第13話 お泊まり③

「あ、戻ってきた!」

 アパートに戻り最初に聞いたのはその声だった。

 なんだか、祈凜さんの声を聞くと安心する。

 あんなことがあってすぐだから、気持ちの整理もまだできてないのだ。


「はい、カレーのルー」

 私の後に玄関に入ってきた沙夜が、買ってきたルーの素を差し出す。

「ありがとうございます」


 祈凜さんの笑顔をみて何も知らないっていいなぁと思ってしまう。


「じゃあ、作ってくるね」

 祈凜さんはそう言ってキッチンに戻っていった。


 私はリビングでカレーを待つ間、さっきのことを整理していた。



「私、付き合いたくなっちゃった」

「は?」

 私はポカンとした。

 正直もう何がなんだかわかったもんじゃない。


「ふふっ、麻百合の困った顔可愛い」

 う、ウザイ。

 ついつい、クラスメイトを見る視線で沙夜を見てしまう。

 ニコニコと笑ってる沙夜の顔を無性に殴りたくなってきた。


 すると、いきなり沙夜が真面目な顔になった。

「麻百合、テストの日私はベンチに行かないから」

 何故だろうか、沙夜は今まで一度もベンチに来なかった日なんてなかった。

 沙夜は例え、私が居なくてもベンチに行くのだ。

 その沙夜が来ない?

 あまりにも、予想外過ぎる展開にもう頭痛の症状がでてきた。


「あら? そろそろやめた方がいいかな? 戻ろ麻百合」



 あの後、沙夜がそう言ってアパートに戻って来て、今に至る。

 やっと、気持ちが落ち着いてきた。


 ホント、起きたことが全て唐突過ぎて、頭がどうにかなりそうだった。

 目の前に座っている沙夜を見る。

 沙夜は私の気なんて知らなそうに、呑気に鼻歌を歌っていた。

 本当に殴ろうかな。

 つい真面目に考えてしまう。


「カレー出来たよ」

 そこへ、祈凜さんの声が聞こえてきた。

 見れば、皿に盛り付けていた。


 気付いていなかったが部屋には美味しそうなカレーの匂いが充満していた。

 私はさっきのことでお腹も減っていたのか、その匂いを嗅ぐと、小さくぐぅとお腹がなった。


「はい、お待たせ」

 カレーが入った皿を祈凜さんが持ってきてくれる。

「ありがとう」

 全員に皿が行き渡ると、お昼とは違い、それぞれに食べ始めた。

 多分、昼に話してた「いただきます」と言うのが何か抵抗があったのかもしれない。


 いただきますを言わないことには何の違和感もなかったのだが、一つ気付いたことがあった。会話が始まらないと言うことだ。

 もしかしたら、いただきますは食事の会話を楽しむためのものなのかもしれない。


 そして、みんな黙ったまま食べ続けていると、祈凜さんが目で何か訴えてきた。

 多分、静か過ぎると言うことを言いたいんだろうがこればかりは、正直どうにもならない。

 なんとなく、頷いて返した。


「…」

 まだ、沈黙が続く。

 そろそろ辛くなってきた。

 なんだか、静かなのは静かでいいが、こういう気まずい感じとは違うのだ。

「ねぇ、祈凜はまだ私のこと好き?」


 カレーを吹き出しそうになる。

 いきなり何を言っているんだコイツは。

 さっきのことといい、今の質問といい、沙夜の思考が読めない。


「え、あ……はい」


 祈凜さんは、驚いた表情から顔を赤らめて返事をする。

「そう、じゃあ三角関係? だね」

 沙夜が笑顔で言った。

 ていうか、今すぐその顔面を殴りたくなってきた。


 祈凜さんにばれたらどうすんの!

 と、心の中で叫ぶ。

 幸いにも、祈凜さんは頬を赤らめてぽわぁっとしていたので聞いてないみたいだ。


 それから、また沈黙が訪れる。

「……」

 黙々と食べるだけではなんだかカレーも味気ない気がしてきた。


 そんな感じで結局、食べ終わるまで無言ままだった。



「私、帰るから」

 ご飯を食べ終わって片付けていると、座っていた沙夜が急に立ち上がってそう言った。

「え、なんでですか」

 なんでというか、多分、私といるのが気まずいのだ。

 自分であんなことしたくせに、逃げる気だ。


 祈凜さんの質問に明確には応えず、帰る準備を始める沙夜。


「ねぇ、祈凜、テストの日はベンチにくる?」

「あ、はい」

「そう…私その日は行かないから」

 全部準備が終わったのか部屋を出ていこうとする。


「ま、待っ……」

 祈凜さんは止めようとするが、時すでに遅し。

 玄関にはその姿はなかった。




 私は今部屋で神妙な顔の祈凜さんを眺めている。

 暗い空気にも関わらず、祈凜さん睫毛長いなぁとか、奥二重なんだとか思ってしまう自分が少し面白い。


 それにしても沙夜のことだが、本当に変だ。

 今まであんな態度は見たことなかった。

 でも、よく考えれば、祈凜さんを初めてベンチに連れて来たときから変だった。


 まさか、あの時から祈凜さんを好きなことがバレていたのだろうか。

「…さすがにないか」

「え?」

 思わず声に出してしまった。

「な、なんでもないよ祈凜さん」


 祈凜さんは私を見て何故か首をかしげたと思ったら、おもむろに立ち上がり私の真横に座った。

「……ね、麻百合さん。なんで沙夜さんは帰ったんだと思う?」

 何で…ね。

 流石に、沙夜がキスして気まずくなって帰ったなんて、口が避けても言えない。


「…多分、見たいテレビでもあったんじゃないかな」

 咄嗟に嘘をついた。

「そうなのかなぁ」

 ご納得行かないようである。

「ま、仕方ないか…少し残念だけど」

 祈凜さんはしゅんと寂しそうな顔をした。


 最近、私の中で祈凜さんの「地味」というイメージが薄れていっている気がする。

 そのせいか祈凜さんがどんな表情をしていても、誰よりも美人だと思ってしまうのだ。


 美人。


 さっきの沙夜の言葉を思いだした。

 ……もういいよ。

 思い出したくないと思えば思うだけ、さっきの光景が蘇る。

 視界が狭くなって胸が熱くなる感覚。

 そして、恍惚な表情の沙夜。


 本当にもういいのに…。


「麻百合さん? どうかした?」

「…えっ、ご、ごめん。何か言った?」

「いや、麻百合さんぼーっとしてたから」


 そうだった今、祈凜さんが隣にいるんだった。

「ごめんね、はははっ……ぁ」


 ……えーと、気付いちゃった。

 沙夜がいなくなり、今は私と祈凜さん二人きりだった。

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