三章 偽りの友達、日常

第26話 ベンチでの日常

 親戚が一同に会する騒がしい正月も明け、何事もなかったように学校も再び始まっていた。

 今日も今日とて放課後は、ベンチに向かう。

 もちろん、沙夜と祈凜さんが待つあのベンチにだ。


 あの休日の後、沙夜はベンチに顔を出すようになった。

 私はあのことを忘れようと思っている。

 キスもなかった。

 喧嘩もなかった。

 ただ、沙夜が少しだけ来なくなっただけだ。


 祈凜さんは、私が祈凜さんのことを好きだと知っても態度を変えなかった。だから、私も沙夜に態度を変えるつもりはない。表面上はだが。


 それにしても、あの一件で三人が三人ともお互いに恋敵であることを認識してしまった訳だ。

 でも、安心した。

知っているようで知らない振りをするのが私だけじゃないのだ。

 これからは、三人はみんな知っている。

 美月や唯との関係とは違い、私を押し殺さず、尚且つ私自身を知ってくれている相手。

 それが、私にとって特別な存在であることは容易に理解できる。

 そして、理解できたことが嬉しかった。



 沙夜は三人でベンチにいるのに、相変わらず常にスマホに夢中だ。

「沙夜?」

 話しかけても、返事など返ってこないのはわかっている。でも、何となく話しかけたい気分だ。


「沙夜さーん」


 祈凜さんも私と同じように声をかけた。

 多分、私と同じような感覚なのだ。

 せっかく三人なのだから、という建前で、本当は二人だけで話すのが気まずいのである。

 沙夜が会話に加われば、この気まずさは解消されるので、私と祈凜さんは最近、沙夜が諦めるまでずっと呼び掛けるようになった。


「…うるさい」

 やっとイヤホンを外す沙夜。

 うるさいと、憎まれ口を叩きつつも何だかんだで嬉しそうである。


 沙夜は私達と一度離れて何か考えが変わったのだろう。

 昨日だか一昨日、学校内で私達以外の人と話しているのを見た。

 からかおうかと思ったが、良く考えれば沙夜の成長を喜ぶことはいいが、からかうなんて最低の行為である。

 そんな事をしたら、今すぐ私達の目の前から姿を消してもおかしくはない。


 まぁ、成長したかどうかは定かではないが。


 私達は、この前の件を気にしないと言って起きながら、この前の件のことでかなり神経を使っていたりする。

 前までの何も考えずに、ただ沙夜と二人で駄弁っていたあの頃と大分変わってしまった

 しかし、嫌な感じとかそんなことは全然ない。むしろ、変われたことが嬉しかった。


 そして変わったと言えば、沙夜の髪型である。

 今まで邪魔な時以外、縛ったりはしていなかった沙夜だが、最近になって髪を縛るようになった。あの、私が誕生日プレゼントとしてあげたリボンをつけてだ。

 あの時私が結んだみたいに変にではなく、綺麗に結ばれている。

 でも、たまにわざとリボンをといて、私に結べと言ってくることもあった。

 きっと、沙夜なりのスキンシップの取り方なのだ。その時は、相変わらず変だななんて思いながら結んであげている。


 因みに沙夜の二日後に私の誕生日はあったのだが、後日沙夜から香水をもらった。少し高価なもので私のあげたゲーセンのリボンとは比べ物にならない。

 もちろん、返すような真似はしていない。が、少し申し訳ないなと思っていた。


 祈凜さんは、私と沙夜にノンアルコールのシードルのボトルをプレゼントしてくれた。

 どうやら、あそこの喫茶店に行ってあの店長さんに売ってもらったらしい。

 もちろん美味しく頂だいた。


「そういえば、祈凜の誕生日はいつ?」

 沙夜がスマホから完全に目を話して聞く。

 私と一緒でプレゼントのことを考えていたのだろう。

 私も祈凜さんの誕生日に何かあげなければと思っていたので、良い質問だと思った。

 私が聞けば、少しだけ変な空気になるかもしれないからだ。


「え、えーと」


 何か恥ずかしがるようなことがあるのか、祈凜さんは少し頬を赤らめた。

 あ、別に恥ずかしがっているわけではないのか。 

 沙夜が聞いたから、単純に照れているのだ。

 可愛い。


 でも、急にしゅんとした顔をする。

「…私の誕生日、2月29日なんです」


「え」

「すご」

 私の驚きと、沙夜の感心が重なった。

 2月29日。四年に一度しかないうるう年である。

 わりと多い誕生日であると何かの本で見たような記憶はあるが、私は一度も実際に会ったことがなかった。


「じゃあ普通の年のお祝いとかってどうするの?」

 興味本意で聞いてみた。

「うーんと、私の場合は2月28日にお祝いしてもらってるかな、他の人はどうか知らないけど」

「へー、祈凜珍しいんだね」

 祈凜さんはそんな事はないと照れたように言った。


「祈凜さん祈凜さん、じゃあ来年はオリンピックがあるから、せっかくだし三人でお祝いしようか」

「ホントに?嬉しいなぁ」


 来年はオリンピックだから祈凜さんの四年に一度の誕生日。この約束をすることはつまり、それまで一緒にいようという意思表示でもある。

 それを嬉しいと言われるのなら、言ってみて良かったと思った。



「じゃあ、そろそろ時間ですので…」

 祈凜さんが電車の時間で帰ると言ってきた。

 気が付けばもうそんな時間である。

 いつものことだが、ベンチにいると時間がたつのが早い。それだけこの時間を楽しんでいるということでもあるのだろう。


「うん、じゃあね祈凜さん」

 私が挨拶すると、沙夜も続いて、

「…祈凜、また明日」


 挨拶? をした。

 少しびっくりである。沙夜は今まで「また明日」なんて言ったことがなかった。

 そもそも、人とつるむのがあまり好きではない沙夜がだ。やはり何か心境が変わったのだろう。


 祈凜さんも沙夜の性格を知っているようで、驚いていた。

 しかし、すぐにあの笑顔で。

「はい! また明日です!」

 と楽しそうに言って、帰って行った。


「…何? 麻百合」

「え? 何って何?」

 質問を質問で返す私。

 実際急に何? と問われて戸惑うのは当たり前だろう。


「いや……何か気持ち悪いくらいにっこにこしてるから」

「え、うそ」

 私そんなに笑っていただろうか。

 そう言われた今でも全く自覚はない。

 軽く頬に手を当ててみる。すると、顔がひきつっているような気がした。

 私は沙夜の言った通り笑っているのだろう。


「嬉しかったからかな?」

「……何故に疑問系?」

 顔がまたさっきのようにひきつった。今度は笑っている自覚がある。

「ふふっ、まぁ気にしないでよ」

 こう言ってしまえば気にしたら負けである。


 でも多分、沙夜が言ったことが嬉しかったからかな。

 そう心で思った。


「ん。じゃあ、気にしない………麻百合はこの前のことで何か変わったこととかあった?」

「…ううん、別に」

「そ」


 自分で聞いてきたわりには素っ気ない。

まぁ、これ系の話を好んで続けようとされても困るのだが。


「さぁ、私達もそろそろ帰りますか」

「……」

 年寄りが重い腰を持ち上げるように「よいしょ」なんて言いながら立ち上がる。


「あれ? 沙夜は?」

「…私はまだいるよ」

「ふーん、風邪ひかないように気を付けてね」


 そう言い残して私は帰路についた。





「誰かな?」


 ぼそっと呟く

 私が歩いていると、後ろに人の気配を感じた。足音と、寒いからか息をふぅと吐く音が聞こえたのだ。


 振り返って見ると、うちの学校の制服の女の子だった。

 そして私はその女の子を知っていた。よくクラスでも話す仲であるからだ。

 あまり会いたくない類いの人物でもある。


 その相手は、私が急に振り向いたからかちょっと驚いたようだ。


「え、えっと麻百合」


「何? 美月」


 そこには部活帰りの美月がいた。

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