5-9

 諸隈は再び殺戮装置を起動、機械たちは刃を振り上げる。次の瞬間には戦闘が再開されていた。

 さらに、後続のアンドロイドの群れが続々と地下から這い出てくる。今までは前哨戦に過ぎなかった。いまやそれは西域からかき集めたあらゆる力だった。数はこちらの何倍だ。味方のアンドロイドは次々と刈り取られていく。内部の機構をむき出しにして無残に倒される。数えきれない個体が金属の断片になる。

 こちらの数では敵方の軍勢を防ぎきることなどできない。市街地まで接近しつつある小隊が見られた。諸隈はその様子を再び中継する。人々はその様子を恐怖しながら見守っている。修は諸隈から逃れるように遠ざかり、アンドロイドの足止めをしようとするが、それは部屋中に広がった虫の群れを踏みつぶそうとするのにも似ていたる。圧倒的な数の前には、機人の巨体も無力だった。

 味方を率いる春香も苦しんでいた。幾つもの護衛の個体がいたのにもかかわらず、春香の愛らしい衣装は無残に破れていた。皮膚からは血のような液体がにじんでいる。だが、傷跡からは紛れもない機械がのぞいている。火花も散っている。彼女は何かの部品らしい金属の棒にすがりながら立ち、呼びかける。その声に味方の部隊は集まり、彼女を守ろうとする。その中で、彼女は霧島との回線を開く。

「安吾さん」

「どうしたんだ」

「私たちアンドロイドは、あなたたちを日本国政府におけるアンドロイドの総司令として認識しています」

 彼女はただの少女のように立っている。平和の理念を表す彫像のように静かだが、目は不穏だった。

「何が言いたいんだ」

「そして、あなたから全権を委託された私には、全アンドロイドの緊急停止機能を発動させることができます。そう、こちらもあちらも、元は日本国の部隊です」

 霧島は立ち上がる。

「ちょっと待て」

「これ以外に、戦況を逆転させる手段はありません。私はあの軍勢を、正常な機能を失って自衛権を逸脱しているものとみなします。……日本国政府の代理として、私は命じます。全機能停止プログラム発動。シークエンス第一段階、解放」

 衣装は風になびいている。清楚で、愛らしくて、そう言えば姉はそういう服装を好んでいた。霧島は叫ぶ。

「やめろ、春香! 君まで動かなくなるぞ」

「仕方がないことです」

「……!」

 少しだけ悲しげな顔を作る。

「私は聖蓮さんにはなれませんでしたけれど、安吾さんの心の痛みを少しの間だけ、軽くできたのではないかと思います」

「頼む。行かないでくれ。君を失ったら、僕は生きてはいけない」

 春香は寂しそうに首を横に振る。

「聖蓮さんが亡くなっても、安吾さんはきちんと生きてきました。安吾さんはそれだけの力を持っています。それに所詮、私は機械ですから」

「違う、君は生きているんだ。聖蓮の魂が君の中に戻ってきたんだ!」

 もはや霧島は無神論にすがることができなくなっていた。聖蓮を求めるあまり、春香の中にかつて恋した人間の姿を認めずにはいられなかった。あれだけ神や来世を否定したのは、聖蓮の幻影から逃れるためだったのだろうか。今となってはその努力に失敗したことが明らかだった。

「私は判断します。これだけの殺戮兵器が都市部に流れ込めば、タルタロスの支配地域は血の海になるでしょう。そうすれば安吾さんも無事ではありません。私は、安吾さんに生き延びてほしいのです」

「君がいない人生なんて、僕には考えられない」

「安吾さん、あなたは私の中に聖蓮さんを見つけることができました。あなたはこれから、世界のどこからでも聖蓮さんをみつけることができるでしょう。そして、その片隅には私もいることを忘れないでください。……いつかまた、私と再会できる日も来るでしょう」

 振り返り、微笑する。春菜は一歩踏み出す。

「今すぐにやめさせろ!」

「だめです。シークエンス、中断不能」

「ならバックアップだ! 急げ!」

「記憶と感情の容量が多すぎて間に合いません」

 彼女の小さな足が地面に触れた。

「さようなら」

 彼女は光となった。思わず目をつぶる。彼は足元に高熱を感じた。熱が大地を駆け抜けていく。修が目を開けると、すべてのアンドロイドは中枢機能を失い、そのまま二度と動かなくなった。人工的な脳の最深部の回路が焼け焦げて、ただの人形の群れとなった。そこに並んでいたのは、あらゆる凶器をむき出しにした彫像が地平線の果てまで続いているばかりだった。

「うああああ」

 霧島の理性は失われた。彼は言葉を発することができなかった。

 こうして彼は沈黙した。黒江も修に言葉をかけることはなかった。二度も愛した人間を失うことに人間が耐えられるだろうか。彼は子供のように声をあげて泣いていた。子供どころか、赤子そのものだった。自ら命を絶つことも思いつかず、ひたすら母を求めて泣いていた。


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