phase1.4

 恐怖心も確かに芽生えた。だが、最終的には勝ったのは好奇心だった。


 林の中は、夜中ということもあって、大変不気味だった。

ここに来るまでの足取りとは打って変わって、美月は足を半歩ずつ出しながら、大変ゆっくりと歩を進めていた。


 慎重さからではなく、恐怖心からだった。やはり怖いものは怖いのだ。


 うっすらとした煙の匂いだけを頼りに、美月は辺りを照らしつつ、注意深く進んでいった。

 煙の匂いが徐々に強くなっていくと同時に、美月の心音はうるさく鳴り、脈は速くなっていった。


 7、8分ほど歩いた頃だろうか。

でこぼことしていていびつな形の切り株が、フェアリーサークルのごとく七つ並ぶその場所は、煙の匂いが一段と強かった。


 美月はこの辺りだと確信し、周囲一帯を注意深く見回した。

耳を澄ませる。


しばらくは自分の息づかいと、風の音、木の葉のさえずる音しか聞こえなかった。

 ふいに、その風がやんだ。


 ガサガサという、葉っぱがこすれる音が聞こえてきた。

しかも、近くからだった。

“誰か”が茂みを掻き分けて進んでいるような音だった。


 ハッと、美月は反射的に音のした方向を明かりで照らした。

ぼんやりとした懐中電灯の光の先で、またガサッという音がした。

 先程聞こえた時よりも、距離がだいぶ近くなってきているようだった。


 この音は、風の仕業では無い。

しかしどこかで、風の仕業であってほしいと望んでいる自分がいた。

だが、望んでいる風は全く吹かない。無風のまま、音はどんどん近づいてきている。


 反射的に後ずさる。

しかし、美月がその場から走り出す事は出来なかった。


 本当なら、今すぐにでも駆け出したい。なのに、体が動かない。


好奇心からではない。巨大な恐怖心が、両足をがっしりと掴んで離さない。


 音が徐々に近づいてくる。

気づけば、息を止めていた。

心音と、茂みの音が一致した。

音が、止まった。



 初めは、普通の人かと思った。

目の前に現れたその人影は、ベージュのトレンチコートを着ていた。

しかも冬用のものではなさそうだが、革製か何かの黒いブーツまで履いていた。


 もうすっかり暖かいのにと、不思議に感じた。

正常な思考を繰り広げられたのは、そこまでだった。


 首から上。本来、頭部があるべき場所。そこには、頭部が無かった。


と言っても、首が無いというわけではない。


 美月の家には無いし、実際に見たことも無い、

テレビか本かゲームか……そういうのを通じてしか見たことが無い。


 確か、ブラウン管テレビという名称をしていた。


 首から下の、“人”の形をしている部分。その、両肩をはみ出すかはみ出さないくらいのサイズ。

濃い灰色をした本体に当たる部分。

上部についているのはアンテナだろうか。丸く折り曲げたような形のアンテナが3本、

根元の部分は同じ場所から生えていた。


 その人物は、頭部がブラウン管テレビの形をしていたのだ。


 被り物か。だけどテレビの、しかもブラウン管の被り物などあるか。

本当に被り物なら布か何かの柔らかいもので出来ているはずだ。

でも目の前のブラウン管テレビは硬そうだ。質感が、本物のテレビそっくりだった。

画面にあたる部分に、うすぼんやりとした灰色の明かりが点いていた。


 ああ、電源だ。電源が入ってるんだ。


 ここまで考えた時、美月の支離滅裂ながらかろうじて動いていた頭が、止まった。

あとに残ったものは、本能だった。


得体の知れないものと遭遇した時、それによって危険を感じた時、生き物はどうするか。


「ギャーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


 立ち向かう者も中にはいるかもしれない。しかし、大部分がこうするだろう。

美月は悲鳴を上げながら、今来た道を戻り始めた。

生涯これ以降は絶対出せないような、奇跡のようなスピードだった。





 「……行ってしまった」


 頭部がテレビの形をした人影は、他に誰もいなくなった山中でぽつりと呟いた。

 「……む?」


 ふとその人影は、草むらに何かが落ちているのを発見した。辺り一面闇に包まれる中、そこだけ丸く照らす明るい光。


 人影はその物体、「懐中電灯」を拾い上げた。先程視線が合うなりきびすを返して走り去っていった、あの少女のものとみられた。


「取りに戻ってくるだろうか」


 その可能性は極めて高いと、人影の「頭脳」は分析した。

 

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