第27話 美月の思考

 今私は焦っていた。

 私の目の前にいる美月は当然疑問に思うだろう。何故こんな時間に私がいるのか。

 私はいつも唯達の誘いを断って帰ったふりをしているので、美月にとってみれば私がこの時間にここにいるのはおかしな話なのである。


 もし、何故ここにいるのか聞かれたらどう答えようか。

 まさか、あのベンチのことをいうわけにもいかない。

 私が悩んでいる間に美月が話しかけてくる。


「麻百合、なんで…いや、やっぱそんなことはいいや」


 心の中で驚く。

 美月は気になったことはとことん聞いてしまうタイプだと思っていたからだ。

 もしかしたら、それより気になることがあるのかもしれない。


 気になること……。


 今度はそっちに脳を働かせる。

 実を言うと、美月が私に話しかけた時点で頭をよぎっていた。

 それはそうである。

 これまで、そのことを二回も言われているのだ。


 あのことについてはそう何度も話したいことではない。事実、私は普段なら愛想を振り撒いて引き受けていそうところを断っているのだ。しかも二回も。


 二回も断っているならあるいはと思うかもしれないが、それでも美月が気になることと言えばあれしか思いつかなかった。


「麻百合、その………あのこと、なんだけど」

 やはりそうである。

 もちろん、協力する気なんて毛頭ない。

 私は、美月を置いてそのまま立ち去ろうとした。


 すると、美月が腕をつかんできた。

 それも、かなり強い力で。

「お願い…麻百合」

 美月がこんなにも懇願してくることなんて今までなかった。

 私は少し心が痛む。嫌いな相手のはずなのに情でも移ったのか。


 沙夜に対して私はあの件で何も変わっていないと答えたがそれは嘘だった。

 それは変わってるに決まっている。

 どう変わったか。

 私は人を今まで以上に理解しようとしていた。


 例えば、沙夜。

 この前の一件では沙夜の気持ちを理解してあげられないばかりにああなってしまったのだ。

 結果、祈凜さんとは変な雰囲気になるし、沙夜はベンチに来なくなるしで大変だった。

 だから、私は変わるのだ。人の気持ちを理解するために。


 と言っても私自身が嫌いな相手についての気持ちなど理解はしたくない。

 でも今回に限っては理解できてしまうのである。


「……ねぇ、私はどうすればいいと思う」

 美月が落ち込んだように、小声で言う。


「私は、この幌萌さんに対する気持ちをどうすればいいと思う」


 美月の問いかけに、私はため息をついた。


 美月は祈凜さんに好意を向けている。

 何故かは詳しく聞いてはいない。それに、相手は自分自身が悪口を言っていた人物でもある。

 美月が何を思って、どう悩んでいるのかはわからないが、一つだけ確かにわかっていることがある。


 冗談ではなく、本気で祈凜さんが『好き』であるということだ。


 美月とは中学からの嫌々ながらの仲ではあるが、美月が部活以外でこんな真剣な表情をしているのは見たことがない。

 だから、本当に好きなんだというのが伝わってくる。

 そして、それは私も同じだ。

 だから、美月の気持ちが理解できてしまうのだ。


 美月は私が祈凜さんと仲が良いことを知らないし、ましてや好きだということも知らない。


 唯一、バレてしまいそうになったのは、以前、最初にこの相談をされたときだ。

 その前日に、たまたま朝に祈凜さんと私が事務所へ行くのに駅に入っていくのを見られ尋ねられた。

 もちろん、それは見間違いだと言うと信じてくれたようで、その時は一瞬冷やっとした。


 そして、私の中での最大の疑問。祈凜さんと仲が良いことを知らない美月が何故私に相談してくるのかだ。

 折角本人がいるのである。

 聞いてみようと思った。


「…なんで、私に相談するの?」

「え?」


 自分に対しての問いかけに少し戸惑う美月。

 でも、私は見つめ続けた。

 この、質問の回答次第では私は早々に帰るつもりでいる。

 ただでさえ、嫌いな相手なのだ。


 そしてしばらく、悩んだ末に美月が口を開く。

「えーと、唯とか花音とかに嫌われるのが嫌だからかな」


 少しドキッとした。

 嫌われてしまう、それが嫌だ。

 私も同じではないが、また気持ちは何となく理解できてしまった。

 つまり、自分の地位を守り通したいのだ。

 女の子が好き。しかも、唯が悪口を言い出した女の子。

 当たり前だが、自己顕示欲の強そうな唯みたいなタイプは、ほぼ確実に自分の嫌いなものを好きだと言う人を遠ざける。もしくは、嫌うに決まっている。

 花音はどうかはわからないが、あまりいい表情をしないのは目に見えてわかる。


 ならば私ならいいのか。思考の最後にまたそういう疑問が出てきた。

 しかし美月の次の言葉でそれも解けた。いや、塗り潰された。


「麻百合なら、元々私のことを嫌いでしょ?」


 嫌いである。

 確かに、嫌いである。

 今度は疑問は浮かばなかった。

 何となく理解した。


 要は私の嫌いである仲良しごっこがバレていただけのことだ。

 少々、ムカついた。

 堂々と私は知っている宣言をする美月に対してもだが、一番は、バレてしまった自分に対してだ。


 でもまぁ、これで最大の問いに対してはわかった。


「そう、じゃあ私が美月のこと嫌いなのわかってて、頼んでるんだね?」

「あ……うん」


 少し、キツめに言ってみた。

 これで否定しないということは、ホントにそんな理由なのだろう。


 私はがっかりした。


 元々美月の考えに期待していたわけではないが、私と同じ人が好きであることで、どこか自分と重ねて考えていた。

 でも、話しを聞き自分とは明らかに考えが違うので、もうこの件で美月に付き合う気はない。


 私は自分の家へ歩き出した。

 また、美月が腕をつかんでこようとしたが、振り払う。


「…なんで? …麻百合!」


 今回は美月の言っていることが理解できない。

 無視して歩いた。


「私は、どうすればいいの?」


 そういえば、その問いには答えてなかった。

私の質問ばかりに答えさせているので、一つだけ私も答えることにする。

 そして、私は振り返って、言った。


「…自分で責任を負う覚悟があるなら、告白しなよ」


 その言葉の意味を正しく理解できるかはわからないが、これは私にも言えることだった。


 告白される祈凜さんに対しての気持ちの面での責任。

 私はまだ、面と向かって告白はしていない。

 だから、この言葉は私への戒めのようなものでもあった。




 美月は今どんな顔をしているんだろうか。

きっと、難しい顔をしているのだろう。


 私は下らない想像をしながら、帰路についた。

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