phase3.2
“素晴らしい写真”というものはこういう写真のことをいうのかもしれない。
美月は直感した。まさしくこれは、“素晴らしい写真”というものだ。
じっと見つめていると、美月の意図がわかったのか、「見ますか?」と未來は写真を見せてくれた。
礼を言いつつ受け取った写真の、そのどれもが、ありのままの姿の、美しい星空を写していた。
加工も何も必要とせず、ただそのままの星空の奇跡の一瞬を切り取ったような、そんな写真に見える。
写っている流れ星の一つ一つが、今にも動き出しそうな気がしてきてならなかった。じっと見ていると、あの夜見た流星群の光景が、鮮明に蘇ってくるようだ。
むろん、美月は写真のことなど全く詳しくない。だがこの写真は、心のどこかを揺り動かすような、そんな力があるように感じるのだ。
「ほ、星原さん……。この写真、あなたが撮ったの?!」
「あ、はい! この前の流星群のときに! 美月さんもですか?」
美月は大きく頷いた。さっき写真を見て感じた感想を、疎いながらも、懸命に、興奮気味に、未來に伝えた。
「そ、そんなにですか?! う、嬉しいですけど、でもちょっと照れますね……!」
かーと顔が赤くなる未来に、
「星原さん、本当に凄いよ! こんな素敵な星の写真、私今まで見たことが無い! 凄いよ!」
と、美月は更に追い打ちをかける。未来は真っ赤になりながら顔の前で手をあわあわと振っていたが、お構いなしに美月は続けた。
「星原さんは、本当に星が大好きなのね! でないとこんなに素敵な写真撮れないよ!」
「た、確かに星は凄く大好きですけど、でも私にそこまでの腕は……」
「私も星が好きだけど、こんなに綺麗な写真は絶対に撮れない! だからやっぱり、星原さんは凄い!」
未來のこの写真の力強さは、星が好きだからというのも大きいのかもしれない。だが素人目の判断だが、未來は写真の腕そのものも大変良いのではと、美月は感じた。
未來は小さくなり、もじもじとし始めた。心なしか、声も小さくなったような気がする。
「本当に凄い綺麗だなあ……。星原さん、大きいカメラを使ってるの?」
デジカメ以外のカメラのことなど全く詳しくない。美月は、名称は知らないのだが、頭の中にごつくて大きいカメラの姿を思い浮かべながら、未來に尋ねた。
「はい! お父さんのを借りて撮影しました!」
「ああいうのって、使い方とかやっぱり難しいの?」
「慣れるまでは大変でしたよ! 写真部に入りたての頃は、右も左も全然わからなかったです」
写真部に入っているのなら、この写真の出来栄えもわかるような気がする。
しかしだから上手くなるとも思えない。恐らく未来のもともとの才能が大きいのだろう。
帰宅部の美月にとっては、何だか未来が眩しく見えた。
「いつも星を撮るときは、屋根裏部屋を使うんです! といっても、物置として使ってる凄い小さい部屋なんですけどね。でも、凄い沢山の星が見えるんですよ! この前の流星群も、もうずっとシャッターチャンスが来てて、落ち着ける暇が全然ありませんでした! 休む暇も無いほど、ず~っと流れ続けてましたからね!」
「流星群、本当に凄かったものね!」
この前の流星群は、予想の遙か上をいく流れ星が観測されたと騒がれている。ピーク外でもピーク並の量が流れたというほどだ。
「2時半頃に終えて寝たんですけど、あんっまりにも深く寝ちゃってたので、あの深夜の大きな揺れにも気づきませんでした! 翌朝、お父さんとお母さんから聞かされたときは、物凄くびっくりしましたよ!」
体がふわふわ浮いたような夢は見たんですけどね~と言う未來に相槌をうちながら、美月は安堵と落胆が半々の気持ちでいた。
もしあの光を……落下していくハルの宇宙船を、未來が目撃していたらと思ったのだが、どうやら見ていないようだ。
「翌日は、すっかり遅くまで寝ちゃいまして……! でも、起きてすぐ現像をしに走りました!」
美月は今一度、写真を見た。写る光の筋は、あの光の帯とはやっぱり全く違うなと、そんなことをぼんやり思う。
「少し欲しいな……」
心の中で呟いたつもりだったのだが、うっかり声に出してしまっていたようだ。
未來はこれ以上無いほど目を輝かせ、身を乗り出した。
「み、美月さん、それ本当ですか?! 美月さんが欲しいのなら、勿論何枚でもお譲りしますよ!」
「で、でもそんな……! 悪いよ、さすがに! だって星原さん、せっかく撮ったのに」
さすがにそこまで図々しくないと、美月は困惑しつつも遠慮する。
が、「でも、私写真を本当に沢山撮りましたし、同じようなものがいくつもあるんですよ? 大丈夫です! どうかもらってください!」と、未來は引き下がらない。
「それに、写真を欲しいと思うまで気に入ってもらえるなんて、こんなに誇らしいことはありません! 私、写真部の皆に自慢しちゃいます!」
にい~っと三日月のような口を見せる未來に、美月の気持ちは固まった。「じゃあ、遠慮無く!」と、幾つかの写真を選んだ。
「これ、貰えるかな?」
「まいど! といってもお代はいりませんよ!」
未來の言葉に、美月は思わず吹き出した。
「星原さん、これからはため口で話さない?」
「えっ?!」
未來は目を丸くし、言われたことがいまいちわからないとばかりにしばらくきょとんとしていたが、やがてその顔が、これ以上無いほど満面の笑みに変化した。
「はっ、はい! じゃなかった、うん! み、美月さんが良いのであれば!」
「良かった! じゃあ私、これから星原さんのこと、未來って呼んでいいかな?」
「もっ、もちろん! じゃ、じゃあ私も美月って呼びま……じゃなかった、呼ぶよ!」
未來は口の中で、美月の名前を小さく繰り返しながら呟いた。そして、その名前を噛みしめるように頷くと、実に幸せそうな笑顔になった。
「未來、これからよろしく!」
未來とは、良い友達になれそうだ。まだ少ししか話してないのに、わかる。
心を弾ませながら、貰った写真を眺める。
ふと視線を感じ、首を上げると、未來がまだ美月のことを見ているのに気がついた。
「美月。美月は、星が好きなんだよね?」
「え? う、うん」
「そっか。じゃあ、宇宙人は? どう?」
「え?!」
瞬間に浮かんだのは、裏山にいるハルとココロのことだった。慌ててそれを打ち消し、どうだろうかと考える。宇宙人のことは、好きかどうか。
「よくわからないけど……少なくとも、嫌いではないかな?」
それというのも、祖父の影響が大きいように思う。幼い頃から祖父は、宇宙人は全然怖くないものとして、美月と穹に教えてきた。
テレビや本などでは、よく宇宙人は地球に侵略してくる、怖いものとして描かれている。だが、それは違うのだと。
「そもそも宇宙人は、地球に来ることなんてできないんだ。星と星の距離は、とてもとても遠いからな」
「だからの。もし、宇宙人に会えたら、それは途方もない奇跡なんじゃ。争うなんて、勿体ないじゃろう。友達になろうと、手を差し伸べれば、きっと応えてくれるはずじゃ」
そう言って聞かせる祖父の目は、いつも穏やかで、そしてどこか遠くを見ているようだった。
生粋の怖がりである穹は、あまりぴんと来ていないようだった。が、美月はこの話を小さい頃から聞かされていたので、そのおかげで宇宙人に対する悪い印象というものがなかった。
大好きとは言い難いが、嫌いではない。素直に応えると、未來はにっこりと笑った。
「そうかあ。うん、よくわかった。ありがとう!」
「未來は、宇宙人が好きなの?」
すると。未來の表情が、わずかに変化した。笑顔は変わっていない。しかし、その笑顔が薄らいだような。強張ったような。そんな変化に見えたのだ。
「……どうだろうね?」
答えになっていない返答。それに言及する前に、未來ははにかんで、「じゃ、また!」と手を振り、その場から立ち去っていった。
一体、なんだったのか。未來の態度もそうだし、ふと振り向いて見た周囲の、こちらを遠巻きに眺めてひそひそと声を潜めて話をしている、クラスメート達の態度もよくわからなかった。
だが、今の美月にとって、それらの問題は些細なことだった。
宇宙人。危うく声に出そうになった一人言を、辛うじて心の中に留める。
学校が終わったら、またあそこに行ってみようか。美月は、窓の向こうの裏山を眺めた。
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