第10話 家までの道のり

 私の住んでいる町の駅から二駅分。

 時間にして、約15分。

 現在時刻朝の九時半。私達、私と沙夜は少し遊びに行くには大きい荷物を持って、まったくきたこともない駅にいた。


「お泊まりね」

「お泊まりだよ」

 沙夜から話しかけてきた。

 だが、今の私は平常心ではないのだ。まともな言葉など返せず、ただ繰り返しただけのような返事をした。


「さ、行こ麻百合」

 沙夜が歩き出す。

 私はそれに何も考えないように意識しながらついて行くのだった。


 今、私達は祈凜さんの自宅へ向かっていた。

 自宅と言ってもアパートの一室らしいが。


 では何故、私「達」なのか。

 遡ること1日前。



「私も、祈凜の家に行くよ」

「…え、えぇ!」


 沙夜の唐突な発言に祈凜さんが少々パニックになってしまった。

 とりあえず、パニック状態の祈凜さんをなだめる。


 それにしても、私も驚いた。

 ついさっきまでスマホ見ていたのに、というか、聞いていたのか。

 でも、もしかしたら、私と祈凜さんが二人きりになってしまうというのがわかった上で行くと言っている可能性もある。

 少し自意識過剰だろうか?


 でも、沙夜がいてくれると助かるといえば助かる。祈凜さんと二人きりだと、恐らく私は平常心なんて保っていられないだろうから。

 少し残念でもあるが。


 そして祈凜さんが落ち着いて来ると、

「沙夜さんもくるんですか?」

 と恐る恐る沙夜に聞いた。

 そういえば、直接麻百合さんが沙夜に話しかけているのを初めて見たような気がする。


 祈凜さんは沙夜には敬語で喋るんだ。

 あまり、敬語で話されるのを好んではいない沙夜だが何も言わないところを見ると、祈凜さんに余程興味がないか、言うのがめんどくさいか、どちらかだろう。


「駄目?」

 沙夜はニコりと笑って甘えるような感じで聞く。

 ずるいと思った。

 私もやったことだが、好きな人にあんな頼まれ方をして、NOと言える人なんてまずいない。

「…い、いえ! 是非来てください!」

案の定、落ちた。


 沙夜はなんだか満足そうだ。

 祈凜さんは腕時計に視線を落としてはっとした顔をする。

「あ、もうすぐ電車の時間…」

「そうなの? じゃあ急いだ方がいいね」

「うん、あとでメッセージで明日のことおくるね! じゃあ」

「バイバイ」

 そう言って走っていく祈凜さんに手をふった。


 祈凜さんがいなくなった後、私は沙夜に話しかける。

「沙夜、どうして急にくるって言ったの?」

 単純に好奇心から質問する。

 私の自意識過剰なのか、そうでないのか。


「なに? 私にくるなっていってる?」

「別にそうは言ってないよ、シンプルに何でかなと思ったの」

「…と…に………から」


 ぼそぼそと沙夜が言った。が、聞こえなかった。

「ごめん、もう一回いって」

 すると、照れているのか沙夜は体をもじもじとさせながら喋った。

「祈凜と麻百合が二人っきりになるのが嫌…だっから」

 どうやら、私のは自意識過剰ではなかったようだった。



 ということで、今に至る。


 祈凜さんからのメッセージでは十時に来て欲しいとのことだったが、少し早くつくかもしれない。


 しかし、まだ祈凜さんのアパートについてすらいないのに緊張してきた。

 背中の汗も凄いことになっている。

 はぁ、こんなんじゃ私、中に入れてもらったらどうなっちゃうんだろ。


「ねぇ、麻百合なにしてるの?」


 沙夜が私を呼んできた。

 というか、ずいぶんと遠くから聞こえるような…。

 沙夜は三十メートルほど前にいた。


 私は緊張のあまり、立ち止まっていたようだった。

 すぐに、沙夜に駆け寄る。


「なにやってるの?」

「いや、別に」

 流石に祈凜さんの家に行くのに緊張してなんて恥ずかしくて言えない。それに言ったら私の気持ちなんて丸分かりだろう。


 沙夜は「そ」と呟いて歩きだした。

 私も、また立ち止まらないように、と緊張して震える手を押さえ付けて沙夜の隣に並んで歩きだした。


「…」

 歩いていると会話も特になく、変わる景色を眺める。

 なんだかこの感じも懐かしい気がしてきた。

 最近のベンチでは味わえない沈黙の心地良さだ。


 何故か、緊張も和らいできて、歩く足音にリズムを持たせることができるくらいには、リラックスできた。


「………麻百合、暇」

 唐突に、言い出す沙夜。

「しらん」

「なんか、面白い話して」

「ない」

 沙夜は「えー」と言って、頬を膨らませた。


「……麻百合って美人だよね」

「…何いきなり」

「いや、暇だったから誉めてみたの」

 この感じだ。

 いつものベンチ、沙夜が突拍子も無いことを言っては私があしらう。


「沙夜にそんなこと言われても、嫌みにしか聞こえない」

「いやいや事実だよ、沙夜はホントに美人」

「はいはい、ありがと」

 この調子で 祈凜さんにも話せば良いのにと思うが、それはそれで無理なことかなとも思った。


 沙夜は私を好き。

 だから、こんなことを言っては、楽しそうに笑うのだ。

 思い出してみても、祈凜さんの前で沙夜のこんな表情は見られないだろう。それだけ私は沙夜に心を許されていて、祈凜さんにはそうではないということだ。



「麻百合、もうすぐだよ」

「はぁ、言わなくてもわかってる」

 沙夜の言葉で、また緊張が戻ってきた。

 お泊まり…。


 祈凜さんからしてみればただ友達が泊まりにくる程度の認識だろうが…。それも違うか。

 沙夜がいるから。

 祈凜さんは祈凜さんで沙夜がくるのに凄い緊張してるだろうな。


 つまり、この感覚がわからないのは、沙夜だけなわけである。

 無神経というか、なんというか、人の気持ちに全く興味がない人物だから仕方がないんだが。


「ついちゃった」

 そうこうしている間にアパートの前だ。

「何号室?」

「…205」

 メッセージに送られてきた、アパートの番号を読み上げる。

「行くよ」

 そう言ってスタスタと階段を上がっていく沙夜。


 部屋の前に来て、インターホンを押す。


 カチャリ。

「あ、いらっしゃい」

 そして、ドアからは祈凜さんが出てきた。

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