第50話 楽しい時間もあと少し③
「やめなよそういうの」
私の頭でその言葉がずっと繰り返される。それは、唯達と私に向けて言った言葉。
自分でも正しいことをしているとは思っていない。
でも、集団で生きてくためなら必要なことだって思ってる。
今、花音はそれを捨てたのだ。
「なんなのあれ!」
唯が苛立ったように声をあげる。こんな風に起こっているところ見たことがない。
それほど、腹が立ったんだろう。
「花音意味わかんない」
峯岸もそれに続いた。
そんな中私は呆然としている。
私は、ここでどういう選択をとればいいのか。
また、ここで唯達に乗っかって、花音の悪口でも言えばいいのか。
祈凜さんに続いて花音までも、私は汚すのか。
もし、ここで私が言わなかったら? 私も唯達に悪く言われるのか。
ふざけるなって怒って、私に嫌がらせするように噂が立って。
「…嫌……」
「ん? ねぇ、麻百合もそう思うでしょ?」
唯の言葉。あぁ、またこれだ。
これに同意しないと、私はここにいれない。決してここが居心地がいい訳じゃないけど、この場所だから私がこうしていられるんだ。
言わなきゃ。
「訳わかんない」って。「なんであんな奴かばうんだろう」って。
言葉はいくらでも知ってる。仲が良かった人をけなす心構えも知ってる。
それが、集団で生活する知恵だから。
あぁ、またこれを使うんだって。いっつも思うけど、使わない訳にはいかないんだって納得する。
だから今も使うんだ。
「麻百合?」
ほら早くしないと、唯が訝しげな表情を見せてる。
私は花音の悪口を言うだけでいいのに。
「……違う」
ねぇ、言ってよ。
「え?」
「いや、あの……私、花音の様子見てくるね! 一応班一緒だし、せっかくの修学旅行だからこのままだと嫌だし!」
そんなことを言いたいんじゃない。
「やめなよそういうの」
でも、この言葉が頭で繰り返されるのだ。
「そっかぁ、麻百合やっさし! あんなやつと一緒なんて大変だね」
その峯岸の言葉にうんと頷けばいい。
まだ、間に合う。
でも、体は言うことを聞かない。
「じゃ、じゃあ行くね! また呼んで!」
私はそう言って、逃げるように部屋を出た。
いや、本当に逃げたのだ。
唯達に同意することから。花音のようにこの関係を捨てることから。
弱い。私は弱いなぁ。
自分の部屋の前に立つ。
でも、部屋に入るのは躊躇った。花音に合わせる顔がない。祈凜さんにもだ。私はここに入る資格はない。
まず、入ったらどうしよう。謝るか。許してくれるだろうか。
きっと、祈凜さんは許してくれるだろう。花音は…あぁ、怖い。私はなんで許して貰おうとしているんだろう。
私がやったのは許してもらえるようなものじゃないのに。
一瞬、ドアに手をかけるがすぐにそれを離した。
そして、ゆっくりと階段を使ってロビーに向かった。
今は一旦、落ち着いてみるに越したことはないだろう。
ロビーに着くと私は咄嗟に隠れることとなる。理由は私の学年の先生方がロビーに集まっているから。
何故か。まぁ見回りだろう。
生徒が外出しないようにするのは当たり前と言えば当たり前である。
「はぁ、戻りますか」
結局、下ってきた階段を登り始める。嫌に自分の気分は下がる一方だ。
自分の部屋には戻んないといけないだろう。怖いな。祈凜さんも花音も。
それは突然だった。
「え?」
私がただ、下を向いて階段を登っていると頭の方から声が聞こえた。
ふと、顔を上げるとそこには。
「花音?」
花音が立っていた。いや、先程の私と同じように階段を下っていた。
花音の表情は暗くて、覇気は伝わってこない。
それに、私も今は似たような表情だろう。
「なんで」
花音がそんな言葉を口にする。そのなんでは、いったいどんな意味を求めて言ったものなのか。分かりはしない。
でも、なんとなく伝わってきたような気もする。
「ごめん、花音。私が全部悪いの」
「……ふざけないで」
今度の言葉は辛辣だ。でも、それは当然。私は受け入れる準備はできている。
「麻百合は、好きな人のこと悪く言っても平気なの? 麻百合は唯達のためなら、祈凜さんのことどんな風にでも言えるの? それってさ、本当に麻百合は祈凜さんのこと好きなの?」
「……私は」
祈凜さんが好き。
でも、そんな言葉、口にする資格は私にはない。
私は集団にいることに固執して、人を落として、でも、その落とした人は好きですなんて。口に出来ない。しちゃいけない。
「麻百合は、許せたんだ。あいつらのこと……私は許せなかったよ。祈凜さんのこと。祈凜さんとは、ほんの少ししか生活できてないけど、私は許せなかった。私は、自分の嫌だと思うこと、言えなかった」
つくづく、私は弱い。
言葉がでない。
私は、花音の友達である資格もないだろう。
「…ごめん」
ただ、絞り出して出るのはこの言葉だけ。
「ごめんじゃないよ。私が聞きたい言葉はそんな言葉じゃない」
花音はうっすらと涙さえ浮かべている。でも、その花音に私は声をかけることすら出来ない。
ここでも、見捨てるのか。
「ねぇ、なんか言ってよ。私はそれじゃあ納得できない。ごめんじゃ納得できないよ」
「……花音は……私より何倍も強いんだよ」
私には出来ないことができる。沙夜や花音は強いんだ。確実に私よりも。抗えるんだ。
「ふざけないで!」
花音が声をあらげる。そして私は下を向く。その姿を直視出来ないから。
「ふざけてないっ……私は……」
弱い。
正しくないものを正しくないって言えない。自分が好きなものを好きって言えない。
それを言えるように努力しようとすることができない。
「なんで? なんで麻百合は! そうやって……」
「お前らなにやってるんだ?」
そこで唐突な乱入者が現れる。先ほどロビーにいた先生だ。あまりに悪いタイミング。
「もうすぐ、消灯時間だぞ」
この雰囲気とは合わないその言葉に私は黙りこむ。同時にいろんな事が起きすぎて頭が処理できない。
だが、花音は。
走り出した。
「…花音っ!」
でも、それは私には止められない。
「あ、おい」
先生もそれに気付いて声をかけるが、花音は無視して、そしてその姿は見えなくなった。
一瞬だけ見えた花音のその表情は、泣いているようだった。
◇
こんな時、沙夜なら何と言ってくれるだろうか。
私に優しい声をかけてくれるだろうか。それとも叱ってくれるだろうか。馬鹿にしたように笑うのだろうか。
あぁ、沙夜の声が聞きたい。
「ねぇ、沙夜。私はどうすればいい?」
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