第38話 沙夜の声

「で、なんでここ?」

「まぁ、気分?」


 私は今、街のど真ん中のある場所に来ていた。沙夜に連れられて。

 いやまぁ、こういうとこも嫌いではないのだが、私には引っかかることがあった。

「……デートにカラオケってないんじゃない?」


 そう。私達はカラオケ店の前にいた。

 私が苦言を呈しても、沙夜は相変わらずの涼しい顔だ。こういう感じを見ると本当に私のことが好きなのだろうかと疑問に思ってしまう。


「いや、まぁ今日はデートじゃないしね。遊びにきただけ」

「……なんじゃそりゃ」

 好きな人と二人きりで出かけるってデートじゃないのか。いや、デートでしょ。少なくとも私が祈凜さんと出かけた時はデートだと思っていた。


 沙夜は澄まし顔で「行こ」と言ってから、店内に入っていく。私も首をかしげながらそれに続いた。


 カウンターで受付をし、部屋に通される。部屋の番号は13番となんとも微妙な数字で、印象に残りにくい。


「ここ最近、カラオケとか行った?」

 沙夜が何の意図があってか、そんな質問をしてくる。

 私はカラオケのソファに腰を下ろしながら、首を横にふった。


「最近は全く。一年くらい前に、唯達と行ったきり」


 考えてみると、唯達とはしばらく遊んでない。決して、一緒に遊びたいとかいうわけではない、むしろ遊びたくないのだが、放課後もベンチに行くためにずっと遊ぶのを断り続けているので、どう思われてるかな、と思ってしまうのだ。


 まぁ、祈凜さんのことが花音にバレた手前、もう、詰んでいることに代わりはないんだけど。


「じゃあ、歌いますか」

「麻百合からいいよ」

 そう言われたので、早速曲を選ばせてもらう。まぁ、選ばずとも私が歌うものなんてだいたい決まっていた。


 目当ての曲が見つかったので、早速入れようとする。すると、沙夜が何故か止めてきた。


「どうしたの?」

「折角だし、採点しようよ」

「えー、私、歌下手だよ」


 実際、歌える曲だって多くないし。

「いいから、やるの」

 多分、これは言っても聞かないやつだと、すぐに分かった。

 やっぱ沙夜は子どもみたいだなぁ。


 採点機能を入れてから、先ほど選んだ曲を入れる。

 マイクを持つと何故だか少し緊張した。


「がんばれ」


 沙夜が随分楽しそうな笑顔で言ってきた。

 あ、笑顔久しぶりに見たかも。


 ちょっとどうでも良くて、でもそれを見れて少し安心した。

 曲のイントロが流れ始める。それは椎名咲桜の曲だ。つまり、祈凜さんの曲である。

 私が歌える曲と言えばこれだけだ。




「お疲れ様。普通に上手いじゃん」

「どこがよ」

「だってこの椎名咲桜の曲って、音程の高低差が結構あるじゃない。それを地声で歌えるんだから十分凄いよ」


 まさか本人が知り合いだなんて思わないのだろう。ファンである私にとってはオリジナルが一番上手くて、オリジナル以外はみんな上手いとは思わないのだ。

 それに、採点の点数だって88点と、90点にも満たない。決して上手いとは言い難かった。


「はいはい。いいから沙夜、次歌いなよ」 

 私がそういうと少し真剣な表情で、曲を選び始める。

 

 沙夜って、歌上手いのかな。歌ってるとこなんて見たことない。でも、どうせ沙夜のことだから苦手ということはないはずだ。


 そう思ってる間にも、沙夜はマイクを握って立ち上がった。

 そして、すぐに曲が流れ始める。

「へぇ」

 沙夜にしては普通の選曲だ。たしか、最近売れ始めた男性歌手のデビュー曲だったような気がする。街中で、よく耳にする曲だ。


 沙夜は案外そういうのに詳しいんだろうか。私のもつ沙夜のイメージとしては、90年代の曲をつらっとした顔で歌う感じだ。


 そんなことを考えていると、もうすぐイントロが終わり、Aメロに差し掛かる頃だった。


「~♪」


「……え、うま」



 


「ふー、楽しかった。麻百合ありがとうね」

「……私は楽しくなかった」


 そう。思った以上に楽しくなかった。というのも、原因は沙夜が入れてと言った採点機能のせいだった。


 沙夜が一曲目を歌い終わると、私は沙夜の歌の上手さに感動すらして、褒めあげた。実際、採点も沙夜の上手さを物語っていて一曲目は96点と、テレビでやっているカラオケバトルさながらの点数であった。


 次に私もせめて90点にはいきたいななんて思いながら歌ったが、結果は撃沈。でも、沙夜はその後もずっと高得点をマークし続けていた。


 別に私はカラオケが苦手なのは分かっていたことであるが、こう上手い人と二人でいって、事実を突きつけられると萎えてくるものがある。

 単なるできる人に対する嫉妬だが、ちょっと自分の下手さにがっかりしていたのだった。


 これなら、もし祈凜さんと行くことになっても、恥をかくだけかも。と若干、ありもしない想像をしてネガティブにもなる。


「折角、麻百合の気分転換になると思って誘ったのに」

 私の表情をみて、沙夜がふくれ面で怒っているようだ。こんな顔していても美人は美人なので、あざとく見えてもおかしくはないのだが、そう見えないあたり、素なのだろう。

 沙夜は良くも悪くも、本心に忠実なのだ。


「……ごめん。てか、私のため?」

「そ。麻百合のため、昨日随分と落ち込んでたように見えたから」


 そうだったのか。そんな素振り見せた覚えはないが、沙夜からしたらそうだったのだろう。

 昨日は花音のこともあり、それこそ落ち込んでいたのかもしれない。


 こうして、私のことを気遣ってくれたというのは純粋に嬉しかった。

「そっか、ありがとう沙夜」

 そう微笑みかける。


 沙夜は何故か私をじっくりみて、顔をしかめた。

 私の何か顔についているのだろうか。ペタペタとさわるが、あるのは目と鼻と口と耳くらいだ。

 なんだか、おかしい。そう思った時。


「麻百合、抱きついていい」


 ……。

 心配した私が馬鹿だったようだ。

「…駄目」

「えぇ! だって、麻百合がそんな笑顔向けてくるから悪いじゃん」


 何を言ってるんだか。そんな風にも思うが、ただ沙夜はやっぱり私のことが好きなんだと、嬉しくもあった。


「ほら、沙夜いこ」

「…どこに?」

「うーん、ベンチ? その公園のとこにちょっと座んない?」


 カラオケ店の目の前にある公園。遊具が沢山あるわけでも、沢山の木が生い茂っているわけでもない。ただ何脚かのベンチがあるだけの質素な場だ。


 そんな、公園の中で私達は一番年季の入ってそうなベンチに座る。


「喉ガラガラ」

 嘘をつくなと言いたくなるくらい綺麗な声でいう沙夜。やっぱり、何かカラオケに自身があって私を誘ったのではないだろうか。と、疑いたくなる。


「今度は祈凜さんも誘お」

 私も祈凜さんだけを誘って遊園地になんか遊びに行った手前、強く言えることでもないが、やはり三人でこういうことをするのもまた楽しいだろう。


「そう…だね」


 なんだか、沙夜は歯切れが悪い感じだ。

「祈凜さん、まだ苦手なの」

「ううん、そんなことはない」


 じゃあ、なにか他に嫌なことがあるのだろうか。といっても、沙夜に直接聞くわけにも行くまい。

 沙夜なら簡単に人の悪口なんかは簡単にいうだろうが、私としては好きな人の悪口なんて聞きたくないのだから。


「別に嫌いな訳じゃないし。たださ、麻百合いい加減覚悟しなって言いたくて」

「…何を?」

 その沙夜の発言は唐突だった。それまで緩やかだった空気が急に引き締められる感覚。


 一気に背中に冷や汗が出てくる。

「覚悟って?」


 私は、ちょっと嫌な感覚を殺して、それでも沙夜の言葉を待った。



 でも、それも無駄だった。いや、沙夜の言葉が思ったよりもストレートで、避けていたようなことをそのままぶつけられる。



「誰かの責任を取る覚悟だよ」


 つまり、私が誰かと付き合う覚悟を決めろ。そう沙夜は言った。

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