6/23 夏祭り
溺れた人間ははたから見たら滑稽だろうか。そうだろう、もがいても脱することのできない泥のなかでは、滑稽さなんて省みる暇はない。だから僕もあの人も、終わりにすることを取り決めたわけだ。
「どんなに美しい花にも終焉があるように、わたしたちもまたそうなのよ」
交わした言葉の最後がかたくなに張りついて仕方ない。眉をひそめながら目を覚ませば、もう喧騒の最中だった。
車のドアを開けてすぐ、暮れのなかに大輪が咲いた。吊るされ並ぶくすんだ提灯に、油汚れのひどい屋台、対して行き交うのは艶やかな浴衣だった。
あたりは歓声の渦にのまれたが、僕もあの人も目を伏していた。咲いては照らし、黒い浴衣のあの人を染めた。僕はそうやって押し寄せる輝かしさが、いまやここにはないと知り、目を閉じた。足を止めてしまっては、どこにも行けたものではない。
もちろんひどい人混みに飲まれかけてしまったが、あの人は僕の手を引いて抱き寄せた。雨に濡れた花みたいな、悲しい温度の手。浴衣の袖口からほのかに甘い香水が香ってきた。照った肌、病んだ肌、そのどれもが香りを帯びていたのに、これからはもう。
「どうして目なんて閉じてるのかしら。盲目じゃあ最後の花火も見られないわ」
同じ高さから見つめるその瞳は笑っていた。大きい黒が、赤や青を映していた。眩しすぎたから、僕は手を振りほどいた。
「もうなにも見たくないよ。明日なんて来なきゃいい」
「お願いしなくたって明日は来るわ。そんなことを憂うより、虚しい明日をどう生きるか考えましょう? その方がよほど建設的」
そういうあの人の顔を照らす残光は去った。花火はそっと止み、川のざわめきが聞こえてきた。人混みは僕とあの人を避けて歩いていた。
「なにその顔。持ちかけたのはミナミさん、あなたじゃないか」
「答えはわたしとあなたのなかにしかないものよ。あなたにはわかるはず」
沈黙は次々に咲く花が埋めてくれた。ドン、ドン、と走馬灯みたいに夜空を染めている。そしていくつもの欠片になって、尾を引きながら散っていく。生まれてから何度と見ていないのに、いつもその欠片が憐れで仕方ない。目の奥の熱が滾っていた。
「ねえミナミさん、後悔してないの」
「そんなもの、はじめからしているわ。あなたは高校生、わたしは主婦。最上に最低なね。事実はそれだけでしょう。ロミオとジュリエットにでもなるっていうのなら、それでもいいかもね」
自然に揃う歩幅も、もはや僕のものではないと思うと、声が出なくなった。でも、これがナチュラル。この非日常的な喧騒がそうであるように、始まれば終わる。
次に紡ぐべき言葉は、探しても探しても不正解ばかりだった。純然たる回答を求められて生きてきたはずなのに、こんなときにどこまでも虚無だ。
最後は大輪だといつも決まっている。こんなときに限って、どんな鮮やかな彼女よりも儚く、苦しげで、美しかった。
「花火、綺麗だったわね」
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