第3話 幌萌祈凜
私の嫌いな言葉は「努力」だ。
みんながみんな「努力することは平等だ」と言う。
実際、努力することなんて簡単なことだ。でも、それは平等なんかじゃない。
努力するってことも才能の一つだ。
私は努力できない。私なりの努力はできるけど、みんなが言う努力なんてできない。才能がない。
努力できる才能はもしかしたら、人間の八割は持っているのかもしれない。
努力しないのを肯定してるじゃなく、実際にそういう人がいるのだ。
そして、私自身もその一人である。
私には好きな人がいない。
でも、私は恋をしているかもしれない。
その人は歌手だ。
会ったことはない、顔が分からない、綺麗な声の女性だ。顔を公開しておらず、メディアの露出も少ない。
もちろんライブにも行ったことがある。
CDも寝る前に聞くし、スマホの着信音もその歌手の曲のものだ。
そして、あの人の曲を聞くといつも思う。
私と同じで努力の才能がない人だと。
あの人の声は天性のものだろう。確証はないけど、彼女の歌う曲も歌詞も全てが、彼女は才能だけで歌手をしているのだと肯定しているかのようだった。
私はそんな彼女の歌が好きだった。
私は多分、そんな彼女に恋愛感情を抱いていた。恋をしていた。
本名も知らない、顔も知らない、性格も知らない、年齢も知らない。
そんな彼女が、
◇
「ねぇ聞いてよ麻百合~」
午前9時の教室。
相変わらず、気持ち悪い場所である。
「なに、美月?」
何か困ったような顔で話しかけてくる美月。美月は中学のときから何かあれば必ず私に話してくる。表向きの私は相談相手として結構相談されることが多々ある。
はぁ、気持ち悪い。言葉にはしないが常にこう考えてしまう私自身に嫌気がさしてくる。
「それがね!」
私が聞く意思表示をした瞬間にこれだ。分かりやすいが美月は感情の起伏が激しい。まぁ、少し頭が悪いのでその感情の起伏が分かり、扱いやすくもある。
「私、見ちゃったの!」
「…なにを?」
「幌萌っていたでしょ? あの、佐伯先輩に告白したヤツ! アイツね、放課後に部活棟で歌ってたの一人で! キモくない?」
キモいのはお前だよ。
沙夜に告白したヤツがね…。頭メルヘンにでもなったのかな。どうでもいいけど。
「確かにキモいね。それで?」
朝から美月のテンションに付き合うと胃が痛くなってきて、少しキツめに当たってしまう。
「う、うん、それでね……」
何故か急にモジモジしだす美月。
見た目中途半端に可愛いだけ少し周りの男子の視線を感じるのがうざい。
「…うまかったの。幌萌の歌」
「…そ、そう」
なにか知らないが、とろんとした目で窓を見つめる美月に違和感を感じた。
◇
「聞いた麻百合?」
午後4時30分、校舎裏のいつものベンチ。
今日の天気は曇りで、秋も中頃の今は少し肌寒い。
「…なにを?」
なんだか楽しそうに話しかけてきた沙夜に対して、私はなにかデジャブを感じた。
「なにその顔、つまんなそうだね。まぁ、いいや。この前私に告白してきた幌萌さんっていたでしょ?」
私はその名前を聞いた瞬間、ため息がでた。
何かな、私。幌萌になんて会ったことないのに……はぁ。
何かしらの縁でもあるのだろうか。
「はいはい、それで」
適当に聞き流そうと決める。
「それがね、今日その幌萌さんが私にまた話しかけて来たの」
へぇ、フラれた相手にまた話しかけるんだ。肝が座ってるというか、しつこいというか。
「でね、私に歌を聞いて欲しいんだって」
頭にはてなマークが浮かぶ。
「え? じゃあ、なんで今、沙夜はここにいるの?」
その言葉を聞いて沙夜がハハハと笑う。
「そんなの決まってるじゃん。すっぽかしなんだよ!」
コイツ最低だった。
まぁ、紛いなりにも友達である唯達のことを気持ち悪いって思ってる私も大概だけど。
というか、私はやったよ。と悪戯を成功させた子供のような顔で私を見てくるのをやめて欲しい。
「沙夜って子供だよね」
「そりゃ、生きてる人はみんな誰かの子供だね」
そういうことじゃないっての。
「はぁ……今度会ったら謝んなよ? きっと落ち込んでるよ幌萌さん」
どんな人か知らないけど。
これまた子供のように、「えー」と声をあげて嫌そうな顔をする。
なんだか、沙夜と半年一緒にいると恋愛感情より母性が出てきそうだ。
「まぁ、いいや」
私が呟くとうんうんと沙夜が頷いた。
「あ」
しばらくお互いに黙ってると沙夜がいきなり声をあげた。
「ごめん、今日見たいお笑い番組あったのに録画してなかった」
沙夜は性格が少しというか、かなり変わっていて、そして趣味も変わっている。
お笑いの番組の司会の人が好きらしい。特に誰がとかそういうのは関係なく、司会をやってる人を見てるのが趣味とのことだ。決してお笑いは好きではないらしい。
「そ、じゃあ、また明日だね」
「うん。また明日」
そう言って沙夜は急いで帰って行った。
このベンチも一人でいると広く感じる。
くぅっと手を上にして背中を伸ばし、大きく息を吐いたのだった。
最近、腰やら背中辺りが痛くなるのは気のせいだろうか。
「……ストレスでもたまったかな」
5分ほどして体が冷えてきた。
寒いからさっさと帰ろ。
沙夜も私も何か忘れ物していないか、軽く確認する。
余談だが、いつもは二人で忘れ物を見つけ合ったりする。
今思うと、なんだか私も子供っぽいことしてるな。
「…よし、何もない。帰ろっと」
と、思ったらベンチの後ろに何か落ちていた。
あ、沙夜の髪ゴム。
沙夜はよく、長い髪が邪魔な時のために髪ゴムを持ち歩いている。
この髪ゴムは小さい頃、おばあちゃんが買ってくれたんだとかで大切にしていたのを思い出した。
はぁ、こんな大切なものを。沙夜はホントになにをしてるんだか。
髪ゴムポケットに入れて、今度こそ帰ろうとしたその時。
スタ。
誰かの足音が聞こえた。
え、誰?
ここは私の、私達の大切な場所だ。誰かに見つかったのだろうか。
少し、焦ったような気持ちになる。
足音はどんどん近づいてくる。
背中に嫌な汗が滲む。
スタ、スタ。
心臓の音がこんなにも聞こえるものだろうか。
スタ、スタ、スタ。
呼吸もだんだん荒くなってきたような気がする。
スタ、スタッ。
足音がすぐ近くで止まった。ちょうどすぐそこの角のところだ。
誰、なの?
「…佐伯先輩、いらっしゃいますか?」
聞いたことのない女の子の声だった。
「多分、いらっしゃいます…よね? すみません、いきなり。部活棟で待ってたらここが見えたもので」
待っていた。今そこにいる彼女はそう言った。つまり、沙夜が待たせていたということだ。
「ほ、
やっぱり。
だが沙夜はもう帰ってしまったのに、どうしよう。
「い、いいんです。私フラれても。女性同士なんて考えた私がどうかしてるんです」
なんだか、人の気持ちを踏みにじるような感じがして罪悪感を覚えた。
「歌だけは聞いて欲しいんです。私の唯一の特技でもあるから。で、でも、私きっと泣いちゃうと思うんでここから聞いて頂いてもいいですか?」
流石にこれはまずい。
沙夜のために歌うのに沙夜がいないなんて。
というか、私なんかがこんなに一生懸命な人の邪魔するなんて。
でも。聞きたい。
聞いてみたい。
ここまで、沙夜を想ってる人の歌。
唯一の特技だっていう歌。
あの、美月がうまいって言ってた歌。
私は聞いてみたい。
「……う、歌います。耳障りでしたら途中で止めて頂いても構わないので」
と、止めないと。早く。
「じゃ、じゃあいきます」
早く!
「…ふぅ」
でも、聞きたいんだ。
「~~~~♪」
え?
「~~~~♪」
どういう……こと?
「~~~~♪」
この声は……まさか。
私は駆け出していた。
まさか、まさか!
「~~~~♪」
すぐそこに……あの人が!
目の前にあった、曲がり角を曲がる。
「~~~~♪」
そこには……。
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