第17話 レトロな喫茶店

 金曜日の放課後。

 私は祈凜さんとベンチに座っていた。


「テストの順位、どうだった?」

「うん」


 今回、テストの順位はかなり上がった。

「59位だった」

「…すごい、麻百合さんやったね!」

「うん、ありがとう」


 祈凜さんがあまりにも喜ぶものだから、なんだか恥ずかしい。


 今日も、沙夜はベンチに来ていなかった。

 祈凜さんはもちろんその理由を知りたがっているのだろうが、昨日の私の様子を見てか今日は聞いてくるようなことはなかった。


「祈凜さんは順位たかいなぁ」


 祈凜さんの順位は11位だそうだ。

 祈凜さんはもう少しで、10位以内に入れたと悔しそうな表情だが、私としては充分凄すぎる結果だと思う。


 普通ならただの嫌味にしか聞こえないはずだが、祈凜さんだとそうは思わない。


「また教えてね、祈凜さん」

「…うん、もちろん」


 因みに、唯は48位と上がり、美月が196位と変わらず。花音は8位となり、少し落ち込んでいた。



 それにしてもテストが終わった解放感からか、何かはっちゃけたい気分だ。

 沙夜のこともあったので、ぱぁっと何かストレス発散できることがしたい。


 祈凜さんをゲーセンにでも誘ってみようか。

 でも、祈凜さんはゲーセンに行ったことがなさそうな感じだ。断られる可能性も充分にある。


 でも、誘ってみるだけ誘ってみよう。

「祈凜さん、ゲーセンにでも行かない?」


 すると、祈凜さんは困った表情をする。


「あ……ごめんなさい、そういうとこはちょっと…」

 まぁ、そうですよね。


 まず、自分から誘っておいてなんだが祈凜さんにはそういうところは似合わない。

 なら、どういうところが似合うのか。少し考えてみる。


「……レトロな喫茶店?」

 うむ。それだ。

 私はそんな場所は知らないがあれば、祈凜さんにぴったりだろう。


「私、レトロそうな喫茶店なら知ってるよ?」


 急に祈凜さんが言ってくる。

 私の一人言に反応したのだ。こうして、何気ない一言を流さずにさらってくれると嬉しくなるものだ。


 そして少し、祈凜さんの言う『レトロな喫茶店』というのが気になった。


「えーと、どんなところ?」

「それがねまだ、入ったことないの、店の雰囲気が良さそうだなって思ってて」

「ふーん、なら行ってみる?」

 せっかくだし、祈凜さんとなら別にゲーセンなんて行かなくてもいい。


「…いいの?」

「もち」

 私はそう言って、親指を上に立てて祈凜さんの顔の前に差し出した。



 私と祈凜さんは電車に揺られていた。

 祈凜さんが知っているという喫茶店はどうやら祈凜さんのアパート周辺にあるらしい。


 しかし、二人で電車に座っていると、事務所に行った時のことを思い出す。

 なんだか、またこうしていられるという事実が夢のように思えてきた。


「麻百合さん、もうつくよ?」

 私が明後日の方向を向いて感慨に浸っていると、隣の祈凜さんに肩を揺さぶられる。


 夢ではなく、近くにいる祈凜さんはなにやら、少し不満そうな表情だ。


「どうしたの?」

「どうしたもなにも、さっきから麻百合さんに話し掛けてたのに、聞いてないんだもん」

 つまり、拗ねているのだ。

 なんともまぁ、可愛いことである。


「ごめんね、祈凜さん」

 私はにやついてしまいそうなのを抑え、謝る。

「誠意が感じられないのだよ」

 となんだが胸を張って言ってきた。


「ぷふっ、祈凜さんそう言うの似合わないなぁ」


 つい、おかしくて吹き出してしまった。


「あ、ひっどい! もう」

 今度の祈凜さんは頬をわざとらしく膨らませて、怒ってるよ! というアピールをしてくる。

 本当に怒ってはいないのは分かりきっているが「ごめん、ごめん」と一応謝っておくべきだと思ったのでそうする。こういう祈凜さんを見てると、無性にからかいたくなってくる。。


 そんな事をしている間にも電車は目的の駅についたようだ。

「おっと、ついたついた」


 そそくさと、改札をくぐり駅のホームを出る。


「で、どこら辺? その喫茶店は」

「うーんと、まず私のアパートに行った方が近いかな」

「じゃ、まずはアパートだね」

 私と祈凜さんはアパートに向かって歩き出した。


「祈凜さんって付き合ったことある?」

 ふと、疑問に思い聞いてみた。


「ないよ?」

 私の質問に何故か疑問系で答える祈凜さん。

 いきなり聞かれてキョトンとした顔をしている。


「麻百合さんは?」

「私もなしだね」

「へー、意外」


 む。

 私は祈凜さんにどうみられているんだろうか。

 まぁ、唯とかと一緒にいれば自然とそういう目でもみられてしまうか。


「あ、他意はないよ?」

 えへへ、と明らかに他意ありまくりな感じで言ってくる祈凜さん。


 今更だが今日の祈凜さんはテンションがどうも高いようだ。


「祈凜さん、今日楽しそうだね」

「麻百合さんといれるからね」

 サラッとそんな事を言う。


 私はすぐに俯いた。

 きっと今は顔が赤面しているに違いない。

「?」

 祈凜さんは不思議がっているようだが意地でも見せるものかと思った。



 祈凜さんのアパートに着くなり、訳のわからぬジグザグとした道を案内された。

 一応整備されているが明らかに人気のない不思議な道だ。


「凄い道だね」

「うん、まさかこの先に店があるとは思えない雰囲気醸し出してるよね」


 確かに。

 本当にこの先に喫茶店があるのか少し心配になってきた。


「あ、見えたよ」

 そう言って祈凜さんが前方を指差す。

 その先には、半世紀くらい前の洋風な木造建築の建物があった。

 入り口の前には看板が立て掛けてあって、『Feliz banco幸せのベンチ』という店名と営業中とかいていた。


「なんか、あざとい感じのレトロ…だね」

 イメージしていたのとは良い意味で大分違った。

 それにしても中が気になる。


「びっくりするよね、ここ」

「うん」


 私が店の扉を開けようとする。

 軽く力をかければ開くかなと思ったのだがどうもビクともしなかった。


 あれ? おかしいな。

 かなり力を入れて押してみる。

 すると、普通に開いた。と同時に低い音のドアベルがチリチリと鳴った。

 なんというか、不思議なドアである。


「麻百合さんどうかした?」

「い、いやなんでもない」


 二人で店内に入る。

 中は期待を裏切らない感じだ。カウンター席が10席ほどあり、3つの窓の近くにそれぞれ4人くらいが座れるテーブルと椅子があり、いかにも喫茶店、なんともレトロな雰囲気といった感じ。ドラマやアニメの舞台にもなってそうな、そんな異空間のような場所。

 天井には3つの大きな白熱電灯が取り付けられていて、店内をちょっとオレンジっぽい色合いで照らしていた。


「いらっしゃい」

 カウンターの奥にある、厨房のようなところから40~50代くらいの気の良さそうな女性が出てくる。

 どうも他に人の気配はないので、この人がこの店の店長さんなんだろう。


「あら、珍しい学生さん?」


 私達の制服を見てそう言ってくる。

「あ、はいそうです」

「そう。あ、どうぞお好きなところに座って。メニューは各席に添えてあるので、何かあったら読んで下さいね」

 そう言って奥に戻っていく。


 その背中に向かって、

「あ、ありがとうございます」

 祈凜さんが声をかけた。


「で、席どこにする?」

 私が祈凜さんに聞く。

「じゃあ、カウンターに座ろっか」

「りょーかい」


 適当なカウンター席に座る。

「メニューどんなのあるんだろ?」

 そう聞かれてメニューを手にとってみる。

 コーヒーや紅茶といったものはもちろん、ほんの数種類だがお酒もあるようだ。


「えーと、なんだろこれ」

 私が呟くと、メニューが気になると祈凜さんが覗き込んでくる。

「なになに……シードル?」

「お酒かな?」

「多分」


 聞いたことがないお酒だからか、なんだか妙に気になった。

 よくメニューを見ると、ノンアルコールもあるみたいだ。


「飲んでみる?」

 私が尋ねると祈凜さんは首をふる。

「私は遠慮しとくかな、麻百合さん飲んでみたら?」

「分かった、飲んでみるね」


 店長さんを呼ぶために大きな声を挙げる。

「すみませーん、注文いいですか?」


「…はーい、大丈夫ですよ」

 ひょこりと店長さんが出てきて「何をご注文ですか?」と聞いてくる。

 私はシードルのノンアルコールを、祈凜さんはコーヒーとクッキーを頼んだ。


 店長さんが少々お待ち下さいと言い、また奥へ戻っていく。


「そう言えば、麻百合さん、この前にした約束覚えてる?」

「もちろん。恋愛相談するってやつだよね?」


 お泊まりした時にした約束だ。

 祈凜さんは私の恋愛話を聞きたいらしい。まさか自分が相手だなんて思ってないのだろう。


「じゃあ、ただ待ってるのもなんだし、恋愛相談する?」

 祈凜さんは楽しそうな顔で言った。


「…いいよ」

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