第30話 再びお泊まり③
「お待たせしました」
店長さんができたての料理とシードルの入ったビアグラスをトレイに置いて、持って来てくれた。
「ありがとうございます」
一応、お礼を言っておく。
私の目の前に置かれたスパゲッティを見るとお腹がぐぅっとなった。
「…いただきます」
祈凜さんが隣で呟く。
私も続いていただきますを言ったが、沙夜は言わなかった。
このいただきますのくだりおかげで、三人でお昼を食べた時を思い出した。
沙夜はいただきますを言わないと言っていた。私は人がいると言ってしまう。祈凜さんは普段から言っている。
今回も例に漏れずその通りである。
一口分をフォークに巻き付けて、口に入れる。
喫茶店の料理だとは思えないほど美味しかった。
右横を見てみると、祈凜さんも美味しそうに目を細めていた。
すると、その様子を見て満足そうな店長さんが、何を思ったのかカウンターから出て、沙夜の隣に座った。
そして何やら沙夜と小声で話始めた。
気になって一度食べるのをやめて聞き耳をたててみるが、喋っているのがわかる程度で、何を言っているのかまではわからない。
このまま、聞いていても仕方がないので、私はまた食べ始めた。
横目で沙夜の顔を伺う。さっきのように気まずそうではないようだ。
心なしか笑っている感じもする。
因みに、祈凜さんはというと、料理に夢中になっていて気付いていないのか。ただ黙々と食べ続けている。祈凜さん自身も料理をするためか、美味しいものには敏感なのかもしれない。
私が食べ終わると同時に店長さんの話も終わったようで、店長さんはカウンターに戻った。
何を話していたのか沙夜に聞こうと思ったのだが、流石に店長さんが目の前にいるのに聞けるわけがなく、断念する。
沙夜は話していたのでまだ食べきってないようである。祈凜さんもまだだ。
私は食べる手を止めてぼーっと正面の店長さんの動きを見ていた。
店長さんは私達の方向に体を向けているのだが、視線は下だ。見えにくいが、スマホでもいじっているのだろう。
2分おきくらいに何かを飲んでいるようだ。沙夜が言っていたとおり、お酒なのかもしれない。
お酒を飲んでも顔にはでないタイプの人なんだろう。私の父親や母親は顔が赤くなったりはしないが、よく目を充血させていたりする。
しばらくすると祈凜さんが食べ終わった。
「祈凜さん、美味しかった?」
「うん!」
頬にミートソースをつけて笑顔で言う。
なんというか、あざとい可愛さだ。
ポケットからティッシュを取り出して顔を拭いてあげる。
少し顔を赤くして、恥ずかしがっているようだ。
拭き終わると、店長さんが私達を見ていたのか、私に向かって手を伸ばしている。
多分、ゴミを処分するよと言っているのだろう。
頭を下げて、ゴミを渡した。
「…麻百合さん、ありがと」
「どういたしまして」
祈凜さんが遅れて、お礼を言ってきた。
「ねね、麻百合さんっていっつもハンカチとティッシュを持ち歩いてるの?」
祈凜さんはただ無言の空間が耐えられなくて、話すことはなんでも良かったのかもしれないが、そんなことを聞いてきた。
確かに私は外に出かけるときなんかはハンカチとティッシュを持っている。多分、小校の時からの癖だった。
小学校でハンカチとティッシュを毎朝点検するという、今思うと謎の習慣があり、それが未だに抜けていないのだ。
「まぁ、癖でね」
そう、答えておいた。
沙夜も食べ終わったようで、フォークを置いた。
「どうだった?」
「ん? 美味しかったよ」
その言葉に反応してか、一瞬ピクリとした店長さんを私は見逃さない。でも、特に何も言わなかった。
「じゃあ、そろそろ出ようか」
一息したところで、私が二人に声をかける。
二人は頷いて、席をたった。
私も遅れて席をたち、会計してもらう。
会計は私が最後だった。
二人は先にドアを開けて、外で待っているからと言ってきた。
店内には私と店長さんだけである。
お金を払った後、少し気になったことを聞いてみた。
「あの、お名前伺ってもいいですか?」
ずっと『店長さん』と心の中で言ってきたけど、今後もこの喫茶店に来るようなら、店長さんの名前を聞いておきたいなと思っていたのだ。
「あー、良いですよ。私は
綺麗な名前だなぁと思った。
そして、胸でその名前を繰り返す。
矢内綾絵。
私は店の固い扉を今度は最初から力を入れて開けた。
「また、お越しください」
カラカラとドアベルの音がなる。
入った時とはまた別の音のような気がした。不思議な感じがする。
「ありがとうございました。綾絵さん」
私は店を出た。
◇
私の元に、クリームスパゲッティが置かれる。
実に美味しそうなスパゲッティである。
私はいただきますなんかは言わずにスパゲッティを食べ始めた。
出来立てだからか、結構熱い。
食べ始めてすぐに、隣に喫茶店の女性が座ってきた。
きっちりと、中に酒の入ったグラスを持ってだ。
私に何か話があるのだろう。
私自身、麻百合に拒絶されたあの時、この店に来た私に、慰めというか質問を投げ掛けてくれたこの女性のことが結構気に入っていた。
「仲直りはできたんだね」
女性が小声で言ってくる。
隣で食べている麻百合に聞こえないくらいの声量だ。
私はその言葉に対して、特に返事をするわけでもなく、少し笑顔になった。
「ふーん、そっか。それは良かった」
そう呟いて、お酒を煽る。
「あの、端の子はライバル?」
女性が一番右端に座っている祈凜をみて聞いてくる。
ライバルと問われれば、そうではないような気もする。この場合はなんて言うんだろうか。
私は女性に対して今日、初めて声を出した。
「まぁ、ライバルって感じではないですけど、似た何かです」
なるべく、麻百合に聞こえないようにだ。
後で何を話していたのか聞かれるのは分かっていたが、何となく直接聞かせる気はない。
女性は私の曖昧な解答に「あぁ」といって何か気づいたようである。
「あれでしょ? 三角関係ってやつ。君とあの子とあの子で」
ズバリ合っている。
私は頷くと、女性は目をキラキラとさせた。
「いいねぇ、高校生は良い出会いがあって」
私が思うに、普通の高校生はこんなにこじれた関係にはならない。
実際、まだ私は麻百合と祈凜の秘密については知らないし、私が麻百合を好きになった理由についても麻百合は知らない。
クラスというか、他の生徒に隠している秘密も多い。ベンチのことも、私達の関係もそうだ。
だから、女性が憧れるように良い出会いがあったのは確かだが、それに付属する様々な厄介が多すぎるのだ。
「確かに出会いは良いかもですけど、そんなにこの生活は良いもんじゃないですよ」
少し大きめな声で言ってしまったと思い、麻百合を見るが、もう私と女性の会話を聞く気はないのだろう。夢中になってスパゲッティを食べていた。
「いやいや、それも含めて良いもんじゃない」
女性はそんなことを言ってくる。
私はそうは思えないが、大人になればそう思えるのかな。
「そうですか…」
私は少し冷めてきたスパゲッティを一口食べた。
「君、自分が変わってるって思う?」
「思わないです」
即答した。
よく他人には変わってると言われるが、私自身は別に変わっていないと思ってる。
こちらからしてみれば、変わってると言っている方が変わってるのだ。
「うん、やっぱ変わってる」
「変人はそっちですよ」
もし、私が世間様から見て変人と言われるのであれば、私に楽しそうに話しかけてきているこの人も充分な変人である。
「ありゃ、酷くない?」
「いえ、全く」
「怒ってるの?」
「スパゲッティを温かいうちに食べたいので」
ちょっと会話が噛み合ってないような気がするが、私は今客としてこの喫茶店に来ているのだ。酔っ払い相手に雑談をしに来たのではない。
ちょっと多めのスパゲッティを口に頬張る。
「あら、それじゃ仕方ないかな?」
女性は「はははっ」と笑ってカウンターに戻っていった。
何気に横に女性がいると、楽しかったのだが、残念である。
麻百合を見るともうスパゲッティを食べ終わっている。
普段は人のペースをみても、急いだりはしないのだが、少し急いでスパゲッティを食べる。
スパゲッティはもう完全に冷めきっていた。
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