第47話 修学旅行へ
「明日からいないの?」
「そう、沙夜はお留守番だよ」
放課後のベンチ。祈凜さんは家に帰り、今は私と沙夜だけの時間。たまに、こうして二人きりでいると一年前を思い出す。
「そんなこと、言わなくても分かってる」
「そうですか、沙夜さんはなんでもお分かりのようで」
膨れっ面の沙夜は、少し顔を赤くしている。
少し意地悪しちゃったかな。
「ごめんって。そんなことで怒んないでよ」
「別に怒ってないし。それよりも、メンバーは決まったの?」
「あぁ。うん、一応ね」
そう、一応だ。
本来ならはっきり言えるような人を誘えば良かったのだが、こうして一応というからには一つ理由があった。
それは、私ともう一人のメンバー以外、つまり、祈凜さんはもう一人のメンバーのことを知らないのだ。
それにも理由があって、そのもう一人のメンバーが。
「祈凜をいじめてたやつ? なんで、そんなのと一緒に行くの?」
そう、それは花音だった。
「それにまだ祈凜に言ってないって明日だよ?」
今日の沙夜は至極真っ当な意見を言ってくる。でも、花音を私が誘ったのはあることを確めるためだった。
「…祈凜さんの気持ちを確かめたいの」
「……麻百合知ってたの?」
その様子から、沙夜は祈凜さんの気持ちに気づいているのだろう。しかしながら、それが分かってもまだ自分では祈凜さん本人から聞くまでは信じられない。
例え、祈凜さんが嫌がると分かっていても、私はこうするしかなかった。
それに、私は実は花音に対して私自身のことを話した。
「その相手が祈凜をいじめてたようなやつなのに、なんで麻百合はそんなことを話すの? 麻百合は集団にいたいんでしょ? 意味がわかんない」
本当にそれはただしいと思うからなおさら胸に刺さる。
でも、花音は私が信用できると思ったから話した。祈凜さんのことを私が好きなことも、祈凜さんの気持ちを確めたいことも。
花音は受け入れてくれたのだ。
これは、賭けだった。でも、私の話を聞いた花音が言った言葉は。
『友達なんだから当たり前でしょ』
それしか、返って来なかった。
あまりにハッキリしない理由にもちろん私は首を傾げたが、でもなんとなく、嬉しいと思った。
「私はその人のこと信用してるから。大丈夫」
「祈凜の気持ちは?」
言い返せない。
「……ごめん」
「謝る相手は私じゃない。祈凜に謝んなさい」
こういう時、沙夜は年上なんだと改めて意識する。このまま一緒にいたら、私は依存してしまう。そんな気がする。
「…祈凜さんに謝る」
「そうしなさい」
少しだけ今日やらなきゃいけないことが増えた。祈凜さんに謝ること。
沙夜の言葉は私の心に染みて、謝らないと、とてもこの効力は切れそうにない。
「ねぇ、麻百合。もし、祈凜の気持ちに気づいたらどうするの?」
「わかんない。気づいたから、どうなるというものでもないし」
「そう……じゃあ、今回は私は大人しく引き下がる」
そう言いつつも、沙夜は悲しい顔だ。
何故だか、それを見るとこちらまで悲しくなってきた。やめて欲しい。
沙夜には笑顔でなくとも、せめてそんな顔はしないで欲しい。
「どうなるかは、まだわかんないけど沙夜には報告するから」
「…待ってる」
少し雰囲気が暗くなってしまった。
何かいい話題でも出せないだろうか。と考えても大概そのいい話題というのは頭には浮かばない。
そうなると自然と流れるのは沈黙。
「……」
それは、流石に耐え難い。
「ねぇ、麻百合。帰ってきたらさ、三人で旅行いこ」
沙夜も私と同じ事を考えていたのか。何か思い付いたように言ってきた。集団生活が身に付いている私は何も話題が思い付かないのに、一人でいることの多い沙夜にこうして話題をふられると少し悔しい。
もちろんそんなことは言わない。
「前言ってたね」
「そう。私、二人がいない間に考えとく」
「じゃあ、お願い。楽しみにしてる」
こうして、修学旅行前、最後の日常を終えた。
◇
「「ごめんなさい」」
修学旅行当日の朝。担任教師の指示に従って各班に別れた私達は、回りから見ると少し異様な光景だろう。
そんな異様な光景は、私と花音が祈凜さんに向かって頭を下げていることから生まれている。
私は花音が一緒の班になることを隠していたこと、花音は今まで祈凜さんにしてきたこと。
当然、祈凜さんは困った表情だ。
いや、そりゃあ私だって困る。急に謝られても、驚きが最初にくるのは当たり前だ。
でも、そこからの祈凜さんの切り替えが早かった。
「えーと、これから折角の旅行だし、前までのことは忘れて楽しもう?」
あまりにも、大人な対応。こういう風に言えることに、感心してしまう。
「……祈凜さん、ありがとう!」
「…幌萌さん、えーと、よろしく?」
花音はどこかぎこちなさそうだ。まさかこんなにすんなりと許して貰えるとは思っていなかったのだろう。
「よろしくね」
祈凜さんはそう言って、笑顔で答えた。その顔を見た花音は目を丸くする。私もだが、この表情を見た人はまず間違いなく、度肝を抜かれるだろう。
私は何度も見ているが、初めて見る花音はなおさら。
「でも、メンバー決まってて良かった。昨日まで心配で心配で」
「いや、ごめん」
本当に申し訳ない。
違う意図があったとはいえ、言うに言い出せなかった。
「私のことがあって、麻百合も言い出せなかったんだと思う。私からもごめん」
「い、いいよもう。そういうのしんみりしちゃうし。これから、4日間謝るの禁止ね」
また、あの笑顔。
それを見ると自然とこちらも笑顔になる。私は花音と顔を見合わせてから、クスクスと笑いはじめた。
「楽しもうね」
「うん」
私達はそう言って、新幹線に乗り込んだ。
この旅は、私の何かが変わるそんな期待でもなく、でも何か確信めいたものが私の心にはあった。
◇
沙夜『』
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