第8話 三人でベンチ

 祈凜さんと出掛けた翌日。

 私は普段と同じように登校していた。

 秋もそろそろ終わり、もうすぐ冬に差し掛かる。

 それにしても、寒い。


「麻百合~」


 身を縮み込ませながら歩いていると後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くと美月がいた。


「あぁ美月、おはよう」

「おはようぅ」


 美月は朝からハイテンションだ。

 美月がいるからには、仮面を被らなければ…

 はぁ、てかなんで美月はいるのだろうか。

「あれ? 美月部活は?」

「ん? あぁ、テスト週間だからね」

「あ、そういうことね」


 そうか、テストか。

 めんどくさいなぁ。


「あのさー、麻百合」

「なに?」

 美月を見ると、先ほどまでの元気そうな姿とは打って変わり、なんだか深刻そうな顔をしている。


「昨日……いや、なんでもないや」

 なんなんだろう。

 そう言われると人間気になるものだ。まぁ、どうせこのアホのことだからどうでもいいことだと思うけど。


「そう」

 とりあえず、返事をしておく。

 余程重要なことならそのうち話してくるだろう。


 それにしても、今日は寒い。

「美月寒い。早くいこ」


「ん? そうかな?」


 はぁ?

 こんなに寒いのに…。

 よく見ると、美月は制服スカートの下に何も穿いていなかった。生足だ。

 コイツ、頭だけじゃなく神経もどうかしてるんじゃないだろうか。

 ちなみに、私はタイツを穿いている。


「そんなに寒いなら、少し早く歩こう!」

 美月がそう言って歩くペースをあげたので私もそれに合わせた。


 それにしても、美月の隣にいると中学の頃を思い出すなぁ。





 その日の放課後。

 いつものベンチに向かおうと教室をでた。


「麻百合、待って」

 私を呼んだのは、また美月だった。


「なに?」


 しかし、今の美月には違和感がある。

 朝のように、深刻そうな顔をしているのだ。


「少し話がしたいの。いい?」

 正直めんどくさい。断ってさっさとベンチに行きたい。しかし、朝からこの調子の美月が気になるのも確かだ。

「わかった。どこ?」

「ついてきて」


 美月が歩き出したので、その背中を追う。


「…」

 やはり、いつもとは違う。

 いつもであれば、美月が鬱陶しく話かけてくるのだ。



「…ついたよ」


 連れてこられたのは屋上の入り口前の階段だ。屋上の入り口には鍵がかかっているのでもちろん入ることはできない。


「で、なに」

 これだけ違和感を感じているのに、どうせ下らないことだろうと思う自分がいる。


「うん……昨日見ちゃったんだけど………」



「え?」





 私は急いでベンチに向かっていた。


 美月と話込んでしまってすでに30分は経っていた。


 美月のことが気になったいて忘れていたのだが、今日祈凜さんがベンチにくるのだった。

 沙夜には事情を説明してないので心配である。


 外に出てベンチのある校舎の角を目指す。

 外には部活動の生徒や、だらだらと喋っていたのか今から家に帰る生徒もいるようだ。


 急ぐと早いもので、目的の場所まではもうすぐそこまで来ていた。

 そして、角をまがると。


 気まずそうにベンチの端に座る祈凜さんと、立ってうろうろと動く沙夜がいた。


 そして二人ともに私をみると同時に声を上げた。

「「麻百合(さん)!」」

 急いで来て良かった。


 沙夜が真っ先に私の元へ駆けてくる。

「どうして幌萌さんがここにいるの?」

 そして小声で聞いてきた。


「ごめん、説明してなかった。祈凜さんが来ても良い? って聞いてきたから、いいよ言ったの」

 そう言うと沙夜は凄く嫌そうな顔をした。


「なんで、私に許可も取らず返事返すの?」

 沙夜がこんなに機嫌を悪くするとは思わなかった。

 珍しいなぁ。

「じゃあ今さらだけど、駄目?」

 これ以上怒らせるのも不味いしさっさと機嫌をとろうと思い、上目遣いで頼んでみた。


「う、」

 沙夜は戸惑っているようだ。

「う?」


「……ずるい」

 ぼそっと呟いたのが聞こえた。


「はいはい、じゃあ許してくれる?」

 私が言うと、ぷくぅと頬を膨らませていかにも、不満があるぞ! という顔でみてくる。

「……むぅ、断れないのわかってるクセに、意地悪っ!」


「そ、ありがと」

 私は祈凜さんの元へ行く。沙夜は私の背中に隠れながら祈凜さんを観察していた。


「ま、麻百合さん! 聞いてないです! …その……」

 私が近づくと祈凜さんは勢いよく近づいてきて強めに言ってきたのだが、だんだん弱々しくなっていった。

 私の後ろの沙夜を気にしているのだろう。

 少し妬いてしまう。


「ごめんね、気まずかったよね」

 祈凜さんは「は、はい」と小さく呟いた。


「とりあえず、お互いのことは知ってるんだよね?」

「…私は幌萌さんのことあまり知らないよ」

 後ろで私にギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で沙夜が言う。

 祈凜さんは緊張しているのか、後ろの沙夜が気になるのか、私の言葉を聞いていなかったようだ。


「……」

 祈凜さんはじっと背後の私の様子伺っている。途中で沙夜がチラッと顔をを出すと身体をピクッとさせるのが、何か小動物みたいで可愛い。


 でも、少しこの二人に挟まれているのがイライラしてきた。

 さっきの美月の件といい、この二人といい、人間関係がホントに面倒くさく感じる。


 とりあえず、私の後ろでもぞもぞとしている沙夜を無理矢理、幌萌さんの前にだす。

「はい、沙夜。この人は祈凜さん。知らないって言ってたけど、少しは興味もちなさいよ」


「む………はぁ、わかったよ。その、えーと幌萌さん? ……この前のことは忘れてとは言わないけど、これから仲良くしましょ」

 うん。

 沙夜にしては上出来だ。


 そして、祈凜さんだが。

「…は、はい!」

 沙夜に話しかけられて嬉しかったのか、凄い笑顔で返事をした。

 あの笑顔だ。

 私以外の人にみられてしまったのが少しショックだったが、沙夜だからまぁいいかなと思う。


 沙夜はその笑顔をみて目をパチリパチリと瞬きしていた。

 沙夜自身も地味な印象の祈凜さんの変わりように驚いているみたいだ。


「さ、ベンチに座ろ」


 私の声を聞いて三人で腰掛けた。

 順番は右から沙夜、私、祈凜さんだ。三人で座るとかなり狭く感じる

 ベンチに座ろうと言ったのは私ではあるが、特に話すことはない。そして必然的に沈黙が生まれた。

 いつもの私なら逆にそれが好ましいと感じるのだが今日はそう感じることはない。理由は明白、祈凜さんだ。

 祈凜さんといると落ち着かないのだ。


「ねぇ」

 沈黙を破ったのは以外にも沙夜だ。


「さっきから気になってたんだけど、二人は互いに名前呼びでしょ?」


「うん、そうだよ」

「は、はい」

 私は素っ気なく、祈凜さんは震えた声で応えた。

 祈凜さんはこの状況にまだ緊張しているようだ。


「そう……じゃ、幌萌さん私も名前でいいよ、その代わり私も祈凜って呼ぶから」

 この発言はなんだか沙夜らしくない。今まで私にどう言われても興味ないものは興味ないで突き通してたのに。

 もしかしたら、私が名前で呼んでることに何か感じたのかもしれない。

 ジェラシったかと内心呟いておく。


「え、えと」

 沙夜に言われた祈凜さんはというと、おどおどとしていた。

「…あ、えと、その……はい。さ、沙夜さん」

 名前を呼ばれた沙夜は、満足そうだ。


 ふむ、やっぱ沙夜って子供っぽいなぁ。

 そんな風に思いながら座っていると、唐突に寒気が襲ってきた。


 忘れていたが、今日はなんだか寒いのだ。

「さ、寒くない?」

 寒さで声が震えてしまった。


「そうでもないよ。ね、祈凜」

 何を言ってるの? という感じで沙夜が私に言ってくる。

「はい、今日は普通の気温だとおもいますよ」

 あれ? 私がおかしいのかな。

「じゃあ、凄く寒いのは私だけ?」

 でも、今も寒いのは確かだ。


 沙夜が何か考える素振りをして。

「風邪?」

 と言った。


「たしかに、顔が赤いような…」

 そう言って、祈凜さんが顔を覗き込んでくる。

 というか、そんなことをされると風邪を引いていなくても顔が赤くなってしまう。


「どれどれ」

 沙夜が何故か楽しそうにニヤニヤしながら私のおでこに手を当てた。

 すると、急に真面目な顔になる。


「ホントに風邪引いてんじゃん」


「え? …本当に?」

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