第29話 再びお泊まり②

「いらっしゃーい」

 私と沙夜は、祈凜さんのアパートに来ていた。

 このあとの予定は荷物を置いて、それからあの喫茶店にいく。


 今回で私は三回目の祈凜さんの部屋になるのだが、前回の二回目とは異なるものがあった。

 明らかに部屋の中で浮いている変なぬいぐるみ。たこキングである。

 沙夜と私のあの件があったときに、私と祈凜さんが行ったゲームコーナーでとったぬいぐるみだった。


 それを見て沙夜が少し顔をひきつらせる。

 まぁ、はたから見れば本当に変なぬいぐるみである。

 でも沙夜は、なるべく気にしないようにしたのか何も言わず、祈凜さんに言われた場所に荷物を置いていた。

 わたしも沙夜の荷物の隣に自分のものをおく。


「今からすぐいく? それともご飯とか食べてからいく?」

 祈凜さんが聞いてくる。

 私としてはどっちでもいいのだが、沙夜は違うみたいだ。


「今から行こ。あと、喫茶店なら、少し食べ物とかも置いてあると思うから、食べさせてもらわない?」


 最もな意見だ。

 私もそれに賛成する。

 祈凜さんは自分で料理を作りたかったのか少し渋った顔をしたが、沙夜の意見ということもあり、特に何も言わず了承した。


 三人で祈凜さんのアパートを出る。

 なんだか、高校生三人だけというのもあって悪いことをしているような気分になった。


「冷えるね」

「確かに」

 もう夜である。

 1月の夜はそりゃあ、冷えるだろう。

 私と沙夜の意見を聞いて祈凜さんが言ってくる。


「あ、一旦部屋に戻って、マフラーとか取ってきましょうか?」

「いや、祈凜さん大丈夫だよ」

「そ、気にしない気にしない」 

 私と沙夜は断った。

 祈凜さんはなんだかいつも気を使い過ぎている気がする。

 私としてはもっとリラックスしてもらいたい。沙夜もきっと同じだろう。

 しかし、直接そうは言わない。きっと、恥ずかしがっているのだろう。


 ジグザグとした道を歩く。

 前回来たときは夕方でまだ日があったからそこまで思わなかったが、夜だと一層人の気配がなくて、幽霊でも出そうな感じだ。

 私は幽霊などは信じていないが、こういうところにはあまり一人では来たいとは思えない。

 ここを夜に一人で来たと言っていた沙夜は、やはり変わっているなと思った。


 灯りが見えてくる。

 相変わらずのレトロっぷりだ。


「なんか、あれだよね。ここの建物、スタジオジビエの映画に出てきそうじゃない?」

「あ、わかる」

 私の言葉に祈凜さんが賛同してくれる。

 すると、沙夜は何か面白かったかくりすと笑った。

「沙夜?」

「ん? あぁ、ごめん別に馬鹿にしたわけじゃないよ。私も最初来たとき思ったなって」

 そういうことか。


「本当にどうしてこんな建物持ってるのかねあの人は」

 沙夜がぼそっと言った。

 それは祈凜さんにも私にも聞こえた。そして確かにと頷いた。

 あの女性がなんでこの家を持っているのか、みんな気になるだろう。


 そして、店のすぐ前までやってきた。

 ドアの横には看板が立て掛けられていて、ちゃんと『営業中』とかかれているようだ。


 私が代表して、ドアを開けようと力を入れる。

「あっ」

 そうだった。

 ここのドアは異常に固いのだ。


 私のその様子を見て、祈凜さんは不思議そうな顔をしているのだが、沙夜は「ぷっ」と吹き出していた。

 多分自分もそんな経験があるのだろう。

 なら私の気持ちをわかってくれてもいいはずだが、笑うなんて酷いと思った。


 今度はかなりの力を込めてドアを開ける。

 ドアベルが前回とは違う音でカランカランと鳴る。

 変えたのかな。


 店内に入ると相変わらず誰もいなかった。

 奥から、あの店長さんが出てくる。


「いらっしゃい。あれ?」

 私達の組み合わせに驚いているようだ。

 私が沙夜をチラッとみると、なんだか気まずそうな顔をしていた。



 私達は三人並んでカウンター席に座る。

 左から沙夜、私、祈凜さんの順だ。ベンチでもこの順番であるので、自然とそう座ってしまうのだ。


「はい、メニュー」

「ありがとうございます」

 店長さんが私達三人にそれぞれメニューを渡してくれる。

 今日の店長さんはすぐに奥に入っていかなくて、やたらフレンドリーに話しかけてきた。


「みんな、同じ学年?」

「い、いえ、沙夜だけが一つ上です」

「へー」

 そう言って沙夜を見る店長さん。

 沙夜はまだ気まずそうにしている。もしかしたら結構人見知りするタイプなのだろうか。

 いや、多分違う。

 私の知らない何かがあるのだろう。


 店長さんは沙夜から目を離すと、次に私と祈凜さんを見始めた。

 なんだか気まずくはあるが、きっと沙夜が感じている気まずさはこの気まずさではないのだろう。


 そんな思考をしていると、店長さんが爆発を落とした。


「みんな互いに好きな者同士なんだ」


「「「は?」」」

 三人の声が全く一緒に揃った。

 こんなのは初めてだった。


「なんで、わかるんですか?」

 祈凜さんが恐る恐る聞く。

 なんで、祈凜さんが恐る恐る聞くのは別に店長さんに緊張しているわけではなくて、私達の関係が今とても繊細なものだと分かっているから、そう聞くのだ。


「ん? うーん。年の功ってやつだね」

 そう言って胸を張った。

 そこまで、年を重ねているようには見えないが、本人が言いたいのは多分勘で当てたということだ。


 私達はそれを聞いて黙ってしまった。

「あれ? アウトな話題だった?」

 店長さんが聞いてくるが、誰も口は開こうとしない。


「……」


 流石にこれは気まず過ぎる。

 私は話題を変えようと、注文を頼もうとする。

「と、とりあえず話は置いて、注文良いですか?」

「…わ、わかったよ」

 店長さんも少しやってしまったと思っているのだろう。少し間があいてから返事をした。

 沙夜や祈凜さんは私が注文というと、良いことを言ったとでも言うように、視線を送ってきた。


「えーと、ミートスパゲッティと飲み物にノンアルコールのシードルを」

「はい、了承しました」

 接客モードに入ったのか、さっきのフレンドリーな感じとは違い、言葉遣いが丁寧になってる。

 きっと、スイッチのオンオフができる性格とはこういう人のことを指すのだろう。


「私も麻百合さんと同じものを」

「はい、わかりました」

「私は、クリームスパゲッティとシードルで」

「はい」

 店長さんは、素早くメモをとって奥の厨房らしき場所に入って行った。


「…す、すごかったね」

「…うん」

 祈凜さんは少し疲れたように言った。

 前回来たときはあまり話しかけてこないタイプの人だと思っていたのだが、今日は様子が明らかに違った。

 もしかしたら、元はああいう感じの人なのかもしれない。


「…はぁ」


 沙夜が深くため息をする。

 そういえば、さっきから一番気まずそうにしているのである。

「どうしたの?」

 何故かイントネーションが変な感じで聞いてしまった。具体的には、最後の方があがってしまった。


 沙夜は困った顔をして言う。

「いや……多分、あの人酔ってる」

 まさかと思った。

 沙夜は冗談を言っているのかと思ったら、別にそういうわけではないことらしいのは顔を見ればわかった。


「…酔ってるって、なんでわかるの?」

 私には酔ってるようには見えなかった。

 目も充血していなかったし、顔を赤くはなっていなかった。

 全ての人がそうなるとは限らないが、なっていても変ではない。


 沙夜は、首をふった。

 つまり、特に理由はないということだ。

 もしかしたら、沙夜は前に一度酔った店長さんと会ったことがあるのかもしれない。


「……」

 二人はそれっきり黙ってしまった。

 私も特に話すことはなかったので、声はあげない。


 そして、料理がくるまでの間をぼぅっと過ごした。

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