phase1.2

「凄かったなぁ……」


 空を見上げながら、美月は誰に言うでもなく、そう呟いた。


 22時を回った頃、美月と穹と源七は帰路についていた。

一生分の流れ星をこの目で見たようで、美月は実に満足していた。ふわふわと宙を歩いているような、夢見心地な気分だった。


 目を閉じれば、あの数多くの光の筋が鮮明に思い出せる。


 レジャーシートに寝転がって仰向けの状態で見始めると、もうきりが無くなってしまった。それこそ、夜明けまでずっと眺めていられるようだった。


 源七からそろそろ帰ろうと言われるまで、時間の経過が全く感じられなかった。


 ついさっき見始めたばかりなのにと思っていたら、もう1時間半も経っていた。愕然としたが、でもそれも仕方ないかもしれない。あの素晴らしさは、人の心を完全に奪い去る。


 今日のこの流星群を生きている内に見ることが出来て、何て自分は幸せ者なんだろうと美月は感じていた。今ならもう、世界が終わってしまっても心残りは無い、とも。


 源七も満足げだった。美月のようにはしゃいではおらず、隣でにこにこしていた。

 だが山から下りる時にぽつりと、生きているうちに今日の流星群が見られて良かった、と言っていた。


 穹はというと、見始めて10分も経たないうちに眠ってしまったようだ。

何しに来たんだと美月は不満を抱いたが、その上を行く感動を味わったので、穹には何も言わなかった。



 そのまま住宅街を歩いて行った三人は、ある2階建ての家の前で立ち止まった。

茶色い屋根に、煉瓦を模したベージュの壁。ここが他の家と違うのは、『洋食レストラン・ミーティア』と彫られた木の看板がかかっているところにある。


 美月と穹の両親が二人で切り盛りしている店。

 お昼時はいつも満席になり、長い付き合いの常連や熱心なファンも多い。

 いつもは客で賑わっているのだが、今この時ばかりは、さすがに静まりかえっていた。


 ガラスと木枠の格子状のドアには「Clause」と書かれた木の札が下がっており、レースのカーテンがかかっている。

 そのドアからは入らず、裏手に回って玄関の鍵を開け、中に入った。

廊下は真っ暗だったが、リビングからは光が漏れていた。


 ただいまとそこに入ると、ソファに座っていた父の弦幸つるゆきが「お帰り」と笑顔を浮かべた。

洗い物をしていた母の浩美ひろみも、次いでキッチンから顔を覗かせ、「あら、お帰りなさい」と言った。


 明日の仕込みなど、店の用事があるため行けなかった両親が、流星群がどうだったか尋ねてきた。その瞬間待ってましたと、美月は目を輝かせた。


「もう凄かった! 14年生きてきた中で一番感動したかも! どんどん星が流れて息を吐く間もなくて、瞬きするのも惜しくてっ!」


 顔から蒸気が出そうなくらい真っ赤にしながら、両手をぶんぶん振りつつ感想を捲し立てる。

 美月の言葉は早口でなんの脈絡もなく聞き取りづらいものだったが、両親は「良かったね」と目を細めたのだった。


「ほら美月。話すのはいいけど、先にお風呂に入っちゃいなさいよ」


 だが母に苦笑しながらそう促されてしまい、美月は不満に口を尖らせた。

 美月は「え~……」と言いながらも、大人しく風呂場に向かった。確かに興奮して汗もかいたし、汚れや埃を落としたかった。


 風呂の最中、両親に今日見た流星群の話をどう話すか、浴室内であれこれと考えた。

 が、風呂から上がった美月に、無情にも急速な眠気が襲ってきた。

 数秒でも目を閉じていたらうっかり寝てしまいそうな、どうあがいても勝てそうに無い眠気だった。


 流星群の話は明日にせざるを得ないことを両親に詫び、美月はおやすみとふらふらの足取りで自室に向かった。


 すぐにでもベッドに倒れ込みたかったところだが、ベッドの傍にある窓を見た途端、ふと流星群はどうなっただろうかと気になった。


 今日ほどの流星群は、もうこの先いつ見られるかわからないのだ。

 ちゃんと見納め、しっかりと目と心に焼き付けておかねば。

 そう思った美月は、カーテンを開け、窓の向こうを覗いた。


 その行動の意味は、ただそれだけだった。

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