第3話(3)転移先は
転移してからの 取り敢えずの目的を、『術師』としての修行と定めていたフェンリが、実体化した場所は川原だった。
川幅は広く 流れも緩やかだ、海が近いのだろう。
足下にあるのは、水流で摩滅し
魔杖の石突部で打つと、簡単に砕けてしまうモノと、弾ける石とがある。その硬い、弾けたモノを 灰色の寛衣にある ポケットに収めていく。
――良い物を見つけた。当面の対処には使えそうだ。
弾ける石の中には 時々黒い石が見受けられる。サイズは 他と比べると少し大き目だ。それを打つと、打った場所によっては 割れるが砕けない。ガラス状の鋭い断面を持つ古い時代の石、黒曜石である。
――へえ珍しい。こんな場所に 古い時代の遺物が存在するんだ。
術師でもあるフェンリは、師から譲られた 従者に命令した。
「エイス、このタイプの石を あるだけ集めろ。そうだな 大き目の、いや、、この付近に鉱脈がある筈だ。探し出して回収しろ、ここ等の小石も含めて 全て小妖精に預けてくれ」
――それにしても、薄暗いな。
転移は昼過ぎ、太陽は中天にあった。今は……、夜明け前か。季節も違うように感じる、あっちは秋だった。
大きく傾いだ褐色の低木、その枝に 葉も付いていないのに五弁の 白っぽいいピンクの花が咲いている。
――これって 絶対、秋の花じゃないよな(桜梅桃李の どれかだろう)。
あの転移魔法の有効範囲は 大陸を網羅出来る程ではない。最大でも2百キロメートル程度だと聞いている。西域の東端にある山からだと 前日の朝などあり得ない、ましてや季節が違うなんて……。
まさか全然違う場所、とか?
それとも 転移する事、そのものに時間が掛かったのか(最低でも半年)。
まぁ 気にはなるが、異空間に閉じ込められた訳でもないし、元より目的地があった訳でもない。
出来れば西域であって欲しいが、それは 大した問題ではない。
彼の者が いる場所から、川を渡った先には かなり深い森があり、結構高い山へと続いている。
こちら側には人間の手が入った林がある。高く頑丈な柵に囲まれた木々の間隔には 規則性が伺え、所々に防火用の水路と通路がある。
その先には(たぶん)普通の道があって、今 聞こえているのは、その辺りを発生源とする剣戟の音だ。
その現場に足を向けながら いつものようにフェンリは思考する。
これも師匠の教育の成果である。『自らで思考し、判断せよ。データを揃えて即断即決、直ちに実行せよ』と。
彼の者は考える。
この音から、双方が訓練された者だと推察出来る。戦争行為の真っ只中に突入するのはゴメンだが、剣を打ち合う音が少ないのに対し、人間の気配が多い。
結論、主となる戦闘は 既に終わっている。つまり残党狩りか。
――違ったか。
その現場を覗くと、予想は外れていた。
確かに 攻撃されているのは1人だが、落ち武者という雰囲気ではない。
それに その男は、使えもしない(属性の合っていない)魔剣を背負っている。
なぜ、と首を傾げてしまうのは あの師匠達の弟子だからだ。道具とは、使う物という認識によるモノである。
実用性しか道具の用途を思い付かない。使えないモノを持っている理由が分からないのだ。
追われている男の使っている剣、あれは もうダメだろう。何箇所も刃が欠けているようだし、剣本体も、いつ折れても おかしくない状態だ。
囲んでいる兵士、歩兵は 戦闘に慣れているのか、慎重に対応している。国軍、貴族軍にしては装備が実用的なモノばかりだ。傭兵だろうか。
傭兵という職業についても師匠から聞いている。国や貴族家に、臨時または継続的に、報酬を貰って雇われている軍事集団である。
規模は 15人の歩兵と、その指揮官がいる。この現場に向かっている追加人員は弓兵と魔法使い、その後ろに槍兵が続いている。やけに多い人員だし、妙な布陣だ。
この時点において、フェンリは まだ、ただの傍観者であった。
彼の者は、『敵対するモノとの戦闘』『敵対するモノの殺害』に全く拒否反応を示さない。教育に
あの師匠達は 最も多感な時期から、随分 長い期間(数十年)、激しい戦いの最前線に在った。
弟子に対し、こういう育て方になるのは 致し方ない事である。
彼の者が見ていると 追加兵の1人、弓兵が配置に着いて、……待機している?
不自然な挙動だと、よく見るとヒトではなく、エルフだった。何故こんな場所にいるのか。
状況が掴めず 疑問が増えるばかりだ。怪訝に思って見ていると、指揮官が何かを
自由意思を奪われ 操られている。こういうのは嫌いだ。
フェンリは フードの中で顔を
離れた場所を気にしていた合間に、戦線は 彼の者がいる方向に動いていたようだ。
追われている男が フェンリに向かって叫んだ。
「危ない。逃げろ!」
指揮官の命令に従い、歩兵の1人が 彼の者に斬り掛かった。
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