第18話 恋愛相談

 さて、恋愛相談な訳だが、何を話せば良いのやら。

 好きな相手に恋愛相談するなんて、もはや告白するようなものだが、そこはもちろん何とか隠しながらやるつもりである。


 だが、万が一と言うこともある。

 バレないようにしなければ…。

 それに、もしバレたらきっとこんな風に喋ったりする関係ではなくなるだろう。


「えーとね、まず言っておくけど、私の好きな人は女の子なの」

「へー……えぇ!」

 この驚きようから察するに、やはりと言うか当然と言うか、祈凜さんは私が男の子を好きだと思っていたようだ。


「び、びっくり……えーとホントに? 」

 真偽を確かめるように聞いてくる。

「ホントだよ」

「じゃ、じゃあ私達同じなんだね…」

 困惑しているようだ。

 それはそうであろう。普通は祈凜さんのように好きな人と言ったら異性だと思うのが自然だ。


「麻百合さんって……レズなの?」

「違うよ」

 私ははっきりと言いきる。


 私はレズではない。

 祈凜さんの場合はどうかはわからないが、私の場合は好きになった相手、つまり祈凜さんが、たまたま女の子だっただけである。


「そ、そうだよね。普通、好んで同性を好きになるなんてことはないか…」


 ふむ。

「…祈凜さん、それは違うと思うよ?」

「え?」

 私は同性愛主義の人、多数に対して少数の人に対する、祈凜さんが言ったような『普通じゃない』という考え方が嫌いだった。


 今の発言で何となく察しがついたが、祈凜さんはいわゆる『レズ』なんだろう。そして、コンプレックスを抱えているようだ。

 まぁ、そういう少数に対しては世間の風当たりが強いから仕方なくはある。


「多分だけどさ、同性愛の人って今はかなりの人数がいると思うの、それこそ世界中のそういった人を統計で現せば一つの国の国民くらい」

「……うん」

「それだけ多くの人が思ってることだよ。例えば、何かの宗教に入ってる人を見て普通じゃないと思う? すぐとなりの国の人を普通じゃないって思う?」

「…思えない」

「私も同じ。日本人だけで比べれば確かに少ないかもしれない。でも、日本人だって世界の人に比べたら少ないんだよ。少数だから、普通じゃないなんてことはない。だから、同性愛が普通じゃないとかは言わないでほしいかな」


 つい、熱くなってしまった。

 私は、祈凜さんに、そういった人達に、コンプレックスを持って欲しくないのだ。


 私がこう思い始めたのは確か、中学生になってからだろうか。


 確か、本で読んだのだ。少数の思想が普通であるかないか、といった感じの哲学的なことが書かれた本を。

 それのお陰か、私は少数者に対する偏見というものをあまり持たなくなった。


「なんか…ごめんね麻百合さん」

「いえ、私もなんか急に語ちゃってごめん」

「ま、まぁ、閑話休題ってことで、話を戻そうか」

 ぎこちない感じで祈凜さんが言う

「…うん」



 私はふぅと一息はくと、祈凜さんに私の気持ちがバレないように話し始めた。

「それで私の好きな人についてだけど……」


 改めて何を話せば良いのやら。

 私はこういった相談など人にしたことない。


「えーと……」

「うん」

「そのー……」

「うん」

「………」

 話せる内容が思い浮かばない。

 祈凜さんが真剣な顔で聞いてくれようとしてるのに申し分けなく思えてくる。


「えーと、麻百合さん。じゃあさ、私の質問に答えてってよ」

 私を見かねてか、祈凜さんが助け船を寄越してくれる。

 ありがたい。

 私はうんと頷いた。


「麻百合さんの好きな人はどんな人なの?」

「…どんな人…ね、なんて言うか気が弱そうに見えるけど、なんでも器用にこなして、たまに頼りがいがあるなぁって感じる人、かな」


 祈凜さんとの体験を思い出しながら言ってみる。そして、ここで始めて私が祈凜さんに対してどう思っていたのか分かった。


「そう。麻百合さんはその人と特別な関係になりたい?」

「特別?」

「付き合ったりってこと」


 なりたいかなりたくないかで言うとなりたい。でも、沙夜にも話したが、私は祈凜さんの分の責任を負えるかと考えた時に、負えるとは言いきれない。

 それに、祈凜さんには好きな人がいるのだ。付き合うなんてこと不可能である。


「…その人は好きな人がいるから、付き合うなんて無理だよ」

「好きな人の好きな人ね…。相手は知ってるの?」


 もちろん知っている。沙夜だ。

「うん」

「そう、それは辛いね…」

 祈凜さんは変わらず真剣な顔だ。

 確かに祈凜さんの言った通り、辛いことには辛い。


「…私もそうだけど、片想いって辛いよね、私の場合はまだわからないけど、特に相手にも好きな人がいるって知った時なんてホントに」


 それは私にはよく分かるような気がした。

 私が祈凜さんを好きと認識したのは、祈凜さんが沙夜を好きだと知ってからのことだった。だから、私の好きな人には最初から好きな人がいる。


「ごめんね、やっぱり私が何かアドバイスできることなんてないみたい、そもそも私の恋が上手くいかないのに、恋愛相談なんてできっこないよね」

 祈凜さんはははっと乾いた笑い声で言った。


 それを聞いて、

「……」

 私は何とも言えなかった。



 少ししんみりとした雰囲気になっていると、店長さんが頼んでいたものを持ってきてくれた。


「お待たせしました……あれ? どうかしました?」

 どうやら店長さんは私達の空気を読み取ったらしい。

「いえいえ、特に何も」

 と、とりあえず返しておく。


「そうですか、あ、ご注文のものです。どうぞ」

 そう言って私達の前に注文したものを置いていく。


「以上で大丈夫ですか?」

「あ、はい」

「それではごゆっくり下さい」

 そう言い残して店長さんはまた奥へと消えて行った。


「さっきから、店長さんずっと奥にいるね」

「うん、何か…変な人? なのかも」

 まぁ、沙夜ほどではないが変わってる人なんだろう。


「じゃ、飲んじゃおうか?」

「そう…だね」

 店長さんのおかげか、少し雰囲気が和らいだ気がした。


 私は目の前におかれた、グラスに入った黄色い透明な炭酸液に目を向ける。

 見た目はお酒と言ったより、ジュースといった感じだ。

 まぁ、ノンアルコールなのでジュースみたいなものだが。


 ビール専用のグラス、確かビアグラスとかいったかな。そのグラスに口をつけ液体を喉へ流す。


「ん、美味しい」


 どうやらこれはリンゴのお酒のようだ。


「麻百合さんそれ、美味しい?」

「うん、飲んでみる?」

「いいの? じゃあ少しだけ」

 祈凜さんも気になっていたのだろう。

グラスに口をつけて飲む。


「あ、ホント。美味しい。麻百合さんありがとう」

 そう言って私にグラスを返す。


「…」

 祈凜さんが口をつけたところに少しだけ跡がついている。

 それをまじまじと見てしまう私は変態かもしれない。


 気にしない気にしない。と、心に言い聞かせながら飲みきった。




 その後、店長さんを読んでお代を払ったあと店を出ると辺りはもう真っ暗だった。

 時計を見ると、もう7時台である。

そりゃあ、真っ暗な訳だ。


「いい感じのお店だったね、あそこ」

 この時間の電車あるかなとか思いつつ、祈凜さんに話し掛けてみる。


「うん、名前なんだっけあの喫茶店」

「確か、『Feliz banco』だと思う」

「どういう意味だろう」

「ちょっと待ってね」


 私はポケットからスマホを取り出し検索エンジンのマイク機能を使って店名を言ってみた。

 検索結果だが、訳のわからない文字がたくさん並んでいるだけだ。

「発音かな?」

 なるほど。と言うか、どう読むかもわからないのに、そもそも発音も何もないか。


 仕方なく、そのままスペルを打って調べる。

 どうやら、スペイン語らしい。

「ええと、意味は『幸せのベンチ』だって」

「ベンチ? なんでベンチなのかな?」

「さぁ? わかんない」


 そう言いつつ、なんだか三人にピッタリなお店だなと思った。


 …三人に。

 沙夜にはまだ腹が立っているけど、酷いことを言ってしまったと後悔している。

 また、三人でベンチで過ごしたい、そう思った。


「麻百合さん、電車あるの?」

「多分、なかったら待つだけだから」

「ふーん、明日は祝日だっけ?」

「そうだよ」


 明日は土曜日でありながら、祝日と重なっているのだ、そのおかげで月曜日が振り返り休日になっている。つまり、三連休だ。

 にしてもなんでそんなことを聞くのだろうか。


 祈凜さんに目を向けるとたまたま目が合う。

「あ、う」

 なんだか気まずくて目を反らしてしまった。


 しかし、祈凜さんは気にしてないようで、私が目を反らしたことに首をかしげていた。


 人気のないジグザグ道を抜け、祈凜さんのアパートのすぐそばまでくる。


 今日はもうそろそろ祈凜さんとお別れだ。

 私が祈凜さんに、また来週とでも言おうと思った瞬間、祈凜さんが私に向けて言葉をしゃべった。


「…麻百合さん、せっかくだし泊まってかない?」

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