phase2「一夜が明けて」
流星群の翌日は、五月晴れの気持ちいい、お出かけ日和な日曜だった。
爽やかな太陽の光を浴びながら、美月は一人、裏山のふもとに立ち、青々と茂る山を見上げていた。
昨日、自分の目を疑うほかないものを見つけた場所に、なぜまたこうして立っているのか。
昨夜帰ってきた後、なぜ夜中に勝手に家を出たのかと、弦幸と浩美にこっぴどく
叱られた。普段、まず滅多に孫を怒らない源七までにも叱られた。
早く一人になって落ち着いて考えたかったので、その場ではちょっと寝ぼけてしまった、少し熱っぽくて体調悪いからそのせいかもしれない等といった、思いつく限りの言い訳を並べた。
明らかに嘘とわかる物言いだったが、恐らく美月のあまりの必死さに呆れたのか何なのか、すぐに説教から開放してくれた。
しかしその時、懐中電灯をどこにやったのか聞かれた。あてはすぐに思いついた。あの山の中だ。
美月は適当に誤魔化したが、自分がつい先程見たものを鮮明に思い出してしまい、体と声が震えた。
部屋に戻り、すっぽりと布団を被り、落ち着こうとした。だが、全く落ち着けなかった。
冷静になれと何度自身に言い聞かせても、逆にどんどん興奮していく。
のぼせた状態の頭で眠れるはずもなく、冴えっぱなしの目を下げたまま、朝を迎えた。
空が明るくなってくるまでの間、実に様々なことを考えた。
主に、自分が見たあれは一体何なんだろうということについてだ。
コスプレをしていた、見間違い、幻覚等々、様々な仮説が浮かんでは消えていった結果、夜明け頃に、あれは宇宙人なのだろうという結論に至った。
突飛な説だと思ったが、この説以外に自分を納得してくれるものは無かった。
美月が目撃した光の筋も、その直前に起こった大きな揺れとも、間違いなくあのテレビ頭と関係がある。
とりあえずの結論が出たはいいものの、この後どうすればいいのか、美月は今度そのことで悩んだ。
誰かに言うか、言わざるか。
誰にも言わないでおいて、自分の心の内に留めておくのが得策だとは思う。
しかし、このまま誰にも言わないでおける自信はない。黙っているままのこの状態を耐えられるはずがない。
だが言った所で、誰が信じてくれるだろうか。
恐らく、誰も信じない。笑われるか、からかわれるか、心配されるか、哀れまれるかのどれかだろう。
美月はベッドの上に大の字に倒れ込んだ。
もし自分がこの話を聞かされたとして、それで信じるかと聞かれたらNOと答える。
普通はそういうものだ。だからこそ、今自分がどうするべきか、全くわからなかった。
誰でもいいから、教えてくれる人がいるなら今すぐこの場に来て教えてほしいと願った。
もちろん、そんな願いが叶うはずもない。
「どうすればいいの……」
自然と漏れた一人言は、部屋に溶けて消えた。その状態のまま、美月の脳は眠りへと落ちていったのだ。
その後、夢うつつに自分を呼ぶ源七の声が聞こえてきて、目が覚めた。時計を見ると、12時半を少し回っていた。
怪物に追いかけられて、動かない足を懸命に動かして走って、やっと逃げきれたと思ったら先回りされていて捕まるという夢を見てしまい、正直気持ちの良い目覚めでは無かった。
重い体と頭と足取りを引きずるように美月は起き出し、一階に下りた。すると、台所に立っている源七に、「美月、どうじゃ? お昼、食べれそうか?」と聞かれた。
今朝は、寝不足と興奮のせいで食欲がどうしてもわかなくて、朝食を食べなかった。が、今は空腹感を覚えていた。
美月が頷くと、源七はほっとしたような表情を浮かべ、「それじゃあ、今からお皿に盛りつけるから、運んでくれ」と言った。
「ね、ねぇおじいちゃん?」
昼食を食べながら、美月は意を決して口を開いた。焼き魚の骨を取りながら、美月は必死に平静を装う。
源七は箸を止め、何じゃと優しく尋ねた。
「もし……。本当にもしもの話だけど! ……もし、何というか、変なものを見つけたら、おじいちゃんは、どうする?」
「変なもの? 例えばどういうものじゃ?」
「えーと……。……自分でも、どういうのかよくわからないものとか」
「ふーむ……」
考える源七に気づかれないように、美月は心の中で頭を抱えた。
昨日見た光の筋と、頭がテレビの形をした人物。
どうにかして情報の詳細を言わないようにして、でもアドバイスを貰うにはどうすればいいか。そう考えた末に口をついて出たのが、あの質問だった。
しかし、言った後でなんて不自然な物言いだったろうかと後悔した。
もう自分があのテレビ頭よりわけのわからない存在だとさえ思った。
「姉ちゃん、一体何の話してるの?」と聞いてきた穹をついきつく睨み付けてしまった。穹は怯えたようにごめんと言い、食事に戻った。
「よくわからないが……。わしだったらもう一度見て確認をするな」
「確認?」
「確認できるものならもう一度行って、見て、そしてそれがどういうものなのか確かめるな。そうすれば自分の中でも少しは整理がつくし、一度目と違って、少しは冷静に見ることも出来るしな。……で、それがどうしたんじゃ?」
「い、いや、な、何でも無い、よ! 本当! うん!」
つとめて、美月は冷静なふりをした。自分は至っていつも通りだと装った。
「姉ちゃん、もしかして何か見たの?」
穹から聞かれたが、今度は睨まずに聞こえなかったふりをした。
いつもは鈍いのに、何でこういう時に限って鋭いのか、心の中で悪態をついた。
昼食後、再び部屋でうろうろと歩き回っていた美月だったが、突如ぴたりと立ち止まると、そのまま駆け足で家を出た。
目的地は勿論、裏山の、例の雑木林だ。
もう一度確認をするというのは、美月も何度か考えていた。
源七の言うとおり、最初の時より冷静になっているから、心の整理などもつくだろう。見間違いや勘違いだったら、それにこしたことは無いのだ。
しかし。美月が躊躇っていた理由は、一つある。
見間違いでもなんでもなく、危険なものだったとしたら。
もし、身に危険が及んだら……。
そのような危惧に、確認しに向かうことを躊躇していたのだ。
様々な不安や恐怖が渦巻いていたせいで踏みとどまってしまっていたのだが、
もう考えるのに疲れてしまった。
いつまでも答えに辿り着けないままモヤモヤと悩み続けるのだったら、結果がどうあれ決着をつけてしまおう。諸々の不安は、その後で思う存分悩めばいいのだ。
しかし、“いざ”という事が起きませんように、どうか何も起こりませんようにと
心の中で土下座せんばかりに祈りながら、美月は自分の自転車を漕いで、裏山へと向かっていったのだ。
そうして美月は、今ここにいる。
頬を掠める5月の風は心地良いものだったが、美月の心は爽快感とかけ離れていた。
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