第5話 椎名咲桜
私がそう尋ねると祈凜さんは、信じられないといった表情をした。
「...」
「...」
互いの間で沈黙が続く。
正直、聞くべきではなかったのだと思う。
でも、もしかしたら、この地味で何の特徴もないような少女が自分の大切な人かもしれない。そう思うと聞かずにはいられなかった。
祈凜さんは何も言わず私を見つめている。
こうして改めて祈凜さんの顔を見ると、本当によく整った顔だと思う。
そして、やはり地味だ。
顔だけならば、沙夜にだって負けず劣らずなのに、何故だろうか。
唐突に祈凜さんが口を開いた。
「...ファン...なんだね」
この言葉に、やはりと思った。
祈凜さんが椎名咲桜だったのだ。
「うん、椎名咲桜のファンだよ」
そう私が応えるとさっきまでの張りつめた空気が一気に和らいだ。
それと同時に、私の胸の鼓動も高鳴り始めたのがわかった。
「バレた…か。あぁ、どうしよう」
事務所で顔を出さないように売っている以上、バレるのはタブーなのだろう。
祈凜さんは頭を抱えた。
「…マネージャーさんには…言わないと…どうしよう」
ずいぶんと焦っているようだ。
かくいう私もだんだん鼓動がはやくなっていって、どう言葉にすればいいのか焦っている。
「……その、麻百合さん?」
「は、はい!」
なんだか、変に声が上ずってしまった。
その声を聞いた祈凜さんはきょとんとした後、何か面白かったのか笑いだした。
私はその笑っている姿をみて、ドキリとした。
全然違っていたから。
さっきまで思っていた祈凜さんに対する地味なイメージとは違う、華やかしくて、キラキラとしていて、まるで、別人のようだった。
「あ……ご、ごめんね」
笑い終わると急にまた地味なイメージに戻った。
「ううん、全然気にしないで。で、さっき何を言おうとしてたの?」
そう聞くと、祈凜さんは何か言いずらそうな顔で口を開いた。
「えっと、麻百合さんにはその、私が歌手であること秘密にしてほしいの。わかってると思うけど…私顔をかくしているから…」
「…もちろんそうするよ」
「そう、ありがとう!」
また、あの笑顔だ。
どうしても、イメージと重ならないその笑顔は私だけが感じているのだろうか。
「でも、びっくりだよ、あの咲桜さんが祈凜さんだったなんて」
本当にびっくりした。
まさかとは思っていたが…本当にそうだとは。
「私も、まさかバレるとは思わなかったよ、麻百合さん凄いね」
祈凜さんはさっきから変わらず笑顔だ。
何だか、こっちのイメージの祈凜さんは素な感じだ。
もしかしたら、わざと地味なイメージを持たせているのか……そんなわけないか。
「麻百合さん?」
「ん? あぁごめん。…祈凜さんは、地味って言われない?」
すると、祈凜さんは「あぁ、」と言って。
「普段の日常生活とかでは良く言われるよ……えと、仕事ではあまり言われないかも…」
無意識にそういう雰囲気を出しているのか、でも、どちらの祈凜さんにもドキドキしている私がいた。
しばらく祈凜さんと話していると、日も落ち、時計の針はちょうど6時を指していた。
「麻百合さん、もっと話したいけどそろそろ電車の時間で…」
「あ、祈凜さんは電車通学なんだね」
祈凜さんにはたくさん聞きたいことがあって、もっと知りたくて、もっと触れあっていきたい。そう思った。
祈凜さんは帰る準備を始める。私も自分の荷物をまとめる。
「それじゃあ…帰るね」
「……うん」
正直まだ話したかった。
好きな人……との時間はとても楽しかった。
でも、このままだと、もう話せないかもしれない。そんな気がしてならなかった。
「…あの」
祈凜さんの背中に声をかける。
祈凜さんは止まってからゆっくりと後ろを向いた。
「...連絡先交換しよ?」
祈凜さんは驚いた顔をする。
「え……?あ、うん」
「あ、時間ないのにごめん。これ、メッセージのID」
IDを書いたメモを手渡す。
「じゃあ…またね?」
「う、ん。また」
最後はお互いにぎこちない挨拶だ。
祈凜さんの後ろ姿を見送った後、私もカバンを手に歩き出した。
ふと、思い出す。
祈凜さんが好きな相手が沙夜だということを。
状況を整理してみると、私は祈凜さんが好き、祈凜さんは沙夜が好き、そして沙夜は私が好き。
ほう……。
「三角…関係?」
◇
その日の夜、祈凜さんから初のメッセージが送られてきた。
『今週の日曜日、事務所でマネージャーにあって欲しいの』
は?
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