第40話 花音の恋路①

「で、花音って好きな人なんていたの?」


 放課後の化学室。

 私と花音は二人きりで話をしていた。


 今まで、花音のそういった恋愛がらみの話など聞いたことがなかったため、少々驚いていた。

 唯なんかは、よく付き合っただの別れただのを繰り返していたりする反面、私と美月と花音は一切そんな話が出ないのだ。

 まぁ、この前は美月の恋愛はあった訳だが。


 その花音が恋愛と聞いて、驚かないことはないに決まっていた。でも、花音の言葉でさらに私は困惑することとなる。


「別に、好きな人なんていないよ」

「……どういうこと?」


 意味がわからない。花音はまた何か考えているのだろうか。

 

「ただ…その……恋愛? みたいのに憧れただけ」

「……」


 理解し難かった。

 私なりに花音の言いたいことを噛み砕く。

 要は、好きな人なんていなくて、今まで恋愛という恋愛もしたことなくて、でも少し興味のあった恋人という関係を持ってみたい。

 そんな感じだろうか。


 とんだ茶番だと思う。

 そんな無駄なことに付き合わせられるくらいなら、ベンチで三人で過ごしていたい。

 でも、取引は取引な訳で、ここで嫌とは言えないだろう。


 それに、無駄なことだと頭で割りきっていても、心の奥の方では、何故花音がそんな心理状態になったのか興味があった。


 私自身、今は沙夜の言った、 覚悟を決めることについて悩んでいる。私のことは相談するわけにはいかないが、もしかしたら、これで悩んでいた答えが出るかもしれない。そんな気がした。


 そうと決まれば、とりあえず花音の恋愛観について知っておくべきだろう。

「じゃあさ、花音。私が今から質問することに答えて」

「…割りと前向きにやってくれるんだね、いや、なんでもない。もちろん、私のことなんだから何でも答えるよ」


 まぁ、やるからには真面目にやりたい。そんな時も私にはある。


「じゃあ、まず好きなタイプは?」

「……特にないかも」

「今まで、好きになった人は?」

「一人だけ」


 ふむ。好きな人はいたことがあるわけだ。

「どんな人だったの?」

「…えーと、小さい頃に良く面倒を見てくれた近所のお兄さんで、詳しいことはあんまり覚えてないけど…優しかった」


 頬を赤らめて言う花音。

 幼い頃のそういう記憶は恥ずかしいものもあるんだろう。それに、初恋が近所のお兄さんだと。可愛い一面もあるみたいだ。


 でも、それはあくまで小さい頃の話で、現在もそうというわけではない。


 花音くらい顔も良ければ、それこそ優しくしてくる男子なんか腐るほどいるはずだ。でも、それで花音に好きな人が出来ないということは、優しいだけがポイントな訳ではないだろう。


 少し考えていると、花音が唐突に聞いてきた。

「麻百合は? タイプとかあるの?」

 

 正直に答えるべきだろうか。まぁ、答えたところで私の好きな人がバレる訳ではないので、大丈夫か。


「声の綺麗な人で、私を肯定してくれる人、かな」

「なんか、麻百合にしては単純だね」

 私は花音にどう思われてるんだろうか。急に気になってきた。


 しかし、そう言われると私って案外単純な女なのかもしれない。歌手としての椎名咲桜に憧れて、その本人である祈凜さんを好きになっている。

 

 あくまで、私の周りが複雑なだけで、私の恋心は本当に単純なのだ。そう思うとなんだか、無性に祈凜さんに会いたいような気がしてきた。


「じゃあ、好きな人は?」


 ドキリとする。祈凜さんのことを考えていたからだ。

 さすがにそれを言うことは出来るわけがない。私と祈凜さんのことがバレてしまったことが霞むくらい、この話はバレてはいけないものだ。


「…いないよ」


 冷や汗をかきつつそう答えると、花音は眉を寄せて怪訝そうな顔をした。

「顔色悪いけど、大丈夫?」


 心配してくれるのは嬉しいが、原因が花音なだけに嫌味にしか聞こえない。

 さすがに耐えられそうにないので、もうこれ以上危険な話をするのは止めておこう。

「わ、私の話はどうでもいいの。今は花音のことでしょ?」


 あくまでも、今は花音の恋愛相談にのっているのだ。私の恋バナなどではない。

「あ、そうだね。ごめん」

 花音も自分からこの相談をしてきたからか、私の話に深入りしようとはしなかった。


 これで少し安心する。


「じゃあ、話戻すけど」

 といっても、タイプが分からないし、好きな人もいないのだ。恋愛もなにもないだろう。


「気になる人でも、いないの?」

「……いないかな」


 申し訳ないけど、と花音。

 ある意味でこの恋愛相談は詰んでいた。それはそうだろう。恋愛感情をもってる相手もいないのだ。

 ということは、今の花音が恋愛をするためにはあることが必要になってくる訳だ。


「花音は出会いかないんだね」

「…出会い」


 そう、出会いだ。

 私であれば、祈凜さんと出会ったのは沙夜に歌を歌おうとしたこと。さらに遡れば、少し心が病んでいた頃に、祈凜さんの歌を聞いて勇気付けられたことだ。


 沙夜であれば、私がベンチに行ったことだ。


 祈凜さんであれば……。

 あれ、祈凜さんって沙夜とどう知り合ったんだろう。前にかっこよかったから好きになったとは聞いたが、どこで出会ったのかは知らない。


 どうせ沙夜のことだから、祈凜さんとの出会いなんて覚えていないだろうが、祈凜さんはさすがに覚えているはずである。


 少し気になったので今度聞いて見ようと思った。

 

 まぁとにかく、人が恋愛をするためには、ある程度、運命的ではなくても、出会いが必要な訳だ。

 花音はそれに今まで縁がなかったのだろう。


 確かに、花音は会ったときからどこか人を寄せ付けないような感じがした。だから、私は他の二人に比べ、少しだけ花音が嫌いにはなりきれないような気がしていたのだ。


 かといって、出会いを求めようとするなら、それはマイナス以外の何物でもない。


 しかし、それを直せというのもきっと難しい話で、私としては正直どうすればいいかは分からなかった。


 私はふと、疑問に思ったことを口にする。

「なんで、急に恋愛に興味なんて持ったの?」


 実際、今までは興味がなかったのだろう。だから、好きな人なんて出来ていないわけだ。


 すると、花音からは予想外の返事が返ってきた。


「えーと、この前さ、美月が好きな人できたって言ってたから…なんかそれで、恋愛してみたいなって」


 美月が原因か。

 仲が悪いとまでは言わないが、美月と花音はそんなに相性が言い訳ではないだろう。なのに、影響されるのだから少し面白い。


 だからといって、好きな人が出来て、恋愛に発展するかはまた別の話だ。

 結局、手詰まりなのは変わらない訳で、私と花音は頭を抱えた。


「……出会いがあるような場所なんてあるかな」

「思い付かないかも」


 二人とも、そんなに遊んでいるわけでもないわけで、良い出会いをとなると少し難しい問題だ。



 ブーブー



 すると、突然スマホの音が鳴った。しかも、私と花音両方のだ。


 誰からだろうと画面を見ると、どうやら唯が、花音と私と美月のいる四人のグループにメッセージを送ったみたいだった。


 そして、メッセージを見て私は驚くことになる。

「えーと、合コン?」

 つい、口に出してしまうが、驚いていたのだから仕方ない。


 それよりも、内容が合コンの誘いだということの方が問題だ。

 花音だって驚いた顔をしている。


 合コンと言えば、嫌な雰囲気があるような気もするが、出会いを求める場としては良いかもしれないと思う。

 それにしても、あまりにもドンピシャなタイミングだ。


 当然、行かないことも出来るが、今回は花音が行くなら、私も行こうと決める。


「どうする?」


 そして、私が尋ねると花音はすぐに。


「行く」


 と答えたのだった。



 内心、唯には感謝の念を抱きそうになったが、私が提案出来ないものをとっていかれた気がして、素直になることは出来なかった。

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