第49話 楽しい時間もあと少し②
「あ、麻百合たちも来たじゃん!」
就寝前の自由時間。私と花音は、唯のいる部屋に来ていた。当然その場には、美月もいて、あともう一人は見たことのない人物だ。
唯の新しい友達だろう。
「やっほー」
その人物が随分とフレンドリーに挨拶をしてくる。ショートカットで、前髪を綺麗に切り揃えられており、見た目から活発さを伺える。
「どうも」
私はそう返事をし、部屋に踏みこんだ。
ここの部屋も私達の部屋と同じで、畳が敷き詰められた和室となっている。
流石、京都と言ったところだ。
私に続いて、部屋に入ってきた花音はどこか浮かない表情。多分、この前の合コンのことでも気にしているのだろう。
だからといって、私は花音に何か声をかけるようなことはしない。この空間で花音がハブられるようになれば、私もハブらないといけない。
ここはそういう場所だ。
「二人は始めてだよね? 私、
「あ、私は……」
相手の自己紹介に対し、私も続こうとするが、その相手に遮られる。
「唯から聞いたから知ってるよ! 麻百合と花音でしょ?」
呼び捨てね。やめろよ。
つい、イラッとしてしまう。やはり、こういう空間は私には合ってないのだろう。
とりあえず、ヘラヘラと笑って頷いておく。
「よろしく」
花音も一言添えたみたいだ。
「いや、にしても新鮮だね! ついこの前まで麻百合と花音とは一緒のクラスにいたから、久しぶりだって思っちゃうもん」
美月が大きめな声で嬉しそうに言う。私自身、祈凜さんの一件があってから美月とはまともに会話してないから、本当に久しぶりな感じ。
それは美月も同じなのだろう。花音と私に向かって言ってきた言葉なのに、どうしてか、美月は私を直視していったのだった。
「そうだね、麻百合どう? クラスの雰囲気とか」
「うん、なんか静かな感じで寂しいかな」
唯から質問に、こう答えておく。実際のところ、そんなに静かな訳でもない。ただ、こうやって言っておけば、私は前のクラスの方が良かった、唯がクラスにいた方が。そういう風に聞こえるだろう。
もちろん、微塵もそんな事思っていないが、唯のようなタイプの機嫌の取り方くらいは心得ている。
そんな事よりも気になるのは、この峯岸という人物だった。
私が唯とは一線を画しているとするならば、まず間違いなく、こいつはあちら側だ。
「いや、にしてもみんな美人でいいなぁ」
こうやってお調子者風を装っているが、こういうタイプは私が一番嫌いなタイプだ。今すぐにでも、自分の部屋に帰りたい。
それに、峯岸自身の顔はそこそこ整っているので、そう言っている自分も美人とかそういう風に思っているのだろう。
反吐が出る。
「そんな事ないって」
まず、一番に照れるように言う美月は相変わらずだ。
それをみんながクスクスと笑う。もちろん、私も。
端からみれば、ただの楽しそうな女子の集まり。その実、私の内心は荒ぶっていた。
それは、祈凜さんがあんな表情を表に出したから。
私が謝った直後、虚ろで少し涙腺が膨らんだ顔。私はその顔が完璧に脳内に存在していふ。
あんな表情をさせてしまったのは私で、なんて声をかければいいのかわからなかった。
それに、私にはここに来ないという選択肢もあったわけだ。なのに、こっちに来た。好きな人よりも、エゴを優先したのだ。
「……だよね! そう!」
「うん、流石唯!」
そんな、賑やかな風景。こんな中でも私の頭の中は祈凜さんのことで一杯だった。
「ねぇ、そう言えば麻百合達の班って他に誰いるの?」
唐突な唯からの問いかけ。
まさか、聞かれるとは思っていなかった。嫌な汗が吹き出るのがわかる。
一瞬、花音に目配せするが、花音の表情も硬い。
ここは、中途半端な嘘でもつく他ないだろう。
「えーと、矢内っていう人なんだけど、知らないよね」
とっさに出てきた名前が、あの喫茶店の店長の名前だった。悪いとは思いつつも名前を少しの間だけ拝借する。
「へぇ、知らないかも。仲良いの?」
今度は花音に向かって唯が聞く。根掘り葉掘り聞かれると流石にボロがでるので、花音が上手く話題を展開してくれることを祈る。
「まぁ一応ね。でも人見知りだから、ホントはここ来るの誘ったんだけど、断られちゃった」
「そうなんだ~」
なんだろう。唯の返しに腹が立つ。自分から聞いといた癖に、花音の言葉には興味なさげな感じだ。上手く話題が切れたのはいいが、ああいう態度はないのでないか。
思えば、先ほどから花音に対してどこか冷たく当たっている感じがする。美月は特に気にしていないようだが、唯と峯岸が特にだ。
やはり、この前の合コンが効いているのだろうか。確かめる術はないが、そう思うと、本当に腹が立ってくる。
当然、花音本人も気付いているのだろう。表情はどこか浮かない感じ。
私が言えた義理ではないが、友達に対してこんな態度はもっての他である。だが、元から決めていたようにそれには触れない。触れるのは良くないと思考がいっている。
「にしても、麻百合達のクラスにはレズがいるから怖いよね」
「え? 誰それ」
唯が唐突にそう言い出した。峯岸がすぐに反応する。美月は身体をビクりとさせ、花音も似たような反応。
そして、私は自分でもわかるくらい、真顔だ。
「え? 日向知らない? 幌萌ってこ。去年の秋頃に佐伯先輩に告白したって」
「あぁ、あれね! 知ってる知ってる! ホントに気持ち悪いよね。そんなやつと一緒のクラスかぁ、麻百合は運ないね」
その二人の物言いに待ったをかけそうになる。
つい、爆発してしいそう。でも、ここは我慢である。
「うん、そうだね。ホント最悪だよ」
心とは正反対の言葉。
美月や花音が少し驚いたように私の表情を伺う。こちらも必死に心に押さえ込んでいるので、ぎこちないが笑顔である。
「いや、どうする? もし、そんなやつに告白されたら…うわぁ、想像しちゃった。キモ」
峯岸の発言。明らかに悪意が込められている。
それはどうしても許せない言葉だ。でも、なんとか理性が止めてくれる。
「ホント、なんで女同士なんて考えるんだろうね」
唯も峯岸に続く。
これ以上、この話は続けたくない。
「ねぇ麻百合もさ、そう思うよね?」
誰がそんなこと思うか。
ふざけるな。
「っ!」
「どうしたの?」
そこで、またもや理性が私の感情を相殺しようと働き始める。あぁ、このままガツンと言えたらどんなに楽か。
「なんでもない」
今は、花音や美月の様子を確認する余裕なんてない、
「無理だよ、あんなやつ」
そんな言葉を思いっきり歯を食いしばって出した。
結局、また耐えないといけないんだ。こんな苦痛から。また、逃げるんだ好きな人から。
そんな風に思った時だった。
ガタン。
急に花音が立ち上がっていい放つ。
「やめなよそういうの」
それは私に向かって言ったのか、それとも唯や峯岸に言ったのかは分からない。けど、分かることもあった。それは、花音が私を思いっきり睨んだこと。
そして、私の言葉を花音が取っていったこと。
「帰る」
そうして、花音は部屋を出ていった。
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