も合理も抜きで楽しむもの!」

 言いながら美月は、自分の体温が上昇していることに気づいた。湯気が立ち上らんばかりに力説する。


「とにかく食べればわかる! ぎゃふんと言う! 参りましたと言う! 宣言するわ! もう一度言う! 食べれば私の言ってることがわかる!」

 指を突き付ける美月の気迫に押されたのか、ハルは「わ、わかった」とぎこちなさげに頷いた。


「それに確かに、ここまで来てそのまま帰るのも礼儀が無い。それじゃあミヅキ。君がそこまで言う食事を、私に一つ」

「はい、うけたまわりました!」

 美月は駆け足で自分のエプロンを取ってくると、それを身につけて店のカウンターの向こうに立った。


手をしっかりと洗うと、さて何を作ろうかと顎に手を当て考える。

いつ家族が帰ってくるかわからないので、出来るだけ簡単に作れるものがいい。

それに、あまりお客様を待たせる訳にはいかない。

様々なメニューが浮かんでは消えていった結果、あれにしようと思った。


「お待たせしました!」

 20分程経過した頃、トレーに料理を乗せた美月がキッチンから出てきた。

「はい、どうぞ!」

 目の前に置かれた料理を、ハルは分析するかのようにじっと見つめると、顔を上げた。

「これは……」


「オムライスとカレー……。略して! オムカレーです!」

 美月は腰を片手に当て、片方の手の人差し指を立て、ビシッと軽くポーズを決めながら声高らかに言った。


「このオムカレーはね、この店……ミーティアの看板メニューなんだよ。そのままだけどね、ミーティアオムカレーっていうの。ほらこれ」

 テーブルに立てかけられていたメニューを手に取り、その一番上を指さす。

 

 そこには、目の前に置かれたものと同じくらい……よりも綺麗に盛りつけられたオムカレーの写真が大きく貼ってあり、目立つ色と文字のフォントで『ミーティアオムカレー』と書かれていた。


 写真のオムカレーは、星形にくりぬかれた色とりどりの付け合わせの野菜がバランス良く盛りつけられ、ルーの部分には白いチーズソースで流れ星の絵が描かれている。


 しかし目の前の現物は、全体的に少々いびつで、どこか足りない箇所が見受けられた。

写真通りの野菜で盛りつけられているが、星形では無いし、盛りつけ方も写真ほどの完璧さは無い。

ソースの流れ星もゆがんでしまっている。

流れ星というより、ぐにゃぐにゃと千鳥足で移動しているヒトデ、と表現したほうが正しいかもしれない。


 中々手をつけずじっと見ているハルに、

「そ、そりゃまだ、へ、下手かもしれないけどさ! でも食べてみてよ! 味は保証する!」

と、声を裏返させながらさあさあとスプーンを置いた。


 何を作ろうかと考え、最終的に、無難にこの店の看板メニューを出そうと思いついた。

カレーの具材はまだ残っているし、ご飯もある。


 まだレストランのほうのキッチンを使うことは許されていないので、家の方のキッチンでルーと卵の部分を作った。


 ルーは特に問題なく作れた。だが卵は、緊張のせいかそれとも張り切りすぎたのか、やや堅くなってしまった。

 家でいつも練習しているのだが、ふわとろの卵を作るのは難しく、いつも微妙に失敗してしまう。作り直したかったが、今回その時間は無く、身を切る思いで妥協した。


 全部出来上がると、用意しておいた店で使っている皿の上に盛りつけ始めた。

ご飯を乗せ、その上に作ったオムレツを被せる。卵を壊さないようにカレーのルーをかけ、無事に出来上がった。


 残すはトッピングだけとなると、厨房に持って行き、メニューに載ってある写真を見ながら盛りつけした。

本当は野菜を星形に切って飾るのだが、時間も技術も無く、断念した。


 最後の仕上げにチーズソースで流れ星の絵を描いたのだが、ゆがんでしまって

正直流れ星に見えない出来になってしまった。絵は下手な方では無いと自分では思っているのだが、これもなかなか難しい。


 出来上がったオムカレーは、店で出されているオムカレーとは似ているようで違う代物になってしまったが、でも味は同じだからと妥協した。

ルーも卵も、弦幸と浩美が教えてくれたレシピに準拠して作ったのだ。美味しくないはずがない。


 しかし固まっているハルの反応を見て、やっぱり自分はまだまだ素人なのだと思い知った。

 調子に乗りすぎたかもしれない。反省と後悔の念から、思わず少しだけ下を向く。


 その視界の隅で、ココロが置かれたスプーンに手を伸ばしたのがうつった。

掴んだが、すぐに落としてしまう。おもちゃと思ったのだろうか。

「あ~」と楽しそうな声でもう一度掴もうとした時、ハルがそのスプーンを手にした。


 一口掬ったのが見える。

 やはり反応が気になる美月は、上目遣いにちらりと見やった。

テレビの画面に映ってる口が、スプーンを咥えているところだった。

本当に、一体どういう構造をしているんだろうか。



 咀嚼をしているようだが、どう感じているか全く読めない。

そもそも頭部がテレビなのだから、わかりようがない。

その他の動きで読むしか無いが、やはり表情がないとわかりづらい。

飲み込んだのか、口の動きが止まった。


「これは……」

 かすかな声でそう言い、じっとオムカレーを見つめた。

そしてまた一口掬い、口に運んだ。


 先程よりも長く咀嚼すると、そのまま考え込むかのようにして、スプーンを

握りしめたまま固まってしまった。


「えーと……どう?」

 どっちつかずの反応で、こっちもどのような反応をすればいいかわからず、

たまらずにこちらから聞いた。

向こうから感想を言うのを待っていたのだが、何とも言いがたい微妙な反応が心に

引っかかった。


「……」

 ハルは微動だにしない。気になったのか、ココロがハルの手をぽんぽんと叩いた。が、それでも動かない。


「……もしもし?」

 口に合わなかったのか、それとも何かトラブルがあって機能が停止されたのだろうか。


不安に感じ始めたその時だった。

ハルが「うむ……」とかすかに身じろぎしてから顔を上げ、真っ直ぐに前を見つめたのは。

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