第48話 楽しい時間もあと少し①
「うわぁ、すごい!」
「なんていうか、写真とかで見たまんまだよね……すごいなぁ」
祈凜さんの言葉に重ねるように言う花音。
今、私達はかの有名な京都の金閣寺に来ていた。修学旅行の自主研修である。
実を言うと、班員が決まっていなかった私達は、今現在行き当たりばったりで名所をめぐっていた。
グーグルマップ様々である。
でも、こういう修学旅行というのも案外悪くはない。
中学以前までは、どこにどれだけの時間とか、一々細かい指示を出されていた。
当然、窮屈な感じもするし、班員同士が揉めれば面倒くさいことになる。
その点、このメンバーならそれらの心配はない。
というのも、この三人は正直な所、京都に興味がないのである。別に回りたい所があるわけじゃないし、名所ならテレビやネットでいくらでも綺麗に見れるだろう。それに、観光客が多いし、良いことはない。
でも、こうして回ってみると、案外楽しめる。
このメンバーが楽しいのか、名所独特の雰囲気というのが楽しいのか分からないが、とにかく思っているよりも楽しめている自分がいた。
「じゃあ、次はどこに行く?」
「うーん、特に行きたい場所ないんだよね」
私の問いに、花音はすぐに反応する。
まぁ、行きたい場所はないが、流石に移動しないというのは駄目だろう。
「祈凜さんはどこか……あれ? 祈凜さんどこ?」
私が行きたい場所を聞こうとすると、祈凜さんの姿が見えなくなっていた。
辺りを見回すが周辺には姿はないようだ。
「えーと、迷子?」
花音がそう呟く。少し不安になってきた。祈凜さんは目立ちはしないが、美人である。変な男に引っ掛けられてないか、観光地で人が多いだけそういう不安にかられる。
しかし、それも刹那のものだった。
「麻百合さーん! 花音さーん! これ凄くないですか?」
どこからか、祈凜さんの声が聞こえてくる。
私は首を捻って辺りを見渡すが、あるのは古風な建物と、観光客ばかり。
「麻百合、あそこ」
すると、花音が私の袖を引っ張ってそう言ってきた。
花音の促した方向をみると、祈凜さんが大量の人混みの中でこちらがわに手をふっていた。
なんで、そんなとこにいるのだろうと思いつつ、駆け足で近寄る。
「祈凜さん、何してるの?」
「これこれ」
私が問うと、祈凜さんはここら辺の建造物に比べてこじんまりとした建物の近くにおいてあったのぼりを指さした。
「…なにこれ?」
「金額ソフトだって! なんか凄いよねこれ」
祈凜さんは随分と興奮している様子。そんなに美味しそうだろうか。正直、全く興味は出てこない。
でも、楽しそうな祈凜さんをみると少しだけ興味がわいた。
「へぇ、金箔のっけてるんだ。美味しいのかなこれ……」
花音も興味を持ったのだろう。確かに、金箔ってどんな味するんだろう。
食べてみようかな。
「祈凜さん食べるんでしょ?」
「もちろん」
「花音は?」
花音に聞くと、首を横にふった。
「いや、私は遠慮するよ。値段も値段だし」
そう言われて、値段を見てみる。
1000円。
確かに、ソフトクリームにしては高いだろう。でも、金箔だからなぁ。
「おけ。じゃあ買ってくるね」
金閣ソフトを食べ終えると、そろそろ移動するべき時間になった。まだ、金閣寺以外の場所に行っていないため、このままここにいては担任になんと小言を言われるか分かったものではない。
「じゃあ、どこいく?」
「私は付いてくだけだし。どこでも」
やはり花音は京都に興味がないようで、そこまで自分の主張をしてこない。もしかしたら、祈凜さんに遠慮していたりするのだろうか。
いや、それはないか。
先ほどから、祈凜さんと花音の関係は良好に見える。もし、雰囲気が悪くなるようなら、なるべく間に入らないといけないと思っていたが、その心配もないようだ。
「祈凜さんは? 行きたい場所ある?」
「うーん、ないかも。どこも人で一杯だろうし 」
確かにどこも観光客で溢れていて、うざったいことこの上ない。しかし、こうも行く場所がないとなると、やはり花音のことを先に祈凜さんに言っておいて、行く場所を決めておいた方が良かったかもしれない。
「麻百合は? どこかないの?」
ないです。
いや、あったら行きたい場所なんて聞いてないと思うのだが。でも、私が決めないとこのままだらだらとここに居るだけだろう。
こんなところで頭を使うとは思わなかった。少しだけ、考えた後。
「名所巡りでもしよっか」
結局、何も頭に浮かばなかったのでそう提案したのだった。
◇
「ふぅ、楽しかった」
祈凜さんがそう呟いた。
研修が終わり、私達はホテルの自分の部屋に入っていた。
「まぁ観光名所ってとこも案外悪くはなかったね」
「うん」
私の言葉に満面の笑顔で祈凜さんは答えたのだった。それについ、見とれてしまう。
「ねぇ、この後予定なんだけど…どうしたの?」
すると、そこにトイレに行っていた花音が戻ってきた。
少し、気まずい。
花音は私の祈凜さんへの気持ちを知っているから、今日を含め修学旅行の間に何か気遣われたりとかそういうのはされたくない。
「いや、な、何でもないよ」
「そう……えーと、この後の予定ってわかる?」
花音は何かを悟ったような顔で、話を切り替えた。
少し、やってしまったかもしれない。あまり、そういうことを意識しない修学旅行にしたかったのに。
「えーと、確か夕食をホテルで食べた後、入浴兼自由時間かな?」
「そうか。じゃあ、私一回ご飯食べ終わった後に唯達のところに行くから」
そうか。いくら、私達のことを理解してくれていても、花音自身が唯と関係が切れた訳ではない。
当然、呼ばれるだろう。
それに、私も誘われていた。
「じゃ、じゃあ麻百合さんも行くよね?」
その事に祈凜さんも気付いたのだろう。
そこで何故か祈凜さんは寂しそうな顔をしていた。
花音は間に入る気がないのか、畳の床に座り込む。
「……」
私が祈凜さんに答えないまま、黙っていると、雰囲気が段々重くなっていく。
どうしよう。
本音で言えば、私はこの部屋で祈凜さんと過ごしたい。
でも、唯達の誘いを断る勇気なんて私にはないのだ。
「…ごめん」
それは何の謝罪か。
私の言葉を聞いた祈凜さんの瞳に少し光るものが見えたような気がした。
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