第22話 祈凜の世界① (番外)
最初に浮かんできたのは何故という疑問。
私が歌っていると、目の前に人が現れたのだ。しかも、私のことを悪くいっているグループの確か、大海さんという人だ。
佐伯先輩がいるはずのこのベンチに何故大海さんがいるのか。
大海さんと佐伯先輩の一体どんな関係なのか。もし、付き合っていたとして、私がそれに気付いてしまったのだとしたら。
何故かそんな嫌な想像をしてしまう。
私は驚いて、思考できないような状況であり、疑問ばかりが頭に積もるように増えていった。
すると、また意味のわからないことがおこる。何とあの大海さんが、私に頭を下げてきたのだ。
慌てて、頭を上げてもらったが、ホントどうなっているのだろうか。
大海さんと目が合うと、足が震えるのがわかった。怖いのだ。
私のことを影で悪く言う人だ。
下手なことをすると、この状況のことが学校中の人に知られてしまうかもしれない。私が佐伯先輩に告白した時のように。
私がおどおどとしていると、ベンチに座らないかと言われた。
もちろん断る勇気なんてない。
話を聞いていると、佐伯先輩のことを大海さんは「沙夜」と呼び捨てて呼んでいた。
どうやら、相当親しい間柄みたいだ。
そこで先程からの疑問がどうしても気になった。もしかしたら、付き合っているかも。
つい、衝動的に聞いてしまった。
関係はただの友達らしい。少し安心だ。
というか自分で想像してなんだが、そうそう女の子同士なんてはずがないに決まっている。私じゃないんだから。
敬語で話さないでと言われた。あと、名前で呼んで欲しいとも。
少し、大海さん…麻百合さんに対する意識が変わった。
普段の麻百合さんがどうかは知らないが、こんな私にきちんと話してくれるからだ。
そして、名前で呼べなんて、まるで友達みたいだと思った。
でも、いくら私がそう思っても麻百合さんはそんな風には思ってはくれいていないんだろう、きっとグループのこともあるし。
「祈凜さんは歌手の椎名咲桜さんじゃない?」
話を聞いていると、麻百合さんが私のファンであることがわかった。そして、バレた。
正直、不味かった。
麻百合さんがもしかしたら良い人だとしても、だ。
私は秘密にして欲しいと頼んだ。
麻百合さんは笑顔で私に応じる。
これでひとまずは安心だ。さすがに私だけで留めておける問題でもないから、 マネージャーの門脇さんにも連絡することを決める。
でも、秘密保持契約にはならないといいなぁと思う。
少しの間だが話してみて、麻百合さんと友達になりたいと思った。
もちろん、麻百合さんがそう思ってくれればだが。秘密保持契約になれば麻百合さんと私には制限がかかってしまう場合もある。
そろそろ、電車の時間である。
メッセージのアドレス交換をして欲しいと頼まれた。
それで麻百合さんが、少しは私と近しくなりたいと思ってくれているような感じがして嬉しかった。
危なく、そのままの秘密保持契約を結んでしまうかもしれないところだった。
最後に藤尾さんが出てきたのだ。
あの人は私をスカウトした人でもあり、かなりいい人なのだ。
融通がききやすいと言えば、聞こえは悪いが相手のことを尊重してくれる。
ひとまず、私の身がバレた件については大丈夫だろう。
そしてだが、麻百合さんと友達になりたい。これが次の目的である。
少し不安ではあるが、思いきって頼んでみた。
ベンチに行ってもいいか、と。
これで私の意思が伝わるかもしれない。
きっと学校で普通に話すのは無理でも、あのベンチなら、大丈夫だ。
麻百合さんは快く受け入れてくれたのだった。
私はベンチに向かっていた。
今日からベンチに行けば、友達の麻百合さんと会えるのだ。いや、まだ性格には私達は友達とは言えないのかもしれない。
高校に入ってからは、歌手の仕事や、あの噂のせいで、友達なんてできていなかったので、凄く嬉しい。
それに、麻百合さんは佐伯先輩と友達だと言うのでもしかしたら、まだ佐伯先輩とは可能性があるかもしれない。いや、ないか。ここは潔く諦めておくべきだ。
ベンチにつくと、私は表情が固まった。
居たのが、麻百合さんではなく佐伯先輩だからだ。
えーと…。
どうやら、表情だけでなく思考もフリーズしているようだ。
佐伯先輩も私のことに気付いたようで、驚いた顔をしていた。
けど、佐伯先輩はすぐに平静な顔になって、ベンチの端を差し、座ればと言った。
もちろん座る。
しかし、なるべく佐伯先輩には近づかないように端に座った。
しばらくすると、麻百合さんが走ってベンチに来た。
何か焦っているようだ。
私は状況が呑み込めず麻百合さんに駆け寄ろうと立ち上がったのだが、その前に佐伯先輩が麻百合さんに駆け寄っていた。
なんだか、佐伯先輩が麻百合さんを責めているような感だった。
でも、麻百合さんは意に介していないような感じだ。ちょっとおかしいが、力関係でいえば麻百合さんの方が上なのかなと思ってしまう。
話がついたのか、麻百合さんがこっちを向いたので、今度は私が麻百合さんに駆け寄った。
そして、少々キツい言い方で状況説明を求めようとしたのだが、何故か佐伯先輩が麻百合さんの後ろに引っ付いているのが目に入り最後のほうはぼそぼそとした喋りになってしまった。
それでも、麻百合さんは慰めてくれて、そして、私と佐伯先輩、沙夜さんとの仲を取り持ってくれたのだ。
これが私達3人の出会いである。
◇
おかしいなと感じたのは、お泊まりの時だった。
急に沙夜さんが帰ると言い出したのだ。
それは驚いくし、変だと思うだろう。
私には止められるはずもなく、本当に帰ってしまった。
麻百合さんに聞けば、見たいものでもあるんじゃないと言われた。
いくら私でもそれは嘘だとわかった。
つまり、麻百合さんと沙夜さんの間で何かあったのかもしれない。
テストが明け、私は久しぶりにベンチに行った。テスト中の放課後は門脇さんに呼ばれて行けなかったのだ。
麻百合さんがいた。
でも、沙夜さんはいなかった。
理由が気になるので、聞いてみる。
だが、麻百合さんは明らかに言葉を濁した。
また、私の知らない何かが、麻百合さんと沙夜さんにあったのかもしれない。喧嘩がこじれたとか?
不安だった。
もうここには沙夜さんが来なくなるのかもしれないから。
もともとは居るなんて思っていなかったが、居ることを知ってしまったからには、居ないと寂しく感じる。
それは、私が沙夜さんを好きだからとかではなく、単純にこのベンチに居ることとして、このベンチには沙夜さんがいて麻百合さんがいて、始めて私がいられる空間。そんな気がするから。
しかし、麻百合さんに無理矢理にでも理由を聞くことはできない。
私がなんとかしたいと思っても何もできないのだった。
麻百合さんと私は、近所にあるレトロな喫茶店に行った。
そこには、気の良さそうな女性がいて、いかにもレトロという感じだ。
メニューを待っている間、約束していた恋愛相談をすることとなった。
友達と一度でいいからこういう話をしたかったのだ。
麻百合さんはなんだか話しにくそうだった。
私がアドバイスできればなんて思ってたが、私自身のことが上手くいかないのにそんな事できる訳もなく、すぐに恋愛相談は終わった。少しでも力になりたいなと思っていたが、無理だった。
喫茶店を出て、せっかくここまできたのだから私の家泊まらないかと誘ってみた。
そしたら、きてくれるとのことだ。
嬉しかった。
麻百合さんと過ごしている時間は楽しくて、きっと、私が沙夜さんを好きでいなかったら危なかったかもしれない。
私がつくったご飯を一緒に食べていたとき、麻百合さんが私にテストの放課後なにかあったのかと聞いてきた。
流石に言ってはいけないとわかってはいたが、麻百合さんの喜ぶ顔が見たくて、新曲のことを伝えた。
麻百合さんは想像以上の喜び方をした。
余程嬉しかったのだろう。
そんな麻百合さんを見てたら私まで嬉しくなってしまった。
何故だかはわからないが、ここで聞くべきだと思った。
麻百合さんに沙夜さんのことを。
そして、聞いてしまった。
「ま、麻百合さん、そう言えば沙夜さんと何かあったの?」
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