第31話 再びお泊まり④

「何かゲームでもしようか」

 祈凜さんが急に言い出した。


 あの喫茶店から祈凜さんのアパートに戻ってきて、もう一時間は経とうとしていた。時刻は21時を過ぎた頃である。

 お風呂を借りて、私と沙夜は入らせてもらい、ついさっき祈凜さんがあがってきて、やっと三人でゆっくりできる時間となった訳だ。


 沙夜が祈凜さんに聞く。

「ゲーム、ね。と言っても何があるの?」

「あ、人生ゲームとか、トランプとか、UNOもありますよ」

 祈凜さんが言ってきたゲームはどれも大人数で行うものばかりである。

 流石に三人でやる気にはならなかった。


「もうちょっと少人数でやるゲームにしようよ」

 私が提案すると、二人は悩み始めた。


 そう簡単な遊びと言ってもすぐには思い付かないものである。私も考えようとしたが、全く思い浮かばない。

 流石に煮詰まって、スマホで『暇潰し 少人数』と検索してみた。

 色んな人が「これをやったらいい」とか「あれなら絶対楽しい」といった記事を書いている。

 ネットって便利だなぁと思いつつ見ていくと、楽しそうなのを見つけた。


「心理テストなんてどう?」

「「…心理テスト?」」

 沙夜と祈凜さんの声が重なった。


「そ、心理テスト。と言っても流石にみんなそんなの知らないだろうから、ネットでどんな心理テストがあるかを調べて順番に問題を出していくの」


 我ながら名案だと思う。

 今の時代、心理テストなんて調べたらいくらでも検索結果が出てくる。

 まだ何となくお互いを理解できていない私達にピッタリなゲームである。


「おけ、じゃあそれやろう」

 沙夜が賛成した。それに続いて祈凜さんも目を輝かせて「やりましょう!」と言った。



「よし、じゃあ誰から出す?」

「私が最初行くよー」

 私が言い出しっぺである。なので私が名乗りをあげた。


 スマホで「心理テスト」と検索する。

 最初からハードなものにするのは少し避けたいので、軽くソフトなものを探していく。


「あ、いいの発見」

 そして、二人に向けて問題を出す。


「四択ね。あなたが見た綺麗な風景はどんな風景? 1、満天の星空。2、草原に広がる花畑。3、夜明けに登ってくる真っ赤な朝日。4、雨上がりに架かる虹。さぁ、どれ?」


 二人は考えるまでもなく同時に言った。


「「花畑」」


 吹き出してしまった。

「麻百合?」

「ど、どうしたの? 麻百合さん」

「いや…ふふっ、あのね今の疲労度を確かめるやつだったんだけど、花畑選んだ人は一番疲労がたまってる人なんだって」


 二人は何故か少し落ち込んだような表情だ。


 まさか、二人揃って一番疲労が溜まってるという花畑を選ぶとは思わないだろう。

 それにしても、二人はそんなに疲労なんか溜まっていないような気もする。まぁ所詮、心理テストなんて曖昧なものなのだろう。


「次、誰やる?」

「……じゃあ、私が」

 私が尋ねると少し間があいてから、祈凜さんがやることになった。


 祈凜さんはスマホと睨めっこして数分後、面白い問題でも見つけたのか、楽しそうに話し始めた。


「じゃあ、問題だしますよー!」

「うん」

「あなたの好きな人の条件を3つ答えて下さい」

 結構ありがちな心理テストである。でも今の私達からすると少し身構えてしまう問いでもある。

 心の中で思っても黙って祈凜さんの話を聞く。


「じゃあ、三つ出してみてください」

 以外と奥が深そうな問いである。

 ちょっと真面目に考え出す私。

 沙夜はもう考えが纏まっているのか、すぐに答えた。



「顔、麻百合……性格かな?」


「……」

「……」



 私は思った以上に早く考えが纏まったので答える。決して気まずくなったから急いで考えた訳ではない。



「…わ、私は、顔と性格、あと……祈凜さんが…」


「……。」

「……。」


 私は特に何も言っていない。本当だ。


「え、えーとじゃあ、その挙げた三つの中にもう一つだけ加えるとしたら?」

 何故か祈凜さんが顔を真っ赤に染めてたどたどしくいった。まるで、照れているようである。

 少し申し訳ないと思った。


 因みに好きな人の条件にもう一つ加えるならと言うことだが、私は既に考えついていた。というのも、さっき私が口走ったことは、沙夜が言った発言に気をとられてのことで、本来のもう一つの解答があるからだった。

 沙夜は今回は先程と同じようにはいかないようで、随分と悩んでいるようだ。

 なので私が先行して言う。


「加えるとしたら、声かな」

 そう言った瞬間、祈凜さんがさっきまで以上に顔を真っ赤に染めた。

そして、ぼぅっと一点を見つめていた。


 私は別に真面目に答えたのだが、こういう感じになられると、こちらまで照れてしまう。


 すると、ちょうど良いタイミングで、沙夜が考えついたみたいだった。

「私は、髪」


 ……。

 心臓に悪い。


 もしかしたらまた爆弾でも落とすんじゃないかと思って身構えていたのだが、地味に真面目な解答だったので、ギャップというかそういうものも合わさり、少しだけドキッとしてしまった。

 頬がちょっぴり熱い気がする。


「……。」

「……。」


 私と祈凜さんが黙り込んでいると、どうしたの? とでも言わんばかりに、じろじろと沙夜が視線を送ってきた。



「や、やめようか、心理テスト」

「そ、そうだね」

 私もたどたどしく祈凜さんに言うと、またたどたどしく返してきた。

 二人共、沙夜には了承を求める気はなかった。



 心理テストなんかで、人の深層心理なんてものを知ろうとしない方が良いこともあると、学んだ。

 最初に問題発言をした沙夜はというと、問題を問題とも思っていないのかケロっとした表情であった。




「そろそろ、寝ましょう」

 祈凜さんの掛け声で、私達は寝る準備を始めた。

歯磨き、洗顔、トイレ……。

 そして、リビングに布団を三人分広げ、いつものベンチの並びで、私が二人に挟まれた状態で寝転がった。


「布団…最高」

 沙夜が隣でぶつぶつとなにかを言い始めたのを無視した。

 もしかしたら、さっきの心理テストの疲労度は合っていたのかもしれない。


「何か、お話しましょう~」

 祈凜さんが言い出す。

 その気持ちもわからなくはない。こういう状況では何か話したくなるのが普通だ。

「いっ」

 普通じゃない沙夜さんは「えー」と声をあげようとしたが、そんなことを言えば祈凜さんが落ち込んでしまうかもしれないので、布団の間から足で沙夜の脛を蹴って止めた。

 正直、自分も痛かった。


「いいよー、何話す?」

 何もなかったことを装い、祈凜さんに尋ねる。


「……」


 特に話したいこともないようだ。

 まぁ、こういう場合は普通恋ばなとかをするものなのだが、今の私達にとっては禁句のようなものである。


「話すこと…ないね」

「うん」

「寝ようか」

「…うん」

 脛を抱えて悶絶する沙夜を横目に私達は寝息をたて始めた。



「…寝れない」


 これで二回目である。最初に止まった時と今回。

 しかし、今回寝れない理由はよくわからなかった。

 違うことと言えば沙夜がいることくらいだが、沙夜は何かの邪魔をするとかそういうことを一切しないですやすやと寝ている。しかも、さっきの脛のやつだって特に何も言ってこない。


 沙夜の顔を見ていてもただ沙夜が喜ぶだけなので、沙夜の反対側にいる祈凜さんを見る。

 祈凜さんもぐっすりと眠っていた。


 可愛い寝顔だ。

 悪いとは思いながらも目を逸らせない。


 ドキドキしてしきた。

 横に思い人がいるのを意識してしまう。

:理性が崩壊してしまいそうな気分だ。


 今は二人っきりではなく、沙夜もいるというのが分かっているのでなんとか耐えているが、いなかったらと考えるとゾッとする。


 というか下手をしたら、この前の二人っきりの時より緊張している。

 もしかしたら、前回は例の件のこととかが頭の大半を占めていたので、何ともなかったのかもしれない。


「……」


 例の件と言えば、キスである。

 キス…。


 自然と祈凜さんの唇に目がいってしまう。

 今ならきっとしてもバレないだろう。


「…」


 音をたてないようにゆっくりと体を起こして、祈凜さんに近づく。


 間近でみる祈凜さんの顔は何と綺麗なことか。

 顔を近づける。


 本当に寝ているだろうか。バレないんだろうか。もしバレたら。

 そんな想像を心の中で「大丈夫だ」と言い聞かせる。


 もうすぐそこである。


 そして、唇を重ねた。


 凄く顔が熱い。

 身体中全てが熱い。


 どのくらいそのままでいただろうか。


「んっ」

 祈凜さんが声をあげた。


 私は慌てて口を離し、すぐに自分の布団に戻る。

 幸いにも祈凜さんは起きてはいないみたいだった。


「…なにしてるんだろ」

 私は布団にくるまった。



 もちろん、寝れる訳なんてなかった。





「泊まった日、何かあった?」


 週明け。月曜日の放課後。

 私と沙夜は二人でベンチにいた。祈凜さんはまだ来ていない。

「別に、何もなかった」


 嘘である。しかし、キスしたなんて言えない。

「本当?」

「……本当」

 それっきり、黙ってしまった。


 まだかな、祈凜さん。

 もしかしたら、連絡がくるかもしれないとスマホを握りしめる。




 しかし、祈凜さんは結局来ることはなかった。



 そして、その週。祈凜がベンチに来ることはなかった。

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