第14話 お泊まり④

「麻百合さんて、好きな人いるの?」


 祈凜さんからの純粋な質問だった。

「……いるよ…先に言っておくけど名前は言えないよ」

「あら、先に言わちゃった」

 当たり前だ。

 言える訳がない。


 私達はリビングに布団を引き、話し込んでいた。

「祈凜さんは、沙夜だもんね」

「う、うん」

「なんで?」

「えーと、その恥ずかしいな」

 祈凜さんが顔を赤らめる。


 照れてる……可愛い。


「カッコいいからかな?」

「どういうこと?」

 すると、さらに顔を真っ赤にした祈凜さんが両手で顔を覆ってしまった。

「も、もう許して」

 最初からそんなに攻めた質問はしていないような気もするが、祈凜さんにとってはそうではないのだろう。


「沙夜かぁ。もしも、沙夜に好きな人いたら祈凜さんはどうする?」

「え? うーん、どうもこうも、応援はするよ……嘘、無理かも私」

 また、両手で顔を覆ってしまった。

 

 さっきの沙夜とのことを思い出すと、どうしても罪悪感がある。また、ため息が出てしまった。

 

 落ち着いたのか、両手を顔から離す祈凜さん。

「もう、そろそろ寝ようか」

「そうだね」

 そう言って部屋の明かりを消して、祈凜さんは仰向けに、私は祈凜さんに背を向けて布団に寝転がった。


「麻百合さん、テスト終わった時くらいに恋愛相談にのるよ」

 急に祈凜さんが言ってくる。


 祈凜さんに恋愛相談しても、どうしようもないんだけどなぁ。かと言って、せっかくの申し出を無下にするわけにもいかない。

「……わかった。じゃあ、テスト終わったら聞いてね」

「うん!」

 嬉しそうな声が聞こえた。


 きっと、今もあの笑顔しているのかな。そうだといいな。


「おやすみなさい」

「おやすみ」



 寝れない。

 寝れる訳がない。


 毛布を頭から被る。

 真横には祈凜さんがいるのだ。

 当たり前だが、寝れない。

 こんな状況で寝ろという方が無理な話だ。


 時計はもう既に2時をまわっている。

 祈凜さんは気持ち良さそうにご就寝中だ。


「どうしよう」

 小声で呟く。



 祈凜さんと二人きりと分かってからというもの、とにかく、私の行動全てがぎこちなかった。


 皿洗いの手伝いをしようとして、包丁を洗っていたら指を切ったり。

 寝る前に少し勉強しようと言われて、わからないところを聞いている時、祈凜さんに見惚れていて話を聞いていなかったり。


「ホント、今日は調子狂ってばっかだなぁ…はぁ」


 流石に祈凜さんにはベッドで寝てもらおうと説得を試みたが、「私友達と一緒に寝たいな」の一言で撃沈。

 あぁ、沙夜はなんで帰ったの!


「すぅ…すぅ……」

 隣から健やかな寝息が聞こえる。

 私が後ろを向けばそこに顔があるんだろうが、流石に寝ているところを見る度胸もない。


「すぅ…すぅ……」

 やめてぇ…。


 なんだか、ムラムラする。

 私は正直、全くそういうことに疎いので何とも言えないが、これは何か自分でも危ないなぁと思う。


「すぅ…すぅ…」


「……」

 チラッと振り向くだけなら…。


 首を動かそうとするが、ギリギリ理性が勝って元に戻す。

 多分、見たら後戻りは出来なくなる。そんな気がしてならない。


 気を張っていても、

「すぅ…すぅ……」

 耳に寝息の音が入ってくる。

 少し泣きそうになってきた。

 寝るのってこんなに辛い作業だっただろうか。


「……音楽聞こう」

 そうすれば、この寝息も気にしなくてすむかもしれない。

 イヤホンを耳につけ、スマホの再生ボタンを押す。


「……」


 直ぐに、イヤホンを外した。

 かかった曲が椎名咲桜のバラードだったのだ。

「もう…やだ」


 仕方ないので、両手で耳をふさいで目を瞑った。



 当然、一睡もできるわけもなく翌朝を迎えた。


「おはよう、麻百合さん。あれ? どうしたの?」

「…ううん、なんでも…ないよ」

 正直もう帰りたい。

 ここにいると、体も心も休まらない。


 しかし、そんな思いとは裏腹に

「さ、勉強しよっか」

 今の私にとっては地獄の宣言だった。


「……………………うん」



「お疲れ様、麻百合さん明日は頑張ろうね」

「…うん、お疲れ様」

 自分で思うが、声に元気がない。


 結局あのあと夕方まで勉強した。


 辺りは真っ赤。綺麗な夕焼け空だ。


「駅までおくる?」

「いや、大丈夫だよ」

 そう言ってくれるのはありがたいが、今まであれだけ迷惑をかけてきたのに、さらに送っていって貰うなんてことできるはずがない。


「祈凜さんありがとうね」

「ううん、こちらこそ、楽しかった」

 玄関で、言葉をかわす。


「それじゃ、お邪魔しました」


「麻百合」


 ふいに、呼び捨てにされたような気がした。

 いや、気ではない。

 確かに呼ばれた。


 振り向くと祈凜さんはあの笑顔をしていた。

「……麻百合、約束忘れないでね!」


 心拍数があがるのがわかった。



 自然と顔がにやつく。

「…恋愛相談でしょ! 忘れないよ…祈凜」


 私は、アパートを出た。



 家につくなり、お母さんにただいまとも言わず自分の部屋に向かう。


 そして、ベッドに勢いよく飛び込んだ。


「お帰り! 麻百合?」

 お母さんの声が聞こえる。

 正直、答える気力なんてもうない。


 今思えば、色々あり過ぎたのだ。



 ピロン。

 あ、メッセージ…。

 そこには、

『麻百合のばーか』

 と、沙夜から送られてきていた。


 でも、沙夜に返すのめんどい…放っておこう。あ、でも勉強……まぁいいか。



 私は深い眠りに落ちた。


 そして、



 そして、テストの1日目の朝を迎えたのだった。

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