第8話(8)事後報告


 男の持つ鞘の中で 剣が遊んでいる。

 魔剣は どうか知らないが、彼が知る限り、刀剣は鍛冶士の手打ちで造られる。さっきまで抜き身で持っていた剣は、元から使っていた剣のために造られた鞘には適合していない。

 あの剣は、身長2メートルに達する男が、自分に合わせて造らせたモノだ。一般的な兵士が標準装備している剣とは、大きさも重さも かなり違う。特注品だったのだ。

 彼が今 持っている剣は、一般的なサイズのモノらしい。


 ――重さは、確かに軽い方が使い易くて良いのだが、もう少し長さが欲しい。あの 不気味な魔剣の形状を望もうとは思わないが、ああ言う 片刃の剣も扱い易いかも知れない。

 どうも思考が纏まらない、この剣用の鞘を貰っておくべきだったな。


 男はサイズの合っていない剣を鞘から抜き、川原の 僅かに覗く地面に突き刺した。鞘も剣帯ごと外し、服を脱ぎ川に入る。

 さすがにとは言え まだ早い季節だ。水温は低いが、(知覚阻害効果も切れて来ている事もあり)緊張から開放されて それも気持ち良いと感じていた。


 石のように硬い石鹸で頭を洗い、体を洗って収納袋から出した服に着替える。同じ石鹸で さっきまで着ていた服を洗ってソレに収める。これで放っておいても乾くのである。


 この石鹸は不活性スライムを希釈して(もちろん魔法で)造られており、人体から造られる成分なら 何でも(今の場合 皮脂、血液や汗などを)分解する性質がある。

 本来 平民が使うモノだ。王・公・貴族は 魔法が絡んだ、こういったモノは使わない。


 地面に刺していた剣を抜き取った時、少し違和感を感じたが、そのまま鞘に収めて、戦闘が行われた場所に戻って行く。


 そこでは青、いや水色をした風船のようなモノが跳ね回っていた。もちろん、彼も それが何なのかは知っている。スライムである。それが群れを成して跳ね回っている。

 あるモノはボールのように地表で何度も跳ね返り、あるモノは 水に潜るように、地中に潜って また飛び出したりもしている。

 魔法使いは 素知らぬフリで、どこから持って来たのか 濃い青色をしたソファに座って杖(魔杖だろう)をいじっている。その後ろには 暗い緑色をしたベッドのようなモノに寝かされた エルフ女の姿が見える。


 呆然と眺めている男に気付き、フェンリが声を掛けた。


 「おかえり。そこに座ると良い」

 言葉と同時に、魔杖の石突部を充てた場所に、ソファの形をしたモノが現れた。これも濃い青色をしている。

 男は少し躊躇ったが、諦めたようにソレに腰掛けた。

 座ると、とても柔らかく 程良い反発力により、とても心地良い。思わず声が出た。

 「ほう、良いモノだな」


 「えっと、お前の事を何と呼べば良い。俺はフェンリ、12歳。『術師』だ」

 「俺は……、ベンと呼んでくれ。22歳、剣士だ。冒険者に、この国を出てから成るつもりだ」

 長く付き合う相手ではない、それでも 偽名ではなく、ミドルネームの略称を答えた。


 「……そうだな。無関係でも無いようだし、話しておくか。

 死霊ダンジョン化した あの建物は、攻略した上で破壊した。また変な坊主(司祭)が来たら 同じ事態になる可能性があったからだ。

 知らなかっただろうが、あそこには千人以上の、ひょっとしたら5千人を超えるかも知れない死者が眠っていた。完全に土に返っていた者も多くいたからな。

 つまり、『宿泊客を殺す』という行為が慣例化し 代々続いていた、という事だ。

 死霊化したのは ほんの一部だったが、その処理をした。

 そこにあった資材は、俺が全部使わせて貰うが、問題はあるか」


 「いや。攻略したのが お前なら、そのダンジョンに対する処置は 攻略者であるフェンリ、お前の自由だ。好きにすると良い」


 「そうか。では貰っておく。

 そうだった、お前への追手だろう者達が 13人だったか来たので、(従者が)始末した。

 そこらにいるスライムは気にするな。もう作業は済んでいるようだし、ジャレているだけだ。俺の支配下にあるから問題はない」


 「……そうか、感謝する。手間を掛けたな」

 ベンは『支配下』という言葉が気になったが、事を複雑にするべきではないと思い 特に問題は無いようなので聞き流した。


 この時 ベンが、もう少し突っ込んだ質問をしていたら、フェンリと その従者における、彼の評価が変わっていたかも知れない。


 「礼には及ばない。師より『生き残りたければ、敵対者には容赦するな』と教わった。それを実行したまでだ。

 それより、この『魔剣』を貰いたい。直ぐには無理だが、もちろん 代価は払う」


 「代価などいらん。その剣については『使える者に渡せ』との家訓があるので、俺にとっては渡りに船、重荷を降ろした気分だ」

 これこそ 男の本心である。


 「売却すれば 中々の利になるぞ」

 「元より売る積りなど なかったさ」


 「じゃ、遠慮なく頂く」


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