第6話(6)エルフ


 「終わったから もう動いて良いぞ。で、こいつを何とかしてくれ」


 考えに耽っていたいた彼の耳に、声変わり前の 甲高い声が聞こえ、目の前に人間が放り出された。魔法使いの左手には、鞘に収まって 満足そうに見える魔剣がある。


 「見ての通り その女はエルフだ。何か妙な薬品でも飲まされて、操られていたと思ったので生かしておいた。動きが可怪しかったのでな。

 見ろ、もう精霊による修復は始まっている。だが痛みは まだ、かなりある筈だ。なにせ、脚の骨を折ったからな。それなのに何の反応もない」


 男は放り出されたエルフの女を見た。

 真っ白というより、青み掛かって見える肌色は『青いエルフ』だ。淡い灰色の髪が 肩辺りで剪られている。

 身長170センチメートル位の、ヒトならば 25から30歳に見える。もっとも、彼にはヒト以外の、他の人間の年齢は 判別出来ないのだが。

 女は意識が無いようだ。

 しかし 彼には、この状態に覚えがあった。


 「これは矯正中の奴隷に よくある状態だ。命令が途中で断ち切られたので、精神が『待ち』で止まっているのだろう」

 「奴隷? この国には奴隷制度があるのか」


 フェンリが露わにした言葉は 不快である事を示している。自由を縛り、縛られる事に嫌悪感があるのだ。


 あまりに露骨な嫌悪感に、男が 詳しく説明する。

 「奴隷制度は確かにあるが、ヒトの犯罪者と希望者(農奴)に対してのみだ。他の人間に対しては禁止されている、筈なんだがな」


 「非合法の奴隷か。何で兵士の中に混ざってたんだ」

 非合法奴隷を外に出すなど、普通は有り得ない。


 「まてよ この顔は、確か、弓術指南の冒険者だ。以前 訓練所で見た事がある。

 あぁ……、何となく状況が読めて来た」

 「冒険者、ね。知り合いか?」


 フェンリは『冒険者』についても 師匠から聞いている。魔人ハイヒーツとの戦いを避け、盗賊などを討つ賞金稼ぎバウンティハンタ、良いイメージは持っていない。


 「まぁ、そうとも言える。一方的にだが」


 男はエルフの首に装着されているリングを示した。

 「これは魔法具だ。犯罪奴隷にのみ使う事が許されたモノなんだが……。彼女は 多分、この襲撃に反対したんだろうな。それで、これを付けられた。

 こんな事を本人が認める筈はないから、薬品か魔法で意識を奪われた上でだろうが、困ったな」

 「何か問題があるのか」


 「これを解除するには 魔法コードの入力が必要だ。それを俺は知らないし、知ってる者の見当も付かない。もし(周囲を見回して)この中に いたとしたら、知る術はない。

 それに、誤ったコードを入力すると首が締まる仕掛けがあるので、下手にいじれない」


 突然、フェンリに声を掛けて来たモノがいる。

 「マスタ」


 フェンリは 男の言葉より従者の呼び掛けを優先した。

 「あ、ちょっと待て。エポナか、何かあったのか」


 「その男の辿った経路を逆進した場所に建物がありました。そこが死霊アンデッド型のダンジョンと化していました」


 「へえ、死霊型とは珍しいな、材料は どうしたんだろう」

 「何だと?」


 男は驚いて声を上げた。そこが昨夜 自身が泊まった聖堂だからだ。

 確かに あの司祭(坊主)は、悪党ではあった。だが、たった1日足らずでダンジョン化するとは とても考えられなかったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る