第35話 沙夜の気持ちも
いつもと同じ放課後。
しかし、今日の私はベンチには向かっていなかった。向かっているのは屋上に通じる階段である。
初めて、美月に相談されたあの場所に向かっているのだ。
「あ、祈凜さん」
「ま、麻百合…さん」
階段に向かって廊下を歩いていると、祈凜さんと会う。そう言えば、こうしてベンチ以外の場所に祈凜さんと会うのは初めてかもしれない。
私達は一緒に屋上への階段に向かって歩き出した。
「いよいよ…だね」
祈凜さんは真剣な表情だ。
実を言うと私達が会ったのは、全く偶然ではない。私と祈凜さんは同じ場所に、同じ時間に、同じ目的があるのだ。
「…昨日は寝れた?」
「全然。緊張して寝れなかったよ」
そう言う割には、元気そうである。
もしかしたら、私がいるということで少しでも心に余裕ができているのかもしれない。そうであったら嬉しい。
私達の目的は簡潔にいうと、美月をフることである。
この前、出掛けた時に祈凜さんに頼まれたことだ。
何故私なのか。そんな疑問などは持ってはいない。持つ必要もないのだ。そもそもこの問題の原因が私にあるので、例え頼まれてなくても自分から言っていたと思う。
場所を指定したのは私である。
祈凜さんは美月を呼び出す手段がないらしい。祈凜さんから聞くところによると、学校内の人でメッセージをしている相手は私と沙夜だけらしい。
なので、私が美月を呼び出した。呼び出したからと言っても今回のことを伝えた訳ではない。ただ「来て欲しい」と言っただけだ。
美月とは、確か私と祈凜さんと沙夜の三人で祈凜さんの家へ泊まる前に、祈凜さんのことについて相談をされて断ったっきり、二人での会話はまともにしていなかった。美月を交えて唯達とは会話をしていたが。
そのこともあってか、呼び出すために話しかけると美月は随分驚いた表情をしていた。
因みに何故屋上に通じる階段を選んだのかと言うと、なるべく人気のない場所を探していて、ベンチに誘う訳にもいかず、私が他に知っている中ではそこしかなかったからである。
しばらく歩いていくと、やっと屋上に通じる階段についた。ここを登れば指定した場所だ。
多分もう相手は来ている。
私は祈凜さんの様子を伺った。
表情に曇りはなく、それどころか顔が少し微笑んでいるようにも感じる。
緊張も何もないのだろう。
少し安心である。
「…ふぅ」
私だけが深呼吸をした。
そして、私達は階段を登り始めた。
◇
「泣いてた…ね」
「うん、泣いてた」
いつものベンチ。
私と沙夜と祈凜さんと。いつものメンバーである。
私と祈凜さんは、先ほど来たばかりだ。
遅れた理由はもちろん、美月と会ってきたからである。
遅れたことに関して何も言わない沙夜は、ずっとスマホをみていた。
そして、私達二人は来てからしばらく黙っていたのだが、私の言葉で話始めた。
「…良かったのかな、あれで」
「わかんない…。でも、仕方ないと思う」
あれとは、祈凜さんが断った時の美月の表情である。
「そう…だよね」
美月は断られて泣いていた。
私はそれを見て内心驚いていた。あれだけ相談を受けて必死な美月の姿を見ていたのに、所詮ちょっとした出来心だろうと心のどこかで思っていたのだ。
でも、そんなもの美月表情を見て直ぐに吹き飛んだ。それだけ、美月の涙が本気の涙だったのだ。
何も言えなかった。
「私が行った意味あった?」
これは終わった後に思ったことである。
祈凜さんは断った後、自分で美月に「もう、私のことを噂するのはやめて」とはっきり言った。そして、美月に了承してもらっていた。
正直、私の出る幕なんてなかった。
ただ横にいただけである。
それでも祈凜さんは、
「ううん、麻百合さんのおかげだから、来てくれて助かった」
そう言ってくれる。
けど納得はいかない。少し不満でもある。
私にも今までのことには非があるのに、何も出来ていない。
「…祈凜さん…」
祈凜さんは私は納得なんてしてもしなくても、それでいいと思ってくれているんだろう。
今回の問題は私の問題でもあるが、それ以前に祈凜さんの問題である。
私は無理矢理に、その不満を忘れようとした。
「そろそろ、電車だから」
「うん、じゃあね祈凜さん」
「今日はありがとう、麻百合さん」
祈凜さんはそう言い残して帰って行った。
「はぁ」
ため息がでる。
さっきのことだが、忘れようとしたって忘れられることの方が少ない。当然、忘れるなんて無理だ。
でも、ずっと考えているのは嫌なので、頭のすみにおいておく。
「どうしたの?」
つい、さっきまでスマホの画面を見ていた沙夜が、イヤホンを外して私に話しかけてきた。
祈凜さんが帰って直ぐである。
なんというか、二人っきりになるのを待っていたような感じだ。
「別に、どうもしない」
沙夜には嘘をついてばかりだ。
もしかしたら隠せていない可能性もある。けど、私の口からははっきり言いたくない。
祈凜さんと出掛けたこと、キスしたこと、祈凜さんが美月をフったこと。
沙夜は全て知らない。
「どうも……しない、よ」
沙夜はそれ以上聞いてはこない。
私が答えてくれることを望んでの「どうしたの?」だったのだろう。
沙夜には悪いことをしていると分かっている。
それでも何も言ってはこない。
……沙夜。
「ごめん」
私は小さく呟いた。
それに対して沙夜は何故だか楽しげに返してくる。
「別にいい、私の気持ちは一生変わらないから」
この時。
沙夜が本当に一生私の隣にいる。
そんな気がしてならなかった。
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