第2話 クラスのウジ虫

「私、麻百合のこと好きだし」


 そう。沙夜の恋愛対象は私だ。

 ちょうど、今から一月ほど前だろうか。突然好きだと言われたのを覚えている。場所はこのベンチで、確か私が告白されてうざったるかったことを言った時に、思ったよりあっさりと口を動かして。


 好きな理由は教えてくれないし、付き合ってとも言われてない。ただ、好きだとしか言われてないのだ。


 私には沙夜が何をしたいのか、何をして欲しいのかは分からないが、恋愛感情を持たれていることだけは分かる。


「はいはい。なら、変なことはしないでね」


「あ、子供相手みたいに言わないでよぉ。一応先輩なんだよ? 私」


 なら、先輩らしいことしてくれたことあるのかと言ってやりたいが、めんどくさいので無視しておく。

 むっとした顔で睨んでこられても別にどうも思わないよ。


 ふと、今日の朝、クラスの気持ちの悪い女どもが話していたことを思いだした。


「ねぇ、沙夜」

 すかさず、沙夜が反応する。

「沙夜さん、ね」


「そんなことどうでもいいの。それより、沙夜って一年生の女の子に告白されたって本当?」


 沙夜は一瞬顔をしかませて考えるような仕草をして、思い出したのか「あぁ」と呟いた。


「幌萌さんのことね」


「……やっぱ、されてんだ告白」


 私がそういうと、沙夜は少し困ったような顔をして、何を思ったかその場に勢いよく立ち上がった。


 その行動に一瞬驚いたが、沙夜が変な行動をとるのは今にはじまったことではないので、またかと思う。


「ついに……ジェラシったか!」


 私の方を向いていきなり叫んできた。

 体がビクッとしたが、これまた、いつもの沙夜の変な行動なので気にしないでおこうと思ったが、私が脅かされたのが癪なので黙って、沙夜を睨んでやる。


「………」


「………」


 そうすると、落ち着いたのか沙夜がベンチに腰かけた。


「………なんで睨んでんの?」


 イラッとした。

 自分がやっといてなんだが、沙夜が何も感じないのが無性に腹立たしい。


「なんで、沙・夜・さ・んなんかがそんなにモテるか不思議だなぁって思ってただけです」


 出来る限りの皮肉を言ってやった。

 沙夜がキョトンとしてたが、放っておいて、私はベンチをあとにした。



「んー…はっ」

 体を大きく反らして、腕を伸ばす。


 学校での昼休み。

 私は教室で、三人のクラスメイトと共に弁当を食べていた。


「どうしたの麻百合? 腰でも痛めた?」


 私にそう言ってきた彼女は、江見唯えみゆい

 ゆるりとしたパーマの黒髪で、沙夜には劣るがそこそこ整った顔立ちに、つけまつげやら、口紅やらを着けてる、今どきJKだ。


 何が今どきだって感じだが、仕方ない。そうやって世間様が言ってるんだから。


「んー別に。ちょっと疲れただけ」


 お前らと付き合うのはちょっとどころじゃなく疲れるけどね。


「ははは! 麻百合もうそれ、ばあちゃんじゃん!」


 楽しそうに笑っているのは、中嶋美月なかしまみつき

 スポーツが得意で、部活はバスケットボール部に入っている。

 ベリーショートでボーイッシュな印象だ。世間一般だと可愛い方だと思うが沙夜とは……いや、沙夜と比べるのはもうやめよう。


「そういう、美月もいつも体痛いとか、疲れたとか言ってんじゃん」


 冷淡な印象を受ける声の主は、新見花音にいみかのん

 口数が少なく無表情で普段から何を考えているのかよく分からない、ポニーテールがよく似合う、可愛いというよりは美人だ。

 だが……。いや、だから比べるのはやめておこう。


「違うし! 私は部活とかで体動かすからだし!」


「はいはい。そうでしたね」


 美月と花音は、仲が悪いわけではないが、よく言い合いになることが多い。


「二人とも、熱くなりすぎだよ?」


 そういう時に止めるのが唯だ。

 そして、私は決まって作り笑いだ。


「「ご、ごめん」」


 唯と花音は小学校からの幼なじみで、私と美月は同じ中学校だ。このうざったい関係が築かれたのは、高校に入ってすぐに唯が私に話しかけてきた時だ。もともと中学で同じグループにいた美月が唯と気があった様で、私も唯達と付き合うようになったのだ。


「どうしたの麻百合? ボーッとして?」


 私が笑顔でフリーズしていると、なにか不気味な物を見るように三人が見てきた。


「…あぁ! ごめん、ぼーっとしてた」


 流石に心の内を言うわけにもいかない。そう言って乗り切ろうとするが、少し焦ったりしていたりする。


「麻百合ってたまにそういうのあるよね…大丈夫?」

 唯が心配したような顔を向けてくるが、別にどうもしてないのになぁとか思いつつ、大丈夫と返事をしておく。


 まぁそんなこんなで、いつものつまらない昼休みは終わっていくのだ。





 放課後、私はいつものベンチに来ていた。

もちろん、沙夜も一緒だ。


 今日は一段と夕陽の綺麗な日だった。

 太陽が沈む逆だからこそ、赤く焼けた空と夜空の境目がはっきり見えるのだ。


「綺麗だなぁ」


 思わず口にでた。

 それに反応したのか、ついさっきまで黙っていた沙夜が口を開いた。


「…麻百合さぁ、付き合うってどう思う?」


 いつになく真剣な表情で沙夜が聞いてきた。

 なんだか、らしくない感じだ。

「どうって、そりゃ好き同士が一緒になることじゃない? それに、ああいうこと…したり」

 ふと、もし沙夜とそういう関係になったらのことを想像してしまった。というか、私自身そういうことを想像してしまうあたり、案外脈ありなのかも。


 沙夜はふーんと鼻を鳴らす。


「私はね、付き合うのは勘弁かな」

「…なんで?」

「だってさぁ、麻百合のこと好きだけどさ……ごめん何でもない」


 沙夜が、しゃべりかけていきなりうつむいてしまった。


「どうしたの? …ま、いっか」

「う、うん」

 頬を赤らめて頷く沙夜を少し可愛いと思ってしまったのは私だけの秘密だ。


 もしこのまま、沙夜が私を好きでい続けるなら私はもしかしたら、沙夜が好きになるかもしれない。というか沙夜のことが好きなのではないかとすら思えてきた。


「……麻百合」


 まだ頬を赤らめたままの沙夜が私の名前を呼んだ。


「なに?」


「麻百合は……好きな人がいたら付き合いたい?」


 ドキリとして、その後、自分の心臓の音がバクバクと聞こえる。


 好きな人。

 私には好きな人がいない。

 だか、恋ができないわけではない。

 むしろ、恋をしたい。私だって漫画みたい恋をしてみたいと思ったりするのだ。


 気持ちというものは大抵、責任を伴わない。自分が頭のなかでどうしたいこうしたいと考えることには責任なんてものはない。だから恋をするのは自由だ。


 でも、付き合いたいかは別だ。私も正直にいうと、沙夜と同じように、付き合うなんてまっぴらごめんである。


 沙夜もきっと同じ事を言うと思うが、要は責任だ。好きという気持ちには責任がないが、付き合うことには責任が発生する。しかも、それは自分だけではない。相手にも、だ。


 責任っていうのは、相手がいて何かがおこったときに発生するものだ。

 だから、一人で想ってる分には責任はない。でも、付き合ったらその時点で自分と相手とで責任を負わなきゃならないのだ。


「付き合いたくないよ」


 人は責任から逃れられることなんてできない。なら、負う必要のない責任を自ら受け入れる必要性なんてない。それが分かってるから、沙夜は私に付き合おうとは言わない。沙夜自身よため、そして私のために。


「…そ。私達って似てるのね」

 気づくと沙夜は顔を赤らめてなどいなく、ただ空を見ていた。


「似てる……かな?」


 確かに似てる部分はあるかもしれない。けど、私と沙夜は...まぁいいか。


「ねぇ、うちのクラスのウジ虫の話聞いてよ───」



 もう、責任から逃れたいなんて言葉はもう浮かんで来ない。

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