第19話 話すこと

「…うん……そう友達の家……うん、じゃあそういうことで…」

 私は携帯電話を耳から離した。


「親には言っといたよ」

「そう、なら部屋入ろう!」

「…うん」



 祈凜さんに泊まってかないと誘われて、私は断る理由もないので、その誘いにのることにした。

 今日は沙夜は最初からいないので、二人っきりなのだが、何故か緊張もなにもしていなかった。


 一週間ぶりに、祈凜さんのアパートに入る。

 相変わらず綺麗な部屋だった。

「お邪魔しまーす」

「はーい、いらっしゃい。ご飯作るね、ちょっとテレビでも見て待ってて」

 そう言ってすぐにキッチンにいく。


 前も思ったが、祈凜さんはかなり家庭的な感じがする。

 一人暮らしだからか、料理も上手だし、部屋の掃除も行き届いてるし、この年でこれだけやれるって凄いなぁと素直に思った。


 感心してるだけではなく、何か手伝おうと思い私もキッチンにいく。

「祈凜さん、何か手伝うよ?」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと野菜切ってもらってもいいかな?」

 キャベツと大根を両手に持って私に言ってくる。

「わかったよ」

 野菜を受け取って、まな板の上で切り始めた。


「麻百合さんは、家で料理するの?」

「ううん、全く。料理は学校の調理実習で少しやったことあるぐらいだよ」

 祈凜さんはフライパンで豚肉を炒めている。


「祈凜さんは料理上手だよね、羨ましいよ」

「ありがとう、でも全部お母さんに教えてもらったんだよ」

「ふーん、じゃあお母さんも料理上手なんだ。あ、野菜切り終わったよ」

 私が野菜を祈凜さんに差し出すと、それを入れて炒めはじめた。


「お母さん、どんな人?」

「…なんて言うか、自由な人かな。放任主義の人で、私が唯一お母さんから学んだのが料理だし」


「…嫌いなの? お母さん」

 お母さんのことを言う祈凜さんはなんだかつらそうに見えた。

「…ううん、そんなことはないよ」

「…そっか」


 これ以上踏み込んだ質問はやめた方が良いと思い、黙って祈凜さんの料理を見ていることにする。


 祈凜さんは、砂糖や醤油などの調味料で味付けしてるようだ。

 そう言えば、何を作ってるんだろう。


「…麻百合さん、料理なんか見て暇じゃない?」

「いやいや、全く、何作ってるのかなぁって想像してたし」

 少し良い匂いもしてきた。

 私のお腹も限界に近づいているようだ。


「そう…おっと、そろそろいいかなぁ」

「できた?」

「うん」

 そう言って、コンロの火を止める祈凜さん。


「…美味しいそう」

「まぁ、ただ炒めて味付けしただけだけどね」


 それでも美味しそうなのは変わらない。

 お腹が減っているからか、祈凜さんが作ったからか。

「あと、昨日の残り物のおかずと…」

 祈凜さんは冷蔵庫から、余っていたおかずを出してリビングの机に並べる。


「あ、麻百合さん、ご飯どのくらい食べる?」

「え、あ、普通に茶碗一杯分でお願い」


 あまりの手際の良さに圧倒され、私はぽかんとしていた。

 結局、私が手伝ったことは野菜を切っただけで、ほとんど何もせずに夕飯が出来てしまった。


「…凄い」

「麻百合さん? どうしたの、たべよう?」

 祈凜さんが私を見て首をかしげながらそう言ってくる。

「う、うん」


 私達は夕飯を食べはじめた。


「麻百合さんはご飯の時、テレビとか見る?」

「ううん、見ないけど。なんで?」


 私の家では、食事中にテレビをつけることはない。別につけてはダメと言うことではないのだが、特につける理由もないため、つけない。


「えーと、私も普段付けないんだけど麻百合さんが普段つけてるのなら、つけようかなと思って」

 つまり、私を気遣ってくれている訳だ。

素直に嬉しいと思う。


 でも、

「祈凜さん気遣ってくれて嬉しいけど、私は急にお邪魔してる身だから、気にしないでいいよ」

 と言う。

「そ、そう? …わかった」

 祈凜さんも納得してくれたみたいだ。


 それにしても、ご飯が美味しい。

 さっきから美味しそうだとは思っていたが、予想以上である。



「そう言えば祈凜さん、テストの日、門脇さんに呼び出されたって、何か用事?」

 祈凜さんは「あぁ」と言って何があったのか話してくれる。


「実はまだ秘密なんだけど、新曲の打ち合わせを、ね」

「えぇ! 新曲!」

 つい興奮してテンションがあがってしまった。


「麻百合さん、内緒だよ?」

 祈凜さんが真面目な顔で言ってくる。

「うん、もちろん! ……新曲かぁ、どんな曲か楽しみにしてるね」

「…ありがとう」

 照れているのか、少し頬を赤らめた。


 私にとっては衝撃事実である。

 今、家に帰って発狂したいくらいに。

 楽しみ過ぎて、待ちきれない。


 祈凜さんはそんな私の落ち着かない様子を見てか、話題を変えようと口を動かしたようだ。

「ま、麻百合さん、そう言えば沙夜さんと何かあったの?」

 だが、その内容が悪い。


 私は、驚いて動きが止まる。

 あがっていたテンションもかなり下がった。


「あ、えと、ごめん、やっぱ言いづらいことだよね。わ、忘れて」

 私のそんな様子を瞬時に感じとって、慌てて訂正する祈凜さん。


 でもよく考えたら、気になるのは当然である。もしかしたら、昨日から、ずっと気になっていたのかもしれない。

 どちらにせよ話すのが筋と言うものだ。


「…いいよ、祈凜さん。大丈夫だから気にしないで?」

「あ…うん」

「それに、私が悪いの」


 しかし、いざ話そうと思うと重要なことに気付いた。

 沙夜が私をどう思っていて、何をしたのか話さないといけないと言うことだ。


 でも、仕方ないかもしれない。

 沙夜のことを全部言おうとすれば、もちろん私の気持ちも言うことになる。

 きっと、今までのように祈凜さんとは話せなくなるが、致し方ない。沙夜のことを話す覚悟を決めた。


「えーとさ……」


「待って」

 そこで、私の声を遮り祈凜さんが止める。

 なにやら、私に何か言いたいことがありそうな顔。


「沙夜さんが来ない理由はやっぱり聞けない、それ言えないことなんでしょ?」

「……」

 私は応えない。

 意地になってでも、祈凜さんに話す気でいるからだ。


「…その代わり、話せるようになったら教えて」

 祈凜さんは笑顔で言った。

 綺麗な笑顔だ。


「……」

 それでも、引けない。


「それでいいかな?」


「……」


「駄目?」


「……はぁ」

 私はついため息が出てしまう。

 そんな顔で言われたらイエス以外言える訳がない。

 こんなもの、惚れた方の負けである。


 私の方が折れて「わかった」と言った。

 祈凜さんはその言葉聞き安心したような表情だった。



 夕飯も食べ終わり、私は先にお風呂に入らせてもらった。

 今は祈凜さんが入っている。


 さっきのことがあり、私は少し考えごとをしていた。


 祈凜さんには結局話せなかったし、沙夜もこのままだと、ベンチに来なくなるだろう。


「どうしようかなぁ」


 小声で言ったつもりだったが、部屋中に響いたように思えた。


 結局、悩みまくった挙げ句に、一つあまり良いとは言えないが、方法を思い付いく。だが、それを実行する気にはどうしてもならなかった。


 そのままぼーっとしていると、私の携帯の画面にある人からのメッセージがポップアップされる。沙夜からの物だ。あれ以来一度も覗いていない。でも、今はなんとなく開いて見たくなった。

 そして、無視し続けていた沙夜のメッセージを開く。


 内容は『ごめん』とか『ベンチに行ってもいいかな』とか、ありふれた謝罪。でもそれらのメッセージから、なんとなく沙夜が苦しんでいるのが分かった。そして、どこか心が痛む。


 まだ許した訳じゃない。でも、祈凜さんは沙夜を必要としているのだ。

 やらない訳にはいかない。私は先程思い付いた方法を実行することにした。


 そして、あるメッセージを沙夜に送った。





 時間は24時。

 日付が変わった頃だ。


 私と祈凜さんは隣同士の布団で横になっていた。


「…祈凜さん」

 私は仰向けの状態で、祈凜さんの名前を呼ぶ。


「なに?」

 祈凜さんはもう大分眠いのだろう。

 少しゆったりとした、しゃべり方をしていて違和感があった。


「明日さ、予定ある?」

「…ううん、何も」


 ないと聞いて安心する。

 私一人だと何も出来ないから。


「じゃあ、明日少し付き合ってほしいの」

「うん、いいよ。えーと、何かするの?」

 祈凜さんが当然の質問をしてくる。

 しかし、私はそれには応えない。


「明日、言うよ」

「……わかった」


 祈凜さんも納得したようでそれ以上は何も言わなかった。



「じゃあ、約束ね。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 私達は寝入ったのだった。

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