phase3「宇宙から来たロボット」
「美月、大丈夫? ぼんやりしてるようだけど」
目に飛び込んできたのは、心配そうな表情を浮かべる友人の顔だった。
何かしら理由をつけて適当に誤魔化しつつも、やっぱり無理か、と美月はこっそり冷や汗を流した。
友人の言うとおりだった。今日の自分は、ぼんやりとしている。
授業中当てられてもしばらく気づかず、その度に教師から注意される。
話をしても会話が成立せず、授業が始まっても、休み時間になっても気づかない。
こんな風に友人達と雑談をしているときですら、いつの間にか意識が別のところに飛んでいく。
周りから様子がおかしいと思われてることに、気づいてはいる。でもどうしようもできなかった。
チャイムが鳴り、クラスに教師が入ってきても、やはり美月は授業に集中することが出来なかった。
「……え、これ夢?」
「いや、その可能性は無い。紛れもなく現実だ」
一人言のつもりだったのだが、ハルと名乗ったそれから冷静に返された。
昨晩は気づかなかったが、よく見たらテレビ画面の下の方に口のようなものが
うっすらと映っており、言葉に合わせて、それが動いていた。
両者向き合ったまま、奇妙な沈黙が流れる。その間、ハルはココロと紹介した赤ちゃんをゆらゆらとゆっくり揺らし、あやしていた。泣き声が段々と静かになってくる。
「……宇宙人?」
「私からすればミヅキのほうが宇宙人なのだが、まぁ君達から見ればそうだ」
「……えっ、本当に宇宙人?」
「ああ」
「えっ……。宇宙人???」
「ミヅキ、なぜ何度も聞くんだ? この星では宇宙人がそんなに珍しいのか?」
「め、珍しいより前に、そもそも身近な存在じゃないというか……」
「ふむ、なるほど。……それは……なかなか好都合な……」
ハルが小さい声でなにやらぶつぶつ言い始めたとき、ココロが再びぐずり始めた。
美月はほんの少しだけ近づいて、首を伸ばしてココロの顔をのぞき込んだ。
まだ一歳どころか半年も経っていなさそうだ。雪のような髪の毛と、クリーム色をしたつなぎのようなベビー服がよく似合っている。
青と赤のオッドアイの目が涙で濡れていた。だが、泣いていてもわかる可愛らしい見た目だった。
「もしかして、この子も宇宙人なの?」
またあやしだすハルに尋ねると、ブラウン管テレビがゆっくりと上下した。
「そうだ。私はロボットだが、ココロはれっきとした人間だ」
「え? あなたロボットなの?」
「そういえば言ってなかったね。うん、私はロボットだ」
人間じゃ無いだろうということは、その見た目と、どこか無機質な部分の違和感から、もしかしてと予想していた。
だがこうして面と向かって会話していると、宇宙人と、しかもロボットと話をしているという事実を忘れてしまいそうになる。
(まさかこの状況に慣れ始めている……?)
そんな自分に、若干の恐怖を感じた。
「ミヅキ、確か言ったね。昨晩、光の筋がここに落ちていくところを見たと。その光の正体は、私の乗っていた宇宙船だ」
ココロのぐずりが治まると、ハルはそう言った。
宇宙船。そうでないかとは予想していた。だが、日常ではまず滅多に使われないような聞き慣れない単語を、美月はどこか夢の中にいるようなぼんやりとした感覚で聞いていた。
ココロがすやすやと眠りだしたのを見ると、ハルは突然「ついてきてくれるかな」と言った。
美月はビクッと体を震わせ、その後硬くし、数歩距離をとった。
警戒心のあまり、無意識のうちに睨みつけてしまっていたのだろうか。
ブラウン管テレビがふるふると横に揺れる。
「どうか警戒しないでくれ……と言っても無理か。ただ、連れ去ろうとかは一切考えてない。ただ、宇宙船を見てほしいと思ったんだ」
宇宙船、と美月は心の中で反芻する。
「ついてこなくても構わない。宇宙船に今から戻ろうと思ったから、あくまでもついでで呼んでみただけだ」
そう言い残すと、ハルはくるりと翻し、歩き始めた。
宇宙人の手による地球人を誘拐というイメージがわいた美月の脳内を、見透かされたようだった。
去って行くハルの背中を見ながら、ふいに美月の心中には、実はこいつは本当は宇宙人でもロボットでもないただの人間で、変質者か何かではないかという疑いが
わいてきた。
赤ちゃんを抱いているのも、こちらの警戒心を解かせるためのカモフラージュなのでは。
だが、普通そんな面倒なことをするだろうか。何よりも、本当に変質者の類いだとするならば、ブラウン管テレビの頭で現れるということなどするだろうか。
(……ええい、やめやめ。今更何を疑う必要があるんだ)
美月は、もう小さくなっているハルの背中をめがけて走り出した。
すぐに追いかけていることに気づいたのか、ハルは立ち止まり、美月を待ってくれた。
追いつくと、再び歩き出したハルは途中、「あぁ、そうだ」と、トレンチコートのポケットを探り、取り出した物を美月の手に渡した。
「昨晩、落ちていたのを見つけた。これはミヅキのものだろう?」
すっかり頭から抜け落ちていたが、それは昨日無くした懐中電灯に違いなかった。
「あ……。ど、どうもありがとう」
ぎこちない手つきで受け取り、ぎこちなく礼を言う。
そしてまた、ぎこちない手で懐中電灯を自分の服のポケットにしまった。
「どういたしまして。でも、詫びなければいけないことがある。それを勝手に調べてしまったんだ」
「えっ?!」
「ごめんなさい」
ブラウン管テレビがお辞儀するかのように下を向く。そしてまた歩き出した。
「し、調べたって?!」
「そのままの意味だ。解体して、部品を一つ一つ調べた。壊してはいないから、安心してくれ。でも、許可も無しにそんなことをしてしまって、申し訳ない」
しまったばかりの懐中電灯を慌てて取り出し、美月はスイッチを入れた。
まわりが明るいからわかりにくいが、ぱっと電気が光る。懐中電灯の先が、わずかに明るくなった。
ハルの言うとおり、壊れてはいないようだ。
「もし壊れていたらすぐに言ってくれ。責任をとって直すよ。これでも簡単なものなら宇宙船を直せることが出来るし、自分の体だって何度も修理したからね」
(……宇宙船の簡単て何?自分を修理って?)
色々と頭が混乱するが、きりがなくなるので置いておいたほうがいいかもしれない。
美月は一つだけ、「何で調べたの?」と懐中電灯のスイッチを切りながら聞いた。
「情報収集の為だ。私は普段、着陸する前に、その星についての最低限の情報を調べる。種族、言語、文化、発展度、文明レベル等ね。でも今回、それをする暇が無かった。何の下調べもなく突っ込んでしまったんだ。しかしそれだとあまりにも危険だ。しょうがないので、昨日ミヅキがいなくなった後、忘れていったこの“懐中電灯”というものを宇宙船に持って帰って、分解して、部品の成分や性質などを調べた。おかげで“地球”について沢山の情報を仕入れることが出来た。正直、これを置き去っていってくれたことを感謝しているよ」
「これ一つで、そんなにわかるの?」
美月はまじまじと手にしている懐中電灯を見た。これはどこにでも売られている、辺りを照らすだけの機能を持った懐中電灯に他ならない。
「わかる。あと、この場所にある土や葉や枝なども少し拝借して、それも調べた。これで恐らく50%以上は、“地球”について理解できただろう」
ハルは歩きながら、淡々と、リズム良く言葉を放つ。美月はそれを聞きながら、黙って歩いた。相槌すら、全くうてないでいた。
6、7分程過ぎた頃だろうか。辺りの森が奥深くなってきたと思いきや、少し開けた場所に出た。そこでハルは、足を止めた。
「ついたよ。これが私の宇宙船だ」
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