第28話 再びお泊まり①

「麻百合?」

「麻百合さん?」

「……え、何?」


 私はいつものごとく、ベンチにいた。

 そして、考えごとをしていたら急に話しかけられたのである。


「いや麻百合、何って、今日は何だかずっとベンチに来てから、ぼーっとしてるからさ」

「そうだよ、麻百合さんまた風邪?」

 二人は心配してくれていたのだ。

 私が考えごとをしていたことで、心配をかけてしまったわけだ。


「大丈夫、風邪じゃないよ。少し考えごと」

「ふーん、そ」

「それは、良かったぁ」

「ふふっ」

 相変わらず素っ気ないような返事をする沙夜と、優しく反応する祈凜さんのギャップが面白くて笑ってしまった。


 先ほどから私が考えていたのは、美月のことである。

 昨日、私が唯達とつるむことが嫌いだと、美月にバレたのである。

 だから、今日はどんな顔をして美月と話そうと思っていたのだが、美月は今日、欠席した。


 普段、使わない頭を使い過ぎてオーバーヒートでもしたのかと思ったのだが、私が唯達のことを嫌いだと見抜いたからにはそれなりに普段から、人を見て考えてはいるのだろう。


 私は、昨日呆れるとともに感心していた。

 美月は頭が悪いと思っていたが、まさか、ああやって少し深いことも考えれるような思考の持ち主だったのだ。

 もしかしたら、案外私と同じように、嫌いなのに唯達と付き合っているとか、そういう可能性もなくはない。


 私は改めて、美月について判断を見直そうと思った。


「そういえばさ、祈凜からもらったあのシードルってどうしたの?」

 沙夜が何か思ったのか、ふと、そんな質問を祈凜さんに投げ掛ける。


「あぁ、あれは私の近くの喫茶店で売ってくれたんですよ」

祈凜さんが笑顔で答える。

 多分あの喫茶店には沙夜は行ったことがないのだろう。

少し三人で行ってみたくもある。


「喫茶店でお酒置いてあるとこって……」

 ぼそっと呟く沙夜に私は声をかけた。


「沙夜、どうせなら行ってみる?」

「え、あ、うん」

 なんだか行く気はあるみたいだが、何か言いたそうだ。

「どうかした?」

「ん? いや、なんでもない」

「…そう」

 まぁ、気のせいかな。


「そうだ! 折角だし、うちに泊まっていきましょう! 前回は三人じゃなかったので今回こそ!」

 祈凜さんはテンションがあがっているようで、声を張り上げて言った。

 確かに、三人でお泊まりも悪くない。幸い、明日は休日である。


「別にいいけど……じゃあ一回家に帰ってから行くことにするかな」

 沙夜も賛成してくれるようだ。

 もちろん私も賛成であると頷いた。


「じゃあ、今から帰って……あれ、夜になっちゃうかな?」

 祈凜さんの言葉で気づいた。そうである。今はもう5時半で、帰って色々準備したら、時間は7時を越すだろう。そしたら、きっとあの喫茶店もやってないのではないだろうか。

 少し、諦めムードた。


 しかし、そこで沙夜が声をあげた。

「多分、夜でも大丈夫だよ」


 少し驚く。

 まるであの喫茶店を知っているような感じの言い方だからだ。

 もしかして、行ったことがあるのだろうか。

「沙夜、行ったことあるの?」

「…多分、少し前にね」

 そこで、さっき沙夜が言いたそうにしてたことが何となくわかった。


 それにしても、夜にやっているということを知っているのは、夜に行ったことがあるからだろうか。

 あるにしても、いつだろう。

 祈凜さんからも、沙夜からも、祈凜さんのアパートにテスト前のあの時以外、あの辺りに行ったと言うのを聞かない。

 もしかしたら、あの帰りに行ったりしたのだろうか。


 確認してようと沙夜をみる。

 しかし、沙夜をみると、何故かその確認する気がなくなった。

 別に気にすることでもなかったような感覚だ。


「じゃあ、夜もやってるんですね。なら今から帰って各自で準備しましょうか」

 そう言ってそれぞれが帰り支度を始める。

 ちょうど祈凜さんの電車の時間でもあるようだ。


 そして、それぞれが帰路についた。





「さっきぶり、沙夜」

「さっきぶり、麻百合」

私達は駅で奇妙な挨拶を交わした。

 準備を整えたので、今から電車で祈凜さんの家に向かう予定である。


 母親には「また?」とか小言を言われたが全部無視をしてきた。

 最近、自分でも反抗期なのかな、なんて思ったりする。たまには家の手伝いでもして謝っておこうかな。


 私達は改札を開くというアナウンスがかかると共に改札をくぐって電車に乗り込む。

 座席は、たまたま空いていた向かいあって座れる席にした。


「懐かしいね、祈凜さんのアパートまでの道のり」

 沙夜がそんな言葉を口にした。

 確かに懐かしい。

 あのお泊まりのときは、沙夜の行動ばかりが目立っていたが、今みたいに沙夜と一緒にアパートに向かったのだ。


「だね、あのお泊まりでの少ない良い思い出の一つだね」

 ちょっと皮肉っぽく言ってみた。

「ふふっ」

 沙夜はその言葉に笑った。皮肉に対して笑うなんて相変わらずの変人っぷりである。

 つられて私も笑ってしまった。


 こんな感じで沙夜に話しかけたのはいつぶりだろうか。

 あの件があってから、たまに二人になってもこんな面と向かって皮肉なんて言わないようになっていた。

 だから、今こうして沙夜と笑っていられるのがつい、嬉しく感じてしまう。


 最近、沙夜をますます美人だななんて俗な感情が湧いてくる。

 その沙夜とこうやって一緒に過ごしている私はどう見られているのだろうか。

 沙夜と一緒に人前に出ることがからか、なんだかこうして人前にいると、視線がこちらに集中しているのがわかる。

 改めて、本当に目立つんだなぁと思った。


「…視線、嫌なの?」

 沙夜が私の様子を伺ってくる。

 ちょっと驚いた。

 最近驚いてばかりなのだが、それだけ沙夜の変化が多いからなのだろう。

 今まで、私が余程変な動きをしてなければ、様子なんて伺ってくることはなかったのである。


「別に、ちょっと改めて、美人は辛いなぁと思っただけ」

「ふふっ、なにそれ、麻百合だって美人じゃん」

「…いやいや、そんなこと沙夜先輩にだけは言われたくないですよぉ」

 内心少しだけ嬉しかった。

 こんな美人な人に、言われるのだ。

 嬉しくないわけがない。


 実際、沙夜に最初に会ったときは憧れた。

 中身の性格を知った今でも少し憧れの感情はある。

 そんな相手なのだ。

 そして、そんな相手に好きと言われる自分ってどうなんだろうなと思った。



「ねー麻百合。髪縛ってくれない?」

「…良いけど、ここで?」

 電車の中である。少し、いやかなり恥ずかしい。

 でも、沙夜は羞恥心なんてものは持っていないのだ。

 諦めて、結ぶことにした。


 流石に正面を向き合って結ぶのは無理なので、沙夜が二人かけシートの私の隣に座って後ろを首を私の反対側に向ける。


「リボン、ほどくよ」

「うん」


 髪の毛をまとめている白いリボンをほどく。

 その瞬間、ふわっと沙夜の匂いがした。

 性格には沙夜の使っているシャンプーの匂いなのだろうが、私にとっては沙夜の匂いだ。

 とても良い匂いである。


「……麻百合、恥ずかしいからそんなに匂い嗅いだりしないで」

 反対側を向いてるから見えないが、きっと顔を赤くしているんだろう。

 でも、正直もっとこの匂いを堪能したい。

 私はわざと髪に鼻をつけ、匂いを嗅いだ。


「……ま、麻百合」


 羞恥心は沙夜にはないと思っていたのだが、どうやら間違いだったらしい。

「ふふっ、ごめんごめん」

 素直に謝っておく。

 沙夜も別に怒っているわけではないようで、私に匂いを嗅がれるのをやめた時、ほっとしたのがわかった。


 そして、やっも髪をまとめて縛り始める。

 最初に縛られていたように、シンプルに一本でだ。

 沙夜の茶髪の髪に白いリボンが合わさる。

 私が縛るとやはり不恰好になってしまった。


「ごめん、やっぱ私下手くそかな」

 少し落ち込む。

 かれこれ、十回くらいやってこれだ。

「ふふっ、麻百合の子供はきっと上手くなるんだろうね、お母さんが下手だから」

 なんて沙夜に茶化される。


「でも、これで良いの私は」


 沙夜はそう言ってくれた。

 凄く嬉しい。

 沙夜にこう言って貰えるだけで、また結びたいと毎回おもえるのだ。



 電車が目的地につく。

 私と沙夜は電車を降り改札をくぐって、見覚えのある駅のホームにでた。


 今から前よりも楽しいお泊まりだと考えるとドキドキする。


「さ、行こ」

 私がそう言って二人で歩き出した。


 辺りはもう、あのキスの時みたいに真っ暗だった。

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