フェンリ伝奇 --私は冒険者--

芦苫うたり

第1話(1)旅立ち


 「予定より かなり早いようじゃが、準備は終えておるのかな」

 師匠の老翁おじいさんが弟子のフェンリに声をかけた。


 「もちろん 全部済んでいる。でも良いのか、こんなにも色々貰ってしまって」


 「構わん 構わん。儂等が以前まえ使つこうておった物じゃ。それを どう使おうと、儂等の勝手。誰にも文句は言わさぬわ。

 誰に譲ろうと 儂等の気儘。何等なんら支障はない。道具は 使うてやってこその存在ぞ。

 もう『顔合わせ』を済ませておるのなら問題なんぞ 何もないわい」

 老媼おばあさんが答えた。

 この師匠が フェンリに魔法具の製作、調整、修理の方法を教え、改造の手解きまで行ったのである。


 「その点は ちゃんとわきまえてるさ。でも小妖精まで住み込ませて貰っているのが、ちょっと気が引ける。本当に良いんだな」


 「それも問題ないぞ。こっちも大所帯になっておったから 丁度良かったんじゃ。元より そろそろ巣分けの必要があったんじゃからな」

 別の老媼が答えた。小妖精は この師匠の領分である。


 「これも持って行くとえぞ、複製じゃがな。お前には まだ深くは教えてない『古い魔導書』じゃ、暇を見つけて読んでみよ。

 自ら知識を深めるも、中々に面白いモノぞ。ついでに儂等の持つ 蔵書の複製も入れて置いた。活用するが良い」

 別の老翁が、書物の入った、空間拡張魔法の掛かった収納袋を弟子に渡した。その袋には勿論 時間停止の改造がなされている。内容も 規模も、世界最大級の図書館を軽く凌駕する。


 「ありがとう。しっかり勉強する」


 「これだけは 決して忘るるでないぞ。お前の魔力量は 儂等にすると、本当に僅かなモノじゃ、高純度(高品質)ではあるがの。

 じゃから、攻撃魔法には向いておらん。幾重にも重ねて、その対策を講じておく事を、決して忘るるでないぞ」

 老翁が、既知の事実だが、決して忘れてはならない現実を言葉にした。


 「うん。良く分かっている。十分注意して、対策を講じるさ」

 「なら良い」


 「じゃ、山をくだるが良い。

 ああ、くれぐれも その土地の常識にならう事を忘るるな。儂等の、ここでの常識が全て通じる訳ではないから、注意するんじゃぞ。

 まあ自分の意思を曲げてまで それに従う必要はないがの。

 ある程度の力を見せて、アトは対処すれば(潰してしまえば)大きな問題にはなるまいて」

 最初に声をかけた老翁が、何だか微妙なアドバイスをして 出立を促した。


 「では 西域の、ヒトのあまり密でない場所に転移するから、元気に過ごすように」

 「ああ、師匠達も元気にな」


 老媼が転移魔法を発動し、フェンリは その足下から全身にかけて 徐々に淡い緑の光に包まれていった。

 そして光が弾けて、転移完了。


 「……あれ? ズレた」

 転移魔法を発動した魔法使いが 小さく呟いた。他の者は気付かなかったようだ。


 「行ってしもうたか。また寂しゅうなるのう」


 「あの者と過ごした この48期は、実に面白かった」


 「本当ほんに楽しかったのう。

 何も知らず、教えられず 騙されて、哀れな魔人ハイヒーツを殺しまくり、魔王ヒーツロード討伐に向かっておった頃。以来かのう、久し振りに気分が高揚し、充実した日々じゃったわい」


 少し懐かしそうに、そして忌々し気な感情を 少し乗せて老翁が語った。

 老媼が 慰めとも自戒とも取れる言葉を綴る。


 「あの時は 何も知らず、いや、隠されて育てられたからのう。真実を知った時の衝撃は大きかった。

 あの者には 全てを、真実を教えた。使い方は、思うが儘 どうにでもしようさ。あれに任せれば良いのじゃよ、全てを 己の責任で対処すればの」


 「そうじゃった。真実を知った上で、どうするかは あの者に任せたのであったな」


 「元気で 穏やかに過ごしては欲しいが……。うん? どうした」


 「転移先が少しズレたようじゃ。何かに、こう……、引っ張られたように感じた」

 「何か問題があるのか」

 「いや、最低限の条件は満たしておるから、支障はない」


 「では案ずる事はなかろう。特に 決まった場所を選んだ訳でもないのじゃろうが」

 「あぁ、それもそうじゃな。あの者なら 何とでも対処するじゃろう。それだけの能力ちからは持たせておるからのう」


 「あっ、魔杖を渡すのを忘れておった」

 この師匠は魔法と共に錬成術、錬金術を得意としていた。魔杖も そうして造ったモノである。


 「持っていた、と思うたが」

 「あれは 初心者用の、訓練に使こうておった物じゃ。ちゃんとしたモノを用意しておったに」


 「ならば、小妖精経由で送れば良いのではないか」

 「そうするよりないか。手渡しで喜ぶ顔が見たかったに、残念じゃ」


 小妖精は、元の場所に存在する者と、分離した者とを接続する能力を持っている。郵便には最適と言える存在だ。


 「では、この太刀たちも一緒に送って貰えんかな」

 この師匠は、剣や槍、魔法具(魔杖等の武具は除く)の製作を得意としている。鍛冶、錬成、錬金、付与術(の総合的な能力)では、世界最高の腕前だ。また、それ等 全ては、フェンリに伝授してある。


 「おうさ。分かった、共に送っておこう。

 ……ほう、これは『火の魔剣』と お見受けするが。これを あの者に預けるのか。騒乱の起爆剤とも成り兼ねん程の代物ぞ、良いのか」


 「まさしくそうじゃ。少し騒がせるも面白かろう。

 あまり静かじゃと人間は腐る。魔剣を置いて来たは その役目もあったに、活用しておらん」


 「魔剣と言えば、確か あと3振り 造ったように記憶するが。確か ドワーフ、エルフ、ヒトに1振りづつ残した筈じゃったな」

 「その通りじゃ。あれ等を造る際には、本当に お主に手助けして貰うたな」


 「ヒトに残したは……、確か『水の魔剣』じゃったと記憶するが」

 「そう言えば、あれも太刀じゃったな」


 「ふぉっふぉっふぉっ、まぁ 使える者は殆ど居るまいがな。あれは、中々にしょうこわいからのう。

 じゃが、ひょっとしたら せんの転移異常は、そやつの所為せいやも知れんのう」

 「あり得る。くっくっくっ」


 フェンリを教育した この師匠達は、一般的に見て あまり良い性格では無いようである。

 だが、フェンリにとっては、何者にも代えがたい人物達であった。


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