第2話(2)逃亡者


 逃げている その男は強かった。


 日に焼けてはいるが『白いヒト』だ。短く刈った黒髪と黒瞳、ありふれた色合いだが、体格が凄い。2メートル程の身長に がっしりと筋肉が付いている。

 服装も 装備も、どこから見ても『剣士』そのものだ。騎士などには見えない。


 深更 20人もの、十分に戦闘訓練がなされた兵士に襲撃されながら、よくぞ、その窮地から脱したものだ。

 しかも5人の敵を倒している。


 寝ている最中さなかに襲われていたら、流石に この男でも、生き延びてはいなかっただろう。

 別件で起きていたから即応出来たのだ。


 しかし 20人という数の力は大きく、個で覆すのは難しい。現在は逃げるのが手一杯で、反撃までは 到底出来ないでいる。


 更に追加の人員が この場所に向かって来ている。魔法使い3人、弓術士3人に加えて 槍を持った兵士15人だ。

 軍隊であれば先鋒と遊撃、後衛が後出しになっているが、最初の戦場が建物の中であった事から、これは仕方がない。

 だが たった1人に対して、この人数は異常である。この男が いくら強敵であったとしてもだ。

 これは追う側の 執念の表われと言えるものだろう。


 彼の背には魔剣がある。

 だが それは、持ち主 本人を含めて、誰にも使えない。

 実際 現時点において、使う以前に、誰も鞘から抜く事すら出来ていないのだ。

 この剣は切り札ジョーカーであった。家伝の宝刀。本物の魔剣。勇者が残した(笑うな!)。魔王討伐の時に使った剛剣。等という伝承が残る宝物だ。


 当初 男は、これを以て 有力者に自身を売り込む積もりだった。

 だが この魔剣は、切り札であると同時に、彼を『家』に縛り付ける疫病神でもあった。

 今まで色々と理由を付けて、誰にも渡せずに来ている。


 ――何故こんな邪魔でしかないモノを持ち出したのか。手放す機会は幾度もあったが、結果的に 未だ手元にある。 

 いや、これには 何度も命を助けて貰った。


 彼の心 奥深くには、魔剣を他者に渡すという選択肢は 最初から無かったのかも知れない。

 『これこそは本物の魔剣である。本当に扱える者が、その資格を有する者が現れるまで、その者に手渡すまで、命を掛けて守り抜け。決して資格の無い者に渡してはならない』という、呪いの如き家訓が頭から離れないのだ。


 運命か 必然か、或いは(存在の有無は分からないが)神の作為か、例え自覚は無くとも、本人が全く気付かなくても、人間の行動は、様々な しがらみに捉えられ、制限されてしまう事があるものなのだろう。


 ――この剣は嵩張かさばって重いが、背後からの攻撃を防いでくれる。

 剣自身が、傷付くのを嫌がっているだけかも知れないが、助かる。

 『本物の魔剣』か。確かに 資格が無い者には扱えないと言う伝承は、間違っていない。

 何とも 笑えるではないか。

 唯一の持ち主候補である この俺でさえ、鞘から抜く事すら出来ないのだ。

 しかし あの夜も、今夜も この剣の鍔鳴りに起こされて危機を脱した。命の恩人(?)でもある。今更、手放す積りはない。


 男は大きく手の中の剣を振り 敵を牽制しながら駆け出そうとしたが、突然 彼の目に小さな人影が入って来た。

 子供が、なぜ こんなところに。

 咄嗟に動きを止めて叫んだ。


 「危ない。逃げろ!」


 襲撃者の指揮官も、彼と ほぼ同時に邪魔者、この襲撃の目撃者を認識した。

 彼が合図をすると、1人の兵士が対象者、魔法使いに見える(寛衣ローブを纏い、フードを被っている)子供に向かって走り寄りながら 剣を振り上げた。


 瞬間、襲いかかった兵士の頭部が爆散した。


 続いて 魔法使いと弓術士の全員、そして指揮官までもが倒された。


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