第11話 お泊まり①

 ついに、祈凜さんの部屋に入る。もはや玄関から分かる祈凜さんの几帳面さ。

 まず私達はリビングに通された。


「へぇ、綺麗」

 沙夜がぼそっといった。

 それを聞いて、確かにと思い、失礼かなと感じながらも部屋を見回す。

 テレビやソファと言った物も揃っていて、それでいて綺麗に片付けられている。


「ホント、綺麗」

「…あ、ありがとうございます」

 私達が座っていると、お菓子を持ってリビングに祈凜さんがきた。

「あ、ごめん、なんか色々見ちゃって」

「いや、いいの。全然、気にしないで」


「さ、勉強しようか」

 そう言って祈凜さんは座り、勉強道具を机の上に並べた。

「そうだね」

 私も勉強道具を鞄から取り出す。


 だが、沙夜は一向に勉強道具を出そうとは、しなかった。

「何してるの沙夜」

「…いや……祈凜、一人暮らし?」

「あ、そうです」

 え、一人暮らし…。

 少し、驚いて口に出そうになった。


「親が転勤職なので、私はそんなに転校とかするわけにもいかず、一人暮らしなんです」

 あぁ、そう言うことか。

「なるほど、納得」

 沙夜が祈凜さんに向けて言った。

 それにしても歌手として活動しながら一人暮らししているとなると考えると、少し尊敬するぐらい凄いと思った。


「さあ、沙夜、勉強」

「はいはい」

 やっと沙夜が勉強道具を出して、勉強会が始まる。


 私と祈凜さんは数学、沙夜は英語だ。


 実を言うと、頭が良いのは祈凜さんだけではない。沙夜もかなり、いや凄く頭が良い。

 確か、学年で10位以内には入っているはずだ。

 つまり、頭が良い人達に挟まれて勉強している、と言うことになる。

 なんか気まずい。


 と言うか、どうやったらそんなに頭良くなるのだろうか、地頭が良いのか。


 問題を解いていくと、わからない所に差し掛かった。

 あれ? こんなの習ったっけ?

 もしかしたら、授業を受けていないところかもしれない。

 いくら、考えてもわからないので祈凜さんを見て、サインを送る。なんか馬鹿馬鹿しいような気もしたが、これで伝わったらいいななんて。


「ん? あ、わかんないとこあった?」

 思ったより普通に伝わったみたいだった。

「うん、ここ」

 自分の教科書を差し出す。


「あ、ここね。習ってないと分かりづらいとこだよね、えっと、この公式を使ってここに当てはめるの、やってみて」

 そう言って、教科書を戻してくる。

「うん……あ、ホントだ解けた」

 なるほど、こうやるのか。


「祈凜さんありがと」

「どういたしまして」

「…ごめん、ここも教えて」

「もちろん」

 祈凜さんは丁寧に教えてくれた。


 そして、しばらく緊張なんて忘れて勉強にばかり集中していた。





「一旦休憩にしよ」

 そう言い出したのは沙夜だった。

 確かに、時計を見てみるともう14時をまわっていて、お腹も減っていた。


「そう、ですね。休憩にしましょう」

 祈凜さんが立ち上がった。

「ちょっと遅いですが、お昼スパゲッティで良いですか」

「うん、何か手伝いするよ?」

「あ、大丈夫、座って待ってて」

 そう言ってキッチンに歩いて言った。



「麻百合ってアホだね」

「なに、いきなり失礼な」

 分かってるよそんなもん。

 しかし、頭のいい人にアホとか言われても正直、そこまで気にもならないのだが。

「何回、祈凜に教えてもらった?」

 言われてみて、何回だっかなと思い出す。

「うーん、十回以上?」


「多い」

「そう…だね」

 私としては嬉しいのだが、祈凜さんには迷惑になっていないだろうか。心配だ。


「沙夜は、英語苦手なの? ずっと英語しかしてなかったけど」

 私と祈凜さんは数学の他に理科をやっていたが、沙夜は英語しかしていなかった。


「まぁ、そうかもね。英語だけ毎回九十点台前半だから」

 それじゃあ、あとの教科は九十点後半を取ってるのか、途方もない話だなぁ。


「その、頭の良い沙夜さんに質問」

「なに?」

「国語の勉強方法教えて」

 正直、国語の勉強方法が未だにわからない。

 周りに聞いても「とにかく本を読む」とか「漢字を覚える」とかいうが、どれも結果には繋がっていない気がする。


「古文、現代文?」

「両方」

「古文は、暗記だね。節々に使われてる、特殊な使い方の言葉を覚えるだけ。現代文は…」

 途中で、止まる。

 考えているようだ。

「現代文は、とにかく読むだと私は思うよ」

「それ、みんな言うけど読んでもわかんないものはわかんないよ」

「…難しいね……。あぁ、読むって普通に読むんじゃ駄目なんだよ」

 言っている意味が良くわからない。


「読む時に、文章の意味を理解して読まないと」

「どういうこと?」

「うーん、これ以上は私の感覚だから何とも言えないし……どうせなら、書いてみたら? 文章」

急に自分の筆箱から取り出したペンをくるくると回し出す沙夜。


「書くって言ったって…何を?」

「例えば、これ」

 持っていたペンを私の目の前の置いた。

「ペンってものを文章で描写してみるとか。なんかテーマを持って文章を書けば自ずと人の書いた文章の意味がわかるんじゃない?」

「…それで国語の点数あがる?」

「さぁ? それは、麻百合しだい」

 なんとも無責任な話である。


「…文章で書いてみる、か」

 まぁ、試してみるのも悪くはない。



「お待たせしました」

 祈凜さんがスパゲッティの盛られた皿ををもって戻ってきた。


「あら、美味しそう」

 沙夜はずいぶんとお腹が減っていたのか、まじまじと皿を見つめていた。

「ごめんね、祈凜さん何も手伝えなくて」

「いいの、麻百合さん達はお客さんなんだから」


「はやく食べよ」

 沙夜は我慢の限界のようだ。

 にしてもその態度は図々し過ぎな気がする。


 祈凜さんはその様子をニコニコとみていて、不快な感じがしているわけではなさそうなので、別にいいか。


「じゃあ、食べましょうか」


「「いただきます」」

 スパゲッティを口に運ぶ。

「どうかな? 口に合わなかったらごめんね」


「……いや、普通に美味しいよ?」

 ホントに美味しい。

「うん、美味いね」

「そ、そうですか。言って貰えて嬉しいです」

 沙夜の言葉に照れたのか、祈凜さんは少し驚いた顔をした。


「そういえば、どうでもいいんだけど」

 また、沙夜が何か言い出した。

「食べる前のいただきますっていう?」

 言われてみると、普段は言わないかもしれない。

 沙夜もさっきは言ってなかった。


「私はいいますよ」

 と、祈凜さん。

 習慣付いてる人は言うのかな。


「なんかあれだよね。小学校の頃とかみんなでいただきますって言ってなかった?」

 あぁ、確かに。

「だね、多分私その時の癖で人いるときにいただきますって自然に言っちゃうかも」

 普段一人の時はいただきますなんて言ったとこない。


「私は、なんか昔からいただきますって言わないと落ち着かないんです。普通にご飯を食べる前のルーティーンですね」

 祈凜さんはきっとご両親がそうやって いたのだろう。子供は近くの大人を見て育つ。そう考えると、私の親も一人で食べる時は何も言わず、家族で食べる時は言っていたなぁ。


「なんか人それぞれで興味深いですね。沙夜さんは?」

「私は、小学校とかでなんかみんなで言うのにイラついて、言わなくなってから、いただきますって言った記憶がない」

 あぁ、沙夜の変人っぷりは小学校の頃もきちんと発揮されてたのか。


「ふふっ」

 祈凜さんがそれを聞いて笑った。

「むぅ、笑わないでよ」

「あ、ごめんなさい、ふふっ」

 何かそんなに楽しいのか、祈凜さんは食事中、終始顔がにやけていた。

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