phase3.1

 ぐるりと囲むようにして木が生えている野原。その真ん中に、そこだけどこか別の場所から切り取って置いたかのように、それはあった。


 自分の家の半分くらいの高さと幅だろうか。大きさはそれぐらいだ。

美月は知らなかったが、地球にあるスペースシャトルと酷似した外見をしていた。


 その宇宙船の下部のほうから、アームのようなものが触手みたいに出ており、それによって機体が支えられている。よって宇宙船は、地上から少し浮いていた。


 本物の宇宙船を見た時、自分はどんな反応をするのだろうかと思っていたが、いざこうして実物を見ると、(ああ、宇宙船だ)という妙に冷静な思いしかわいてこなかった。


 それ以上に、機体が妙にボロボロなのが気になった。


 大きく凹んだような痕や、壁が剥がれて中の部品が剥き出しになっている箇所がいくつもある。剥き出しになっている箇所は、ショートしているのか、部品やコードが火花を散らしながらシューシューと小さな音と煙を立てていた。


 そして何より、全体的に真っ黒焦げだ。焦げてないごく一部からかろうじて、もとの色が白か灰色ということはわかった。


 機械に詳しくなどないし、ましてや宇宙船の事など何一つ知らないが、この乗り物が壊れているのは誰の目から見ても明らかだった。


「待って、これ大丈夫なの?」

「見た目はこんな風になっているが、全体的な冷却はもう済んであるし、中は外側ほど酷くはない。この辺り一帯も火事にはなってないから、安心してくれ。ただ少し、地面の芝生が燃えてしまったけどね」


 驚きと混乱の美月に対して、全くペースを崩さず、ハルは答える。

上から下、下から上へと目線を動かす美月の横で、更に続けた。


「応急処置のようなものしかしてないし、まだ本格的な修理には手をつけていないんだ。直ったらすぐ出て行くから、どうか安心してほしい。この星の住民達に危害を加えるつもりは一切ない。それだけは信じてくれ」

「あ、はい……。でもこれ、他の人がもし見たら大パニックになると思うよ? 地球人は、宇宙人がいるなんて思ってもいないんだし」

「ふむ……」


 その言葉に、ハルは反応を示した。


「……それでいて、〈あれ〉が存在せず……」


 だが、小さく呟いた言葉は、上手く聞きとれなかった。


「地球人が、宇宙との交流が全く無い種族というなら、あまりのんびりしていることは出来ない。パニックを起こすことは避けたいからね。なるべく早く直す。だが、見ての通りかなり損傷が激しい。それなりに長い期間ここにいる事になりそうだが、構わないだろうか?」


 再びハルは美月と真正面に向き合い、深々とブラウン管テレビを下げる。腰の低さと礼儀正しさに、美月はつい「顔上げて!」と慌てた。


「ここは別に私の山じゃないしなぁ……。うん、でも、私は大丈夫だよ。私は、ね。でも、人の目は平気なの? ここに来る人はほとんどいないけど、万が一見られたら……」

「その辺りの対策はある。平気だ」


 ハルは顔を上げ、平淡に答えた。


「そういえば、どこに住むの? さすがにホテルとかに泊まるわけにはいかないでしょ?」

「その点は何の心配も無い。私達は、この宇宙船に滞在しているからな」

「ここ?!」


 美月は、黒焦げの宇宙船を仰いだ。

そういえば、さっき中は外側ほどの損傷は無いと言っていた気がするが、本当にこんなボロボロの宇宙船に住めるものなのだろうか。


 と、ココロがハルのほうを見上げた。「よしよし」とあやすハルの姿を、赤ちゃんもロボットも宇宙を旅することが出来るんだなと、ぼんやりとした気持ちでどこか遠くから眺めた。 そうするうち、ふと疑問がわいた。


「……ココロって、ハルとどういう関係なの?」

「私が産んだのではない」

「いやそれはわかるよ」


 ハルはロボットと言っていた。血の繋がりがあるはずがない。

 ロボットと赤ちゃんという組み合わせが非常にアンバランスに感じて、少し不思議に思ったのだ。


「ココロは、私の旅人仲間だ。それ以上でも、以下でもない」


 画面に映った口が動き、そこから紡ぎ出されたものは、短く、淡々としたものだった。




 美月はぼんやりと、窓の外へと目を向けた。


 窓の向こうに青空が見え、その下に件の山がそびえている。

 あそこに壊れた宇宙船があって、頭がテレビの形をしたロボットと赤ちゃんがいる。その事実が、まだにわかに信じられなかった。


 昨日あの後、どうやって帰ってきたかまるで覚えていなかった。

 帰宅後、2時間ほど眠って次に起きた時、さっき自分が体験したことは全て夢だったのだと感じた。

 だがそう思ったのもつかの間、あの懐中電灯が目に入った。夢ではないと、そう突き付けられた気がした。


 その後の一日は、ついさっき見たこと、体験したことを思い出しては浸ってしまうので、何度も家族にいぶしがられた。

 一日経ってもその状態は癒えず、つい昨日のことを考えてしまうのに変わりなかった。


 そこで、チャイムが鳴った。いつの間にか、授業は終わっていた。


 訪れた休憩時間でも、賑やかな教室の片隅で、美月はただぼんやりと窓の外を眺めていた。そんな時のことだった。


「美月さん! 大丈夫ですか?」

 

 またクラスメイトが声をかけてきたのかと思った。だが違った。


 いつの間にか、自分の机の前に、髪をボブカットにした女の子が、こちらに笑顔を向けて、立っていたのだ。


 大きい目をぱちぱちと瞬きさせる姿は、同じ学年のはずなのに、どこか幼さが漂っていた。


「星原さん……?」

「そうです! 星原 未來です!」


 彼女が嬉しそうに告げた名前を、美月は知ってはいた。


 髪型と、いつも首に紐がかけられていることから、制服の下に、どうやら毎日首飾りを身につけているらしいことで、ある程度の印象もあった。


 だが今まで彼女とは、あまり話をしたことがなかった。


 しかし今、美月は目の前の未來という少女に、興味が湧いていくのを実感していた。彼女の手に、二十、三十枚はある星空の写真が、握られていたからだ。

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