第41話 花音の恋路②

 まず、この場にいて真っ先に思うのは、来なければ良かったということ。

 

 私は、合コンという名ばかりの、馬鹿騒ぎするだけの集まりに聞いていた。

 主催者は唯。

 参加してるのは、私と花音と美月、それに加え、どこの高校かもよく分からない男子が四人だ。


 この会の雰囲気は、静かな空気感が好きな私にとってみれば、ただの地獄でしかない。

「麻百合楽しんでる?」

 なんて、唯に言われたなら発狂してしまいそうなほど。

 

 しかし、それは決して私だけに限った話ではない。

 騒ぎ合う人の端のほうで、ただ大人しく座っている人物が一人。それは、花音だった。


 私はというと、なんとかテンションあがってますよ風を装いつつ、周りに合わせる。

 もちろん疲れるが、それよりもこの雰囲気であぶれるくらいなら全然ましだ。


 実際、端にいる花音は、明らかに浮いていて、周りはそれを無視していた。

 あまりにもそれが当たり前のような感じで、見ていて怖くもある。本来の自分の立ち位置はあそこだとわかっているから。


 私がそんな風に花音を心配していると、突然、肩を捕まれる。

 一瞬、声をあげそうになったが、それが今回の参加者の男子のうちの一人だと気付き、やめた。


「ねぇねぇ、麻百合ちゃんはさ付き合ってる人とかいるの?」

「えー、今はいないよぉ」


 名前を呼ぶな、気持ち悪い。

 そんな気持ちを抑えつつ、肩にのった手をさりげなく払う。雰囲気に合わせて口調も変えつつだ。


「え、まじ! 麻百合ちゃん超美人じゃん! もったいないなぁ、俺だったらマジでほっとかないし!」


「やめてよぉ、そんなこと言うの! 別に私美人なんかじゃないし」


 それを言おうが相手には無駄だとわかっているが、言わないわけにもいくまい。

 ホント、とことん苦痛でしかない。


 正直なところ今すぐ帰りたいが、ここで帰れば私の立場も危うくなるわけだし、そしてなによりも、ここに来た目的も果たせない。


 目的は花音が良い出会いをすること。でも、肝心の花音が、あんな風に大人しいならそれは不可能に等しいだろう。


「私よりも、あっちの方に座ってる子の方が可愛いよ」


 それとなく、花音に意識を促そうとする。


 でも、男は「えー」と言って、小声で私に言ってきた。

「だって、ノリ悪いじゃんあの子。俺、ああいうお高くとまったやつ嫌いなんだよね」


 どっちが、お高くとまってるんだよ。


「そ、そうだね。やっぱあの子無理だよね。ははは」

 腹立つことこの上ない。

 なんでこんなやせ我慢してまで、知らないやつのご機嫌をとらないとダメなのか。

 

 やめたいのなら、やめればいいだろう。でも、やめるわけにはいかなかった。


「それにさぁ、俺、麻百合ちゃんほこと好きになっちゃうかもだし」

「やめてよぉ」

 

 こうやって、また嫌なものを嫌と言わないまま流される。いい加減飽き飽きする。


 花音を見ると、どこかつまらなそうな表情。そりゃそうだろう。どんな誰だってあんな状況楽しいと思えるわけない。


 今回ここに来たのは、間違いだった。私は確かにそう思った。

 




「じゃあ、解散ということで」

 結局、花音はなにも起きずに、合コンが終わる。


 これじゃあ、ただの骨折り損も良いとこだろう。

 また、明日にでも花音とは話し合おうと思い、私は帰路につこうとした。

 その時。


「ねぇ、麻百合ちゃん送ってくよ」


 先ほど、私にしつこく話しかけてきていた男が、そう言ってきた。

 いらない。

 そうきっぱりと言えたら良かっただろうか。


 実際は、唯も他の人もいるなかでそんなことは言えなかった。

「え、本当! 嬉しい」


 私がそう答えると、周りがまた騒ぎだす。

 何かあるとでも勘違いしているのだろうか。男子は男子で「頑張れよ」なんて言い合ってるし。


 気持ち悪い。反吐が出る。


 そうして、私達は帰路についた。



 私はしばらく歩いている間、馬鹿馬鹿しい話題で話しかけてくる男を軽くあしらう。ここで、適当に扱うというのも、今更な話な感じがするだろう。


 もし、私が付き合ったら、こんな感じの窮屈さをいつも感じるようになるのだろうか。

 それは、嫌だ。


 一方的な問いに、適当に、なるべく相手が返しづらい言葉を返しては、また違う質問と、ずっと生産性のない無駄な会話を続ける。


 でもそれも、もう少しだけの辛抱だ。

 

 

 私達二人は駅に着いた。

 そう、駅だ。

 私が住んでいるのはこの駅の周辺で、別に電車にのってどこかに行くわけではない。


 私の目的は別にあった。


「じゃあ、私電車だから、送ってくれるのここまででいいよ」

 そう、自分の家なんかにはこんなやつ連れていきたくない。

 私はこの男から解放されて一人になるためにここに来たのだった。


「へぇ、麻百合ちゃん。電車なんだ~」


 これで、やっと落ち着ける。


 そう思ってしまった自分が恨めしい。


「じゃあ、俺も麻百合ちゃんのとこまで電車のって送ってくよ」

 予想外である。

 

「いや、それは悪いし」

「いいのいいの、俺がそうしたいんだし」


 そして、あまりにもしつこい。


「ねぇ、麻百合ちゃん、何か問題ある?」


「……」

 イライラする。虫の居所が悪い。


「ねぇ、麻百合ちゃん?」


 色々と鬱憤が溜まっていたのかもしれない。

 沙夜のこともあり、花音のこともあり。

 そして、何より今日のことがあり。


「……るさい」


「え?」



「黙れクソ野郎って言っての。聞こえないかな?」


 私はキレた。

 それはもう、嫌なことが降り積もって、火山が噴火してしまったかのように。


「ど、どうしたの麻百合ちゃん?」


「いちいちうるさい。名前呼び、気持ち悪いからやめてよ。誰もお前に興味ないし、勘違しないで」


 ホント、胸糞悪い。

 紛いなりにも友達の花音のことを悪く言われたのだって、この最悪の気分の一因かもしれない。


「だ、騙したの」


 心外である。騙したもなにも、お前が勝手に勘違いしてただけだろう。こっちには全く非がない。

 

 そして私は、顔を真っ赤にして怒っているのか、困惑しているのか分からないような顔をする男に向かって、止めとばかりに言った。


「さっさと帰ってくれるかな。気持ち悪い」


 はぁ、すっきりする。


 やってしまった感は少し否めないが、まだこんな思いをし続けるよりは何倍もましだった。


 そうして、私が目線を男から話した瞬間。


「おい、まてよ」

 その男の声が聞こえた。

 何か明らかに先程とは様子が違う。


「女だからって、透かした顔してんじゃねえぞ」

 さすがにここは公衆の面前。相手もおかしいことはしないとは思っていた。しかし、様子から察するにあまり良くはないかもしれない。


 私はスマホを取り出した。


「おい、無視すんなよ」


 あぁ、本当にめんどくさい。


 さっさと、警察に電話しよう。そうしようとした時、私はあることに気づいた。


 もし、これが警察に連絡でもして、問題になったら、私がこうして猫を被っていたことがバレてしまうのではないか。

 スマホを握る手が汗ばむ。


 バレてしまう。それは、この状況よりももっと深刻なことだと私は思う。

 

 かけられない。


 私は行き詰まることとなった。


「んだよ、さっきまでの勢いはどうしたよ? ヒビってるのか?」


 駅の周りにいる人は、トラブルに巻き込まれたくない一心か、見てみぬふりをしているようだ。


 これだから、世の中は信じられない。

 どうにかするにしたって、一人じゃ何も出来ないだろう。

 つくづく、今日はなんで合コンなんかに行ったんだろうか。


 後悔しかない。


 そう思った時だった。



「ねぇ、人の彼女になにしてんの?」

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