phase2.1
道中、通行止めだのなんだの、何らかの理由で裏山に行くことができない事態が起こってくれないだろうかと願っていた美月だったが、実に何事も無く、10分程で辿り着いた。
麓に自転車を置き、裏山を登る。やっぱり引き返そうかと一瞬考えたが、首を振って否定した。
何を弱気になってるんだ、自分で決めたじゃないかと奮い立たせ、その勢いに乗って雑木林の中へと入っていった。
気持ちが冷めてしまわないうちにと大股で歩き続け、そして変な形をした切り株がある辺りまでついた。
「確かこの辺りだったはず……」
そこには、草と木以外何も無かった。あのテレビ頭の人物がいる気配は、微塵も感じられない。
生えている木の一つ一つ全てに、変わったところは何も無い。至って普通だ。青々とした新緑の木々が続いている。
とりあえずの不安は去った。あれは見間違いだったんだという確信まで芽生え始めていた。
腰が抜け、座りこんでしまいそうになるのを堪え、辺りを見回した。
ふと地面に目をやった。土の感覚も、草の匂いも、落ちている葉の色も、いつも通りそこにある。
と。ここでふと気づいた。
「あれ?」
昨晩逃げ出した時に恐らく投げ出してしまったであろう、美月が持ち出した懐中電灯が、どこにも見当たらなかった。
いくら夜中だったとはいえ、おおまかだが落とした場所の見当はついている。
この場所には、目印になる形の切り株がある。
近くに落としたことは、絶対に間違いない。
まさかあのようなどこにでもある懐中電灯を盗む人がいると思えない。
普通の人間ならば。
まさか、誰かに拾われたのか。でも、誰がそんなことをするだろう?
突然悪寒と鳥肌が襲ってきた。
今すぐここから立ち去らなくては。体中から危険信号が発せられているのがわかった。
が。少し遅かった。
まず聞こえてきたのは、土と葉を踏む音だった。次に、服が草と枝に擦れる音。
音はどんどん近づいてくる。どんどん大きくなってくる。
昨晩と全く同じだった。
美月はいつでも駆け出すことができるように、両足を少し開いた。腕を振って早く走れるよう、拳を握りしめる。
太陽が雲に隠れた。日が差し込んで明るかった林の中が、薄暗くなる。
すぐ近くにある木の後ろで、足音が止まった。
美月は体に力を入れた。もしその姿を現せば、すぐさま走って逃げ出せるように、一歩後ずさった。
何か、おかしい。
いつまで経っても、足音の主が美月の前へ姿を現さない。
動いていないのか、葉が擦れる音も、枝を引っかける音も一つも聞こえてこない。
しかし何かが、誰かがいることは、その空気からわかる。
姿を見せてこないのが、恐れていたはずなのに、逆に落ち着かなくなってくる。
しばらく沈黙が続いた。何度か風が吹き、その度に木々が音を立て、木陰の模様が動いた。
緊張感のある静寂が漂う。それを破ったのは、美月だった。
「あの! そこに誰かいるんですか?!」
返事は無い。身動き一つする気配も感じられなかった。
「あなたは一体誰なんですか?」
「……」
「私に何か言いたいことがあるんですか?」
「……」
「一体何の目的があるんですか?」
「……」
「あの……出てきてくれませんか?」
返事はない。うんともすんとも返さない。しかし、いることは伝わる。
美月は段々と苛立ってきた。
「ねぇちょっと! 一体誰?! そこにいることはわかってるんだから! 黙ってないで出てきたらどうなの?!」
美月は、怒気の混じった強い口調で尋ねた。
ちょうど強い風が吹き、木の葉を揺らした。
木の後ろから、声がした。
「……申し訳ない。出ていったら、また驚かせてしまうと思ったんだ」
男性の声だった。物腰の柔らかそうな声色だったが、どこか違和感を覚えた。
感情がこもっていないような、人間味の感じられない声。
「昨日は悲鳴を上げて逃げられてしまったから、また今回も逃げ出すと思っていた。私の姿はこの星の人間にとって怖がられる見た目のようだから、どうするべきか迷ってしまった。出て行くべきか否か、考えていた」
美月に悪意がないことは、その台詞からわかった。それどころか、気遣っている素振りすら感じられる。敵意を抱いていないことにまず安心し、そして美月はこの星の人間という言葉に、確信した。
「やっぱりそこにいるのね? 一体あなたは誰?! ……といっても、大体予想はつく。
あなた、宇宙人でしょ?!」
言っているうちに余裕の出てきた美月は、これでどうだと言わんばかりに声を張り上げた。木に向かって腕を上げ、指をさす。
「私、昨日の夜物凄い揺れで目が覚めたの。そして直後に、見たんだ。光の筋みたいなものが、この裏山に向かって落ちていくところを。それで追いかけてみたら、あなたを見つけた! あなたは……!」
宇宙人でしょう! そう突き付けようとした、まさにその時。
「うえええぇん!!!!!」
突如何の脈絡も無く、大きい赤ちゃんの泣き声がすぐ近くから聞こえてきた。
「へっ……?」
美月は、指をさしたままの状態で動けなくなってしまった。
なぜ、今、ここで、赤ちゃんの泣き声が?
「……うん。正解だ」
泣き声に混じって、先程の声が聞こえてきた。
「今度はどうやら、逃げなさそうだからね。今から姿を現すよ」
ガサリという葉っぱの擦れる音と共に、木の後ろから人の影が現れた。
太陽が顔を覗かせたようだ。柔らかい風が吹き、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
辺りが再び明るくなり、その人物の輪郭を浮き彫りにした。
トレンチコートに、最も目が行くブラウン管テレビの頭部。
昨晩見た「何か」と、全く同じだった。
ただ一つ、違う点があるとすれば。
腕に、未だ大きな声で泣いている赤ちゃんを抱えていることだ。
美月の腕が、いつの間にか下がっていた。
「まだ名前を言っていなかったね」
一歩、近づいてきた。美月は一歩、距離をとった。
「私の名は、
真っ白い髪の毛に、ハートの髪飾りがつけてあるその赤ちゃんは、白い肌を真っ赤にして泣いていた。
「ココロだ」
ハルと名乗ったテレビ頭は、また美月に一歩近づいた。
「私は……美月といいます……」
どうしてこの時、自分の名前を名乗ったのかはわからない。
ただただぽかんとしたまま。呆気にとられたまま。
美月は、ただ目の前にいるハルと名乗った存在を、眺め続けることしか出来なかった。
ハルは、ココロをあやしていた。
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