第32話 来ない理由

「何でだと思う?」

「…何が」

「………」


 憂鬱な気分で月曜を迎えた私は、いつものベンチに来ていた。

 いるのは私と沙夜だけだ。祈凜さんは先週、一度も来なかった。


「……心当たりは?」

 …ある。


 その心当たりは、あの夜のことだ。

 でも実際本人から聞いていないので何とも言えない。

 とにかく、本人に会って確かめてみたかった。


 一応、学校には来ているみたいだ。

 流石に学校を一週間も休んだら噂にもなるに決まってる。それに、一度登校の時に祈凜さんを見かけもした。その時は唯達がいたので話しかけることは出来なかった。


「その感じだとあるのね、心当たり」

「……まだ、何も言ってない」

 そうは言うが多分、あの夜のことが原因だろう。


「さっさと謝ってくれば?」

 そんな簡単な話ではないと思うのだが、あえてそれは言わない。

 ……謝まって、許してくれるだろうか。

 そもそもまだ、私が原因と決まった訳じゃない。いや、私か。


「……帰る」

「帰れ帰れ」

 私は、なんだかいたたまれなくてベンチから、立ち去った。



「…なんで、戻ってきたの?」

「別に。もしかしたら来るかと思って」

「そこは嘘でも私と二人でいたいって言って欲しかった」

 沙夜の隣に座る。

「残念、私は祈凜さんといたいの」


 祈凜さんがいないからだろうか、私は少し苛立っていた。

 沙夜の言動の節々がいらいらとする。


「……」

「……」

 ただ待ってるのも暇だから、睨みつけた。

 沙夜は飄々とした顔だ。


「何か?」

「別に」

 はぁとため息をついた。

 ここにいて考えることと言えば、三人の時のことばかりである。

 まだ三人での日常なんて全然薄っぺらいものだったが、私にとっては大切だった。


 沙夜が聞いてくる。

「…メッセージは?」

 した。

 もちろん返信はきていない。それどころか既読もない。嫌われたのだろうか私は。

 私は首を横にふった。


「どうしようか」

「…どうしようね」


 結局、今日も祈凜さんは来なかった。




 その日の夜。

私がぼぅっと自分の部屋で祈凜さんとのメッセージの履歴を見ていると、私が送っていたメッセージに急に既読がついた。


「……」

 もしかしたらこのまま待っていればメッセージが送られて来るかもしれないと待っていると、本当にメッセージがきた。


『明日、行くから』

 良かったと本気で思った。

 今、はっちゃけいたい気分である。


『待ってる』

 とだけ返信して、私はそれからすぐに寝る準備をした。祈凜さんが来ない日が続いて寝れなかったのもあるが、それ以上に早く明日になって欲しかった。





「久しぶり、祈凜さん」


「ひ、久しぶり、麻百合さん」


 翌日。

 ベンチで待っていたら祈凜さんがきた。

 正直、跳び跳ねて喜びたい。

 でも、その前にやらなければいけないことがある。

 私は頭を勢いよく下げた。


「「ごめんなさい」」


「……え?」

「な、なんで麻百合さんが謝るの?」

「いや、祈凜さんの方こそ…」


 私達は互いに謝りあっていた。

 どういうことだろうか。


「えーと、私はちょっと色々あって……麻百合さんは?」

「あ、うーんと…」

 もしかしたらこれは私、関係ないのかもしれない。

 多分、キスをしたのはバレていないのだ。


「私達が何かしちゃったのかなって…」

 ちょっとした嘘をついた。

 軽く沙夜も巻き込んだ嘘だが、ベンチに一人で座っている沙夜を見ると「貸しね」とでも言うように私を見つめていた。


「そ、そんなことないよ! 今回のは私が悪いんだから…」

 祈凜さんの語尾が弱々しい。

 何があったんだろうか。


「とりあえず、座ったら?」

 私達が立ったまま話しているのに呆れたのか、単純に好意からか、沙夜がそう言ってきた。


 私と祈凜さんはそれに頷いて、ベンチにいつもの順番で座った。懐かしい。


 そして一息つくと、私は祈凜さんに何があったのかを尋ねた。

「祈凜さん、何があったの?」

「う、うん。実はね、先週の月曜日に告白されたの」

 祈凜さんは神妙な面持ちでいった。

「…は?」


 つい素っ頓狂な声を出してしまった。

 しかし、無理ないだろう。

 沙夜だって少し驚いた顔をしている。


「ま、麻百合さんごめんね」

「い、いや、それは別に全然大丈夫なんだけど……相手は?」

 私に謝られたって仕方がない。それに祈凜さんが好きなのは沙夜だ。大丈夫である。


「相手は…その……中嶋さん」

「…えーと、中嶋って……美月?」

 やっぱり私のせいかもしれない。

 まさかの予想していなかったことである。

「そ、そう。中嶋美月さん…麻百合さんの友達の…」

 もはや、あれを友達とは呼びたくなくなってきた。


 祈凜さんは相変わらずの暗い顔だ。

「中嶋さんの告白をもし断るって考えたら、また私の変な噂とかたっちゃうと思って、相談しないで一人で悩んでたんだけど……二人に頼ろうと…」

 その言ってくれるのは嬉しかった。


「……返事は?」

「…まだ」


 人の気持ちを理解する。あのアドバイスは美月に対してそう思っての発言のつもりだった。でも、美月に対してはそうだったかもしれないが、祈凜さんに対してはそうじゃなかった。

 私は告白される祈凜さんの気持ちを考えれてなかったのだ。


「どうしたらいいのかな、麻百合さん」

 その言葉が私の胸に刺さる。

 完全に私のせいだった。


 何を言ってあげればいいのか、私はわからない。

 それでも私としては、何とかしてあげなきゃいけないのだ。責任を取らないと。


「……」

 しかし、私は何も言えなかった。


「祈凜は付き合いたいの? ソイツと」

 沙夜がそう言った。

「いいえ、付き合いたくは…ないです」

 そりゃそうだろう、祈凜さんは沙夜のことが好きなのだ。


「じゃあ、断れば?」

 私は無言で沙夜の頭に手刀を振り落とした。

 コイツは話を聞いていたのだろうか。

「…何すんの?」

「こっちのセリフ」

 少しは変わったと思ったが、やはりこの変人には人の気持ちなんてわかんないのだろう。



「ふふっ」

 暗い表情をしていた祈凜さんが急に笑いだした。


「ど、どうしたの?」

 沙夜も驚いた表情である。

「いや、最初から相談しておけば良かったなって思って」


 祈凜さんはあの笑顔である。

 尚更、私は責任をとらないとと思うのだった。




 その日の夜、私は祈凜さんにあるメッセージを送っておく。


『日曜日、どこかに遊びに行かない?二人で』


 それは、デートの誘いであった。

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