第5話(5)蹂躙


 久し振りに大気に触れたためか、魔剣の刀身は水を含み それが刃(歯?)からしたたり落ちている。


 その現象を、肉食獣が獲物を前にして垂らす(か どうかは分からないが)よだれのように感じているのは、本来の持ち主である男だけではない。それは周囲の兵士達の反応を見れば明らかだ。


 その水滴も やがて蒸発したかのように消えていった。


 深く ため息を吐いて、フェンリは男に語りかける。

 「あのね、剣士の君には ゴータマに説法だろうけど、刀剣って命を断つ道具なんだ。(作者の戯れ:ゴータマ・シッダルタ=釈迦)

 それに、知ってると思うけど、これは魔剣なんだよね。長い間使ってやっていないから血に飢えちゃってるよ。

 参ったな。

 既に敵と認識しているし、今更引きそうもないから、まあ良いか。

 じゃあ 君は、黙って そこに座った儘でいろよ。俺が良いと言うまで決して動くんじゃないぞ」


 そして怖ろしい言葉が続く。

 「下手に動くと 敵認定され兼ねないからな」


 魔法使いは 彼の返事を待たず、周囲の兵士達に告げた。それは正に、死の宣告だった。

 「えっと、悪いけど皆さんにはにえになって貰う。まぁ、抜いてしまったからには餌を与えないといけないからね。こいつ、飢えてるから。

 約30人か。……まぁ、何とか足りそうだな」


 フェンリは従者達に命令した。

 ――デオ、トレ、テッタ、ペントは、資材を確保し、不要なモノは破棄。

 エクス、エプ、オク、エンネ、エカは、戦闘範囲外を探索。もし敵対者を発見したら排除しろ。


 男は身を固くして 魔法使いを凝視していた。

 未だに 震えが止まらない。


 フェンリは 柄を両手で軽く握り、目を閉じ、全身の力を抜いている。その様子は、全てを魔剣に委ねているように見える。


 いつの間にか、魔剣は上段に構えられ 天頂を指していた。


 男は背筋に氷を押し付けられたかのような感覚(殺気というにはこわ過ぎる)と、何かに閉じ込められたかのような閉塞感を感じた。

 これは、後に知る事になるのだが、魔剣が 獲物を逃さないように、結界を張ったためである。


 フェンリ いや魔剣は、1人づつ丁寧に殺していった。まるで その血を味わうかのように。


 男は自分の身体能力の高さ、特に動体視力の良さを恨み やり切れない気持ちになった。

 それは虐殺とさえ呼べない、まるで無抵抗な家畜に対する屠殺のような光景だったからだ。


 それは非常に静かに実行された。


 剣が一合も打ち合わされる事がなかったからである。隔離され抵抗出来ない相手に対する 一方的な鏖殺おうさつ行為であった。


 男には 最初の3人は、殆ど同時に倒れたかのように見えた。

 腹部で上下に身体が分断され 内蔵を撒き散らした者、右袈裟懸けに切り裂かれ二分された者、頭頂から胸の下まで断ち割られた者だ。

 結果としての それ等は目に入ったのだが、本来の 魔剣の所持者には、魔法使いと魔剣の姿を追う事が 全く出来なかった。


 4人目が視界の端で 頭と胴体を分離された時、彼は やっと魔剣の行動パターンを読み取った。(これがマズかった)

 何の事はない、手近な者からほふっていたのだ。


 5人目の胴体が 左側から断ち割られた時には、まだ目が追い付かなかったが、6人目の時は はっきり見えた。

 左頬の下 首元に魔剣が出現し、次の瞬間、袈裟懸けにヒトの体が切り裂かれていた。魔剣が体を通り抜けた一瞬後に、7人目の、肺の すぐ下の辺りに魔剣が充てられていた。

 7人目が逆袈裟に切り裂かれた後は、もう魔剣の動きに遅滞はなく、どんどん増えていく ヒトの残骸。


 それが 彼にはハッキリ見える。魔法使いも ましてや魔剣が見える訳では、勿論ないが、切り裂かれ 崩れ落ちるヒトの残骸が見えるのだ。

 これは堪える、気分が悪くなりそうなのに、目が離せないのだ。


 間もなく歩兵の生存者は いなくなり、待つ程もなく槍兵も全滅した。


 たぶん、と男は推察する。

 7人目までは 魔法使いの動きが、魔剣に追い付いていなかったのだろう、と。そして8人目からは、あの者は 魔剣に順応して見せたのだ。


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